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❖グレイな恋人❖
異種接近交遊 Part.6『差別』
しおりを挟む夕方の買い物帰り。
アパートのそばにある駐輪場に、ライの自転車がないのを見ながら、階段を昇ろうとした時。
「ねぇ、ちょっと、いい?」
階下の住人である初老のご婦人に声をかけられた。
「……なんでしょう?」
いつも、すれ違えば挨拶は交わすけれど、それ以上の会話をしたことがない。
私は、表面上は愛想笑いを浮かべたものの、内心めんどいなと思いながら足を止める。
「お宅の隣、外人さんが住んでるわよね? ちょっと黒いっていうか、茶色の」
「……はぁ」
年代的には仕方ないのかもしれないけど、差別的発言だなぁ。
「アレ、その外人さんじゃない?」
アレ、と指された先にあるのは、ゴミの集積所。この辺りの自治会では簡易な柵とネットの囲いしかないので、ゴミ袋があると、すぐに分かる。
そこに、市の指定ゴミ袋と同じ色ではあるけれど、指定の袋ではないのが分かるものが、二つほど置かれていた。
「ゴミの収集、明日でしょ? 昼間から置いてあるのよ」
「それじゃ、違うと思いますよ」
「は?」
「昼間じゃ、彼、仕事中ですし」
あと、ライはルール破るようなヤツじゃないし。
それに、悪目立ちすることは避けてる気がするんだよね、いろんな意味で。
「ワタシが気づいたのが昼間なだけで、朝からあったかもしれないの! 外人さんじゃ、ゴミ出しのルールも解らないでしょ!」
いや、決めつけ過ぎない? 日本人でもルール解ってないどころか、解ってても前日に出す人とか、いるよ?
「……彼、ゴミ出しのルールも分別も、なんなら指定のゴミ袋も知ってますよ。
日本人じゃないからって、決めつけで非難するの、よくないと思います」
「やだ、アナタ。外人の肩もつの?」
───は?
一瞬、頭が真っ白になった。私、なに言われてんの? いま。
いろんな感情が込み上げて、二の句が継げない。
なんでこんな───。
「秋良サン! どしたデスカ?」
男の人にしては少し高めの、能天気な口調。
自転車のブレーキ音とかぶる形で、ライの声が聞こえ、私はそちらを振り返った。
傍らのご婦人もそちらを見やって、少し気まずそうな顔をする。
けれども、ピッと立てた人差し指で集積所を指し示した。
「とにかく! ルールは守ること! みんなが迷惑するでしょう?」
「だからっ……」
遅れてきた怒りにまかせて反論しかけた私を見もせずに、言うだけ言ってご婦人は自宅に戻って行ってしまう。
「……なんなの、人の話も聞かないで……!」
「秋良サン……ダイジョブ?」
「じゃない! ……ごめん、八つ当たり」
「ハハ。……家、入りマショ」
なだめるように肩を叩かれ、私はそのままライの部屋へ連れ立って行く。
我慢しきれず、玄関の上がり口で一部始終をライに話した。
「……なんか、悔しくて。偏見とか差別とか……、頭では解ってたつもりだけど、実際、ああいうの聞いちゃうと……うまく、言葉にならなくて。
理不尽なこという人間に正論返しても、思考が違うから相手にするだけムダだって……自分のことなら、わりとやり過ごせるのに……!」
久しぶりの悔やし泣きで、目じり浮かんだ涙を乱暴にぬぐう私を、ライがやんわりと抱きしめる。
「秋良さん、確かにそういうトコありますよね。一見、冷めて流していても、好きなものとか大事なことには熱くなるというか」
静かな口調で耳に落ちてくる、ライの声。……こんな時に緒方ヴォイスになるとか。ズルい。
「……そうだよ。ライが好きだから、必要以上に腹が立ったんだよ」
外国人差別じゃん! っていう憤りは、表面的なものだ。
これが、ライ以外の外国人に対してのものだったのなら、泣くほど悔しいなんてこと、なかった。
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