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第一章 真夜中の訪問者
4.求む! 素直で優しい幼なじみ
しおりを挟むふわーあ、と、思わずあくびをしてしまった。
三時限目の英語の時間。
しかも教科担当の高山センセーとバッチリ目が合った瞬間に。
「朝倉。そんなに先生の授業が退屈か」
高山が溜息をつく。
「そんな、まさか。……ちょっと、寝不足だったもので、すみません」
オレはごまかし笑いを浮かべた。
「……教科書、読んでくれ。レッスン4の1、最初から。
いくら成績が良くても、授業態度がいただけないと、朝倉先生に来てもらうことになるぞ?」
付け足した言葉は冗談まじり。
実は、高山は教育実習の時に親父のいる学校に行き、色々世話になったらしい。
だから、こういう時は、必ず親父の名前をだしてくる。
「───はい」
内心ヤレヤレと思いつつ、教科書を持って立ち上がり、英文に目を落とす。
我ながら綺麗な発音で流暢に読みながら、昨晩の信じられないような出来事を思いだした───。
◆ ◆ ◆
「し、しばらくここに置いてくれ、だってぇ!?」
真夜中であることも忘れ、思わず声を張り上げてしまった。
「何を驚いているのだ。当然であろう。
ティアは帰りたくないと申しておるのだ。他に何処へ行けというのだ?」
エマが事もなげに言う。
「アサクラ、お願い」
ティアまでが一途な瞳でオレを見つめてくる。
弱いんだよなぁ……オレ、こういうの。
「いいけど……もしかして、エマも?」
嫌な予感がして訊いてみると、あっさりうなずき返される。
「もちろんだ。おれには、ティアを見張る義務がある」
………やっぱり、決定事項なワケね。トホホ……。
あきらめの溜息をついて、オレは言った。
「いいよ、二人ともいて。ただし、条件がある」
「条件?」
「よかろう。どんな条件でも、のんでやる」
ティアが首を傾げたのに対し、エマは眉ひとつ動かさずにうなずく。
オレはちょっと笑った。
「親父に……見つからないようにして欲しいんだ。心配かけたくないし。
だから」
「おれに狼、ティアに猫になっていろと言うのだな?」
さえぎるようにエマが言い、オレはうなずいた。
ティアはホッとしたように笑った。
「いいわよ、そのくらい。全然平気」
そんな彼女を可愛いなと思いつつ、エマに視線を移した。
「条件はのむと申したであろう」
不満げにエマが口をへの字に曲げる。
ふと、自分がまったくこの状況を把握していないことに、気づいた。
「あのさ、オレ……なんでこんなことになったのか、まるで解ってないんだけど」
どちらに言うでもなく口にする。
二人は、顔を見合わせた。エマが言った。
「それは、また後々話してやる」
「じゃあ、明日……もう今日だけどさ。
オレが学校から帰って来たら、ちゃんと事情を説明してくれよ」
◆ ◆ ◆
教室の雰囲気がそわそわしだした頃、校内に三時限目終了のチャイムが鳴り響いた。
結局、高山は見せしめのためにか、オレにずっと教科書を読ませ続けた。
挙げ句、課題までだしていき、オレはクラスメイトの反感を買うことになってしまった……。
親父はさして驚きはしなかった。
ただ、
「よそ様からのお預かり物なら大事にしないとな」
とだけ、言っていた。
お預かり物、すなわち、オオカミになったエマのこと。
親父にはハスキー犬だということで、なんとか納得させた。
もともと親父は、疑うことを知らない、おっとりとした人格だし、たやすかったといえば、いえなくもない。
ティアは猫として、引き続き我が家のペットだということで堂々と居座ってもらえるし。
これで万事うまく収まる、と。
うんうん、すごいぞ朝倉くん。
「───ちょっと聞いてる? 与太郎くん」
香緒里の不愉快そうな声に、我に返った。
「あ……いや、いつも悪いな、香緒里。助かるよ。兄貴がいなくなってから、作っても余るようになってさ。
煮物とかって、二人分ってのは作りにくいんだよなー」
玄関先で、香緒里のおばさんお手製の、里芋の煮転ばしの入った器を抱え直した。時刻は夕方六時過ぎ。
「お礼なら、母さんに言ってよ。私はただ、母さんに頼まれたから仕方なく来ただけ。
それより」
香緒里はつんとした口調でまくしたてると、からかうようにオレを見上げて先を続けた。
「独りごとまで自分のこと、《朝倉くん》て言うのね。与太郎くんの名前嫌いも、そこまでいくと、感心しちゃうわ」
「───オレがそう思っていることを知ってて、お前もよく、オレを名前で呼べるよな。
こっちこそ、感心するっての」
陰にこもった声で言うと、香緒里は唇だけで笑った。
「あら。そういえば、そうね。あしからず。
じゃ、私はこれで失礼するわね、《与太郎くん》」
言うなり、扉の向こうへ消えた香緒里。
───あぁ、もっと、素直で優しい幼なじみが欲しかったよ、オレは。
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