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第一章 真夜中の訪問者

1.白猫の名前は『ティア』

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非常ベルのような目覚まし時計の音で起こされる、いつもの朝だった。

ベッドから起き上がろうとして、足もとに重みを感じる。そこには、昨日拾ってきた猫が、体を丸めて眠っていた。

オレが足を動かすと、ぴくんと耳を動かし、前足と後ろ足を交互に伸ばしながらベッドの上を歩き、軽やかにカーペットの上に降り立った。

長く美しい毛並みがその動きによって優美さを伴い、見る者の心を和ませる様は、それだけの価値のある猫だと納得させられる。

……けど、二十万は高いよ。
オレだったら、そんな高い猫、買ったりしないな。

そう思いながら、キッチンへ入った。
二人分の朝食と、二人分の弁当を作るために。

オレより三つ年上の兄貴は、今年の大学受験失敗を機に、親戚の家に居候して予備校に通っている。

たまに思いだしたようにフラッと家に帰ってくると、
「なんか、お前の作ったメシ食うと、母さん思いだすよ。お前、顔は母さん似だし。料理の腕も似たのかな」
などと、愚にもつかないことを言ったりする。
そんな兄貴は、笑うと親父にそっくりだ。

「与太郎、僕の新しいワイシャツ知らないかー?」

キッチンに朝刊片手に入ってきた親父は、開口一番のんきな口調でそんなアホなことを訊いてきた。

「タンスの引き出し、下から二番目。
───いいかげん覚えてくれよ、それでも教師か?」

味噌汁の火を止めて嘆くと、親父は朝刊で自分の頭を叩きながらキッチンを出て行った。

「僕も時々そう思うよ」

悪びれもせず、はははと笑う親父に頭を抱えたくなった。

これだもんなー。
息子のオレがしっかりするはずだよ。

仏壇のお袋の位牌いはいを前にして、何度くやし泣きしたことか。せめて親父とお袋が逆だったらなー、なんてさ。

「親父、猫、飼っていいかな?」

朝食を始めたところで、親父に猫のことをきりだした。

香緒里は交番へ届けろと言ってたけど、本当に飼い主が見つかるまでは、ウチに置いてやろうと思った。

それとなく、あの近辺で猫を探している人を見つけてもいいし。
交番は、ちょっとな。扱い悪そうな気がする……。

「猫? 猫なんていたか?  この家に」

きょろきょろとテーブル周りを親父が見下ろす。

「今は、オレの部屋にいるんだ」

「そーかそーか。じゃ、僕、見に行こう」

箸を置いて椅子から立ち上がり、早くもダイニングを立ち去りかける親父に、あわてて言った。

「親父っ、飼ってもいいのかよ!?」

すると親父は胸を張って答えた。

「僕は忙しいから、頼まれても面倒はみれないぞー」

オレは頬を引きつらせた。……誰が、頼むかっ。

     ◆  ◆  ◆

ニャーオ、とオレの顔を見るなり白猫が鳴く。

「ただいま」

久々に自分の帰りを出迎えられて、少し嬉しかった。足もとにすり寄ってくる白猫を抱き上げる。

……そう言えば、こいつの名前まだ決めてなかったっけ……。

ふいに、昨晩の夢を思いだした。
───ティア。
そう名乗る少女が、オレの枕もとに現れた夢を。

ティアか……。
可愛いかったな、あの子。

ターコイズ・ブルーの瞳と、白金色の髪、心持ちふっくらとした頬は、桜色。
小さな唇からこぼれ落ちた声は、甘さを含んだソプラノ。

やけにリアルに覚えているけど、うーん、あれってオレの願望かなー。
腕のなかの白猫に視線を戻した。

「ティア……ティア、か。ティアでいいよな」

そう呼びかけると、白猫は満足そうにニャアッと鳴いてみせた……。
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