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❖グレイな隣人❖
異種接近遭遇 Part.1『裾分』
しおりを挟む疲れた。もういいや。何も考えたくない。
アパートの外灯が付いたり消えたりしているのも、どうでもいい。ただ、寒い。
ごそごそとバッグのなかの家鍵をあさってると、背後に人の気配がした。
「コンバンわ」
振り向けば、黄褐色の肌をした彫りの深い顔立ちの若い男。
職業柄、すぐに愛想笑いが浮かんだ。
「今晩は。寒いですね」
意味のない形だけの挨拶だけど、相手は律儀に会話をつないでくる。
「寒いデスね。日本はいつもこんな寒いデスか?」
「あー、年々変わってきてますかね。じゃあ……」
「良カッタら、ドウゾ」
片言で差し出された、缶に入ったコーン入りのポタージュスープ。……んん?
「えーと」
「あったまりマスよ」
にっこり微笑まれても、正直困る。困るが。
「ありがとう、ございます」
手袋越しに受け取った缶は、それほど熱くない。これ、飲んだらヌルいやつじゃん。
───隣人。挨拶交わすだけ。接点なし。
とはいえ、いらんこと言って波風立てるのは、性に合わない。
「イィえー。お休みナサイ」
良い事をした、という達成感丸出しの満面の笑み。
片手を上げて、自分の部屋に入って行くイケメン異国人。
……うん。とりあえず、害はない。
害はないけど……メンドいな、近所付き合い。
❖
「えっ。何それ、怖くない?」
「んー……とりあえず、コンポタはレンチンして温め直して飲んだけど」
「飲んだの!?」
「いや、飲むよ。さすがに毒入りとかはナイでしょ」
「そういうことじゃなくてさー。はぁっ……、そのうちヘンな事件とかに巻き込まれないでよ?」
「……あー、ねぇ?」
政府のお偉いさんが日本の労働力低下を憂えて発案した移民政策。
年々増える外国人犯罪。
けどさ、別に日本人だって良い人もいれば悪い人もいる。腹の中なんて、誰にも分かんない。
外国人だからって、差別するのはどうなの?
……とか、くだらない論争しかける気は毛頭ない。
久しぶりに飲んだコンポタはフツーに美味かったし。食べ物に罪はなし。
「お姉ちゃんさ……高校の時もバスの中で外人にサンドイッチもらってなかった?」
「だねー。私、そんなに物欲しそうに見えるのかね?」
アハハ、と空笑いを返せば、呆れたように二つ違いの妹の夏鈴が溜息をつく。
「ほんっと、お気楽でいいよね。こっちは上の子が受験生で下は反抗期で姑は要介護なのに!」
「ゴメンね~。日本の出生率低下に貢献してて~」
その代わり、税金だけ持っていかれてますが。納めるだけ納めて、なんの恩恵も受けてませんが。
……あくまで個人比、心で反発。社会に向かって吠える気はない。
私の渾身の厭味が、グチ話だけして帰りたかったらしい夏鈴の怒りの導火線に火をつけたらしい。
長居は無用とばかりに、勢いよく玄関扉を開け、私の顔に指を突きつける。
「もう、いいよっ。
くれぐれも、犯罪被害者にも加害者にもならないでよねっ」
「はーい」
ひらひらと手を振って、うるさい妹を玄関先で見送る。
ふと目を上げれば、藍色の夜空にやけに大きな満月が出ていた。
こわいくらい、デカいな。
そんな感想と共に玄関扉のノブに手をかけた直後、カンカンと安アパートの階段を昇る音がして、作業着姿の隣人が帰ってきた。
あ、そうだ。
「コンバンわ~」
「今晩は。ちょっと待って」
きょとんと茶色い瞳を丸くしたお隣さんを尻目に、妹から大量に押しつけられたミカンを適当に袋に詰め、渡す。
「おすそ分けです。どうぞ」
「おソバ? オーケィ?」
うわ、すごい変換ミスみたいな返し。
「えっとね、コンポタのお礼……このあいだの、缶の」
ジェスチャーで飲む真似して伝えれば、ようやく大きくうなずかれた。
「オゥ、ありガトウ、ゴザぁマス!」
「いえいえ、ではこれで」
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