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8.
しおりを挟む「それでも、いい?」
静は、俺が今まで見たこともないような、艶やかな微笑みを浮かべている。
「ちょっと待った! キャラクター、違うよ? そんな人じゃないでしょ、静は」
予想もしなかった事態に、おののく。
静は、もっと物分かりのいい女だったはずで……。
可愛いワガママは言っても、人を傷つけるようなことは、しない人間だと思っていた。
けれども俺の言葉に悪びれる様子もなく、静はにっこりと、笑みを深めた。
「うん。私も、そう思っていたよ。
だけど、こういう女だったみたい。
───これこそが、直和と付き合って『変わった私』なんだ。
だから、ね? いいよね、このままで」
───強引に静に、押しきられた。
最悪だ。
こういうのを“身から出た錆”って、いうんだろーか……。
静を送る車中、他愛もない会話を交わしつつ、そんなことを思った。
「───はい、到着。お疲れ」
毎度のくせで思わず言ってしまった俺だけど。
正直、疲れているのは、俺の方だった。
静はシートベルトを外しかけ、ふとためらい、それから一気にそれを外した。
沈黙。
さっきまで、あっけらかんと話していたくせに、急に押し黙っている。
「───静?」
呼びかけても反応せず、静はドアを開け、そのまま車を降りた。
助手席に俺が身を乗りだしかけた瞬間、
「バイバイ」
短い言葉を残し、静がドアを勢いよく閉めた。
不審な静の態度に、あわてて車から降りた。
「静」
俺の再度の呼びかけに振り返らず、静は自分の家の方へ向かい、歩いていた。
朝焼けのなか、迷いのない足取りで。
毅然とした後ろ姿は、もう、俺の存在など忘れてしまったかのようだった。
女らしい丸みのある体の線を、わずかな朝の日の光が、照らす。
無言の背中。
俺は、ようやく気がついた。
静は、俺との仲を終わりにするつもりで、友達とのことを口実に、俺と会ったのだと。
彼女らしからぬワガママな言動が、急に嘘くさいものに思えてくる。
朝方の冷えた空気を吸い込むと、胸の奥で、何かがくすぶっていた。
急にせつなさがこみあげてきて、そんな自分を抑えつけるように、のどをきゅっとしめつける。
───振り返らない背中を、振り向かせたい衝動にかられていた。
だけど俺は、静を追いかけはしなかった。
追いかければ、また同じことの繰り返しだと分かっていたからだ。
俺は静に甘えていただけだし、彼女もただ、過去にすがっていたかっただけなんだろう。
そうして……俺たちの関係は、あっけなく終わりを告げた。
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