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プロローグ
2.学校帰りに猫を拾った【後】
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「───与太郎くん。聞いてる?」
突然、割って入った香緒里の声に、我に返った。
「えっ。あ……何か言ったか?」
「落ちこむのは勝手だけど。つまらない理由で呼びだされた私の身にもなってよね。
捨ててもいいようなバスタオル一枚と、ドライヤー、それから使い古したブラシ、用意してって言ったの」
たたみかけるように言いきると、ふっと笑う。
「本当に与太郎くんて、思ってることが顔にでるのね。見ていて飽きないわ」
白猫を抱き上げ、香緒里は肩ごしにオレを振り返った。
「バスルーム、こっちよね?」
香緒里のテキパキとした口調に圧倒されていたオレは、うなずいた直後、ムッとした。
っとにコイツ、可愛いげがねーなっ。
香緒里に言われた通りの物を手渡したオレは、夕飯の支度をしていた。
これは、小学校五年の時からの、オレの役目。
お袋を亡くして以来、朝倉家の家事全般は、すべてオレがやっている。
そんなわけで、高一に至った今ではすっかり板についてしまっていて、いつでも《お婿》に行けるっ……トホホ。
自分の思いつきに泣ける思いでキャベツを刻んでいると、 後ろに人の気配がしたので、振り返らずに言った。
「あ、悪かったな、香緒里。助かったよ。
今月さー、まだ親父から小遣いもらってないんだよ。だから、少し待っててもらえるか?」
ザルにキャベツをあけ、冷蔵庫に挽肉を取りに行きながら後ろを振り返ると、香緒里はじっとオレを見ていた。
「……暢気ね」
ようやく口を開いた香緒里の第一声は、そんな言葉だった。
は?
言われた意味が分からずに、オレは冷蔵庫を開けたまま数秒、香緒里を見つめ返した。
……やば、電気代がかさむ。
あわてて冷蔵庫を閉めるオレに、香緒里が言った。
「あの猫、本当に拾ってきたの?」
「え?」
何、言ってんだよ、コイツ。
「拾ってきたからお前に頼んだんだろ? 洗ってもらうの」
あきれて言い返すと、香緒里は大きな溜息をついた。
「……夕飯の支度、中断できるわよね?
こっちに来て。話があるの」
強引に言いきって、キッチンを出て行く香緒里に眉を寄せた。
何だよ、今の。
そう思いつつも、香緒里のあとを追い、リビングへ入った。
すると、ソファーの上に一匹の白猫がいた。
前足をそろえ、ちょこんと座っている。
その様子はどことなく気品があり、言い方を変えれば、ちょっとすました感じ。
瞳はくっきりと大きく、黒のアイラインが入り、真っ白かと思った毛並みは、毛先が少し黒っぽかった。
本当にこれが、オレが拾ってきた猫なのかと疑いたくなるほどの、変わりっぷり。
「す、すごい綺麗にしてくれたんだな」
ソファーに歩み寄り、見違えるほど綺麗になった猫を、抱き上げた。
「与太郎くん。その猫、本当に拾ったの?」
そんなオレを冷めた目で見ながら、香緒里はさっきと同じ質問を繰り返す。
ふわふわとした柔らかな毛並みの感触の猫を、なんともいえない良い気分でひざにのせ、ソファーに腰かけた。
「学校帰りに、そこの角の空き地の所にいたのを見つけてさ。
雨に濡れてて、可哀想に見えたんだ。で、思わず拾ってきちまった」
猫の頭をなでているオレの隣に腰かけ、香緒里は大げさに息をついた。
「あのね、与太郎くん。その猫、チンチラっていう種類の猫で……ちょっと値が張るの。
だから、捨て猫ってことは有り得ないわ。明日、交番にでも届けたほうがいいわよ」
香緒里の言葉に、オレは率直な疑問を口にした。
「値が張るって…いくら?」
「二十万ってところかしら。その猫だと」
「にっ、にじゅうまんっ!?」
オレはぎょっとして、ひざ上の猫を見る。
それを見て取ったように、猫はニャア……と、小さく鳴いた。
「分かるでしょう? そんな高級猫、捨てるわけがないわよ。おおかた、家を飛び出してそのまま迷い猫になったのよ。
あるいは……可能性としては低いけど、面倒がみられなくなったってところかしら。
可愛い可愛いで飼い始めるのはいいけど、動物を飼うっていうのは、人間以上にお金もかかるし、世話も大変なのよ」
驚くオレをよそに、香緒里は世の中を悟ったようなことを言った。
とにかく、と、香緒里は強い口調で続ける。
「どちらにしても、その猫を飼うのは考えた方がいいと思うわ。じゃ、私はこれで」
「ああ、分かったよ。わざわざ悪かったな、雨のなか呼んだりして」
感謝の気持ちをこめ、オレは言ったのに。
当の香緒里は、オレを振り返ると、なんとも小憎らしいセリフを返してきた。
「分かってるなら、今度から雨の日になんか呼ばないでよ。しかも、こんなつまらない理由で。
あ、それから報酬のほうも忘れないでね。
七百円きっかり。もうこれ以上は安くしないから」
───オレの感謝の念が、一瞬で吹き飛んだのは、言うまでもない。
突然、割って入った香緒里の声に、我に返った。
「えっ。あ……何か言ったか?」
「落ちこむのは勝手だけど。つまらない理由で呼びだされた私の身にもなってよね。
捨ててもいいようなバスタオル一枚と、ドライヤー、それから使い古したブラシ、用意してって言ったの」
たたみかけるように言いきると、ふっと笑う。
「本当に与太郎くんて、思ってることが顔にでるのね。見ていて飽きないわ」
白猫を抱き上げ、香緒里は肩ごしにオレを振り返った。
「バスルーム、こっちよね?」
香緒里のテキパキとした口調に圧倒されていたオレは、うなずいた直後、ムッとした。
っとにコイツ、可愛いげがねーなっ。
香緒里に言われた通りの物を手渡したオレは、夕飯の支度をしていた。
これは、小学校五年の時からの、オレの役目。
お袋を亡くして以来、朝倉家の家事全般は、すべてオレがやっている。
そんなわけで、高一に至った今ではすっかり板についてしまっていて、いつでも《お婿》に行けるっ……トホホ。
自分の思いつきに泣ける思いでキャベツを刻んでいると、 後ろに人の気配がしたので、振り返らずに言った。
「あ、悪かったな、香緒里。助かったよ。
今月さー、まだ親父から小遣いもらってないんだよ。だから、少し待っててもらえるか?」
ザルにキャベツをあけ、冷蔵庫に挽肉を取りに行きながら後ろを振り返ると、香緒里はじっとオレを見ていた。
「……暢気ね」
ようやく口を開いた香緒里の第一声は、そんな言葉だった。
は?
言われた意味が分からずに、オレは冷蔵庫を開けたまま数秒、香緒里を見つめ返した。
……やば、電気代がかさむ。
あわてて冷蔵庫を閉めるオレに、香緒里が言った。
「あの猫、本当に拾ってきたの?」
「え?」
何、言ってんだよ、コイツ。
「拾ってきたからお前に頼んだんだろ? 洗ってもらうの」
あきれて言い返すと、香緒里は大きな溜息をついた。
「……夕飯の支度、中断できるわよね?
こっちに来て。話があるの」
強引に言いきって、キッチンを出て行く香緒里に眉を寄せた。
何だよ、今の。
そう思いつつも、香緒里のあとを追い、リビングへ入った。
すると、ソファーの上に一匹の白猫がいた。
前足をそろえ、ちょこんと座っている。
その様子はどことなく気品があり、言い方を変えれば、ちょっとすました感じ。
瞳はくっきりと大きく、黒のアイラインが入り、真っ白かと思った毛並みは、毛先が少し黒っぽかった。
本当にこれが、オレが拾ってきた猫なのかと疑いたくなるほどの、変わりっぷり。
「す、すごい綺麗にしてくれたんだな」
ソファーに歩み寄り、見違えるほど綺麗になった猫を、抱き上げた。
「与太郎くん。その猫、本当に拾ったの?」
そんなオレを冷めた目で見ながら、香緒里はさっきと同じ質問を繰り返す。
ふわふわとした柔らかな毛並みの感触の猫を、なんともいえない良い気分でひざにのせ、ソファーに腰かけた。
「学校帰りに、そこの角の空き地の所にいたのを見つけてさ。
雨に濡れてて、可哀想に見えたんだ。で、思わず拾ってきちまった」
猫の頭をなでているオレの隣に腰かけ、香緒里は大げさに息をついた。
「あのね、与太郎くん。その猫、チンチラっていう種類の猫で……ちょっと値が張るの。
だから、捨て猫ってことは有り得ないわ。明日、交番にでも届けたほうがいいわよ」
香緒里の言葉に、オレは率直な疑問を口にした。
「値が張るって…いくら?」
「二十万ってところかしら。その猫だと」
「にっ、にじゅうまんっ!?」
オレはぎょっとして、ひざ上の猫を見る。
それを見て取ったように、猫はニャア……と、小さく鳴いた。
「分かるでしょう? そんな高級猫、捨てるわけがないわよ。おおかた、家を飛び出してそのまま迷い猫になったのよ。
あるいは……可能性としては低いけど、面倒がみられなくなったってところかしら。
可愛い可愛いで飼い始めるのはいいけど、動物を飼うっていうのは、人間以上にお金もかかるし、世話も大変なのよ」
驚くオレをよそに、香緒里は世の中を悟ったようなことを言った。
とにかく、と、香緒里は強い口調で続ける。
「どちらにしても、その猫を飼うのは考えた方がいいと思うわ。じゃ、私はこれで」
「ああ、分かったよ。わざわざ悪かったな、雨のなか呼んだりして」
感謝の気持ちをこめ、オレは言ったのに。
当の香緒里は、オレを振り返ると、なんとも小憎らしいセリフを返してきた。
「分かってるなら、今度から雨の日になんか呼ばないでよ。しかも、こんなつまらない理由で。
あ、それから報酬のほうも忘れないでね。
七百円きっかり。もうこれ以上は安くしないから」
───オレの感謝の念が、一瞬で吹き飛んだのは、言うまでもない。
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