69 / 73
後日談『五番目の大地』
人畜無害な紳士な僕
しおりを挟む「───日曜日とかも仕事なんスか?」
平日の夕方。
僕の聖地である『シャルル・エトワール』のシュークリーム売り場で、そんなことを言っている馬鹿男がいた。
小売業が土日祝日が書き入れ時なのは、小学生にだって解ることだろう。
なに当たり前のことを訊いてるんだ、こいつは。
「そうですね、基本的には……」
言って、微笑みを浮かべるまいさん。
仕事用のそつのない笑顔にも関わらず、僕の胸にはモヤモヤとした感情がわきあがる。
───以前は、こんな風に不快な気持ちになることは、なかった。
むしろ、
「さすが僕のまいさん。いろんな人にモテモテだなぁ。……まぁ、当然だけどね」
なんて、少し誇らしい気分にすら、なっていたのに。
「なるほど~。客商売っスもんね~。大変っスね!」
それが解ってるなら、さっさと立ち去れよ。
……という僕の心の突っ込みをよそに、その男はヘラヘラと笑って、なおも下らない話を続けていた。
こんな時、透さんなら、
「二秒以内に失せろ、クソが。」
で、追い払えるんだろうな。
だけど、僕のキャラじゃない。
少なくとも、まいさんにとってはそんな《下品な物言いをする僕》は、受け入れ難いだろうなぁと、思う。
だから《人畜無害な紳士な僕》は、こう言って邪魔をするのが精一杯。
「すみません、注文良いですか?」
「───あ。いらっしゃいませ! どうぞ?」
僕の顔を見て、ホッとしたような表情をしたあと、営業スマイルを向けてくる。
……そう、まいさんにとって仕事中は、僕も単なる客の一人でしかない。
僕の出現によってクソ野郎……もとい、まいさんを店先でナンパしようとしていた男は、いったん口を閉ざす。
けれども、すぐに立ち去る気配はなく、買ったばかりのシュークリームをかじりながら僕がいなくなるのを待つ態勢だ。
───マジで消え失せろ、クソが。
僕は、まいさんが聞いたら確実に引くだろう罵詈を内心でつぶやいてから、まいさんに微笑んだ。
「それ、カレシさんからのプレゼントですか?」
シュークリームを手渡されて、会計の段となったのを見計らい、僕は自分の胸もとを指して、わざとらしく尋ねる。
僕の意図に気づいたらしいまいさんが、ベストの隙間から見える細い鎖を引き抜いた。
ネックレスにくぐったシルバーリングが露わになる。
「あ、えっと……彼氏じゃなくて……こ、婚約者からのプレゼントです、けど……」
途中から小さな声になって、まいさんの頬が赤く染まった。
その反応に、僕の先ほどまでの苛立ちが、一瞬で消え去ってしまう。
…………まいさん、可愛いすぎる…………。
僕のなかの醜い感情は一掃され、ついでにナンパくそ馬鹿野郎も、
『なんだ男いんのかよ』
という、分かりやすい顔をしつつ店を立ち去って行った。
「……ありがとね、大地」
それを見送ったあと、小声で僕を見上げるまいさんは、超絶可愛い。
そうは思いながらも、僕は、少し意地悪な気持ちになる。
「そう? 僕が来なければ、今度の日曜お茶しませんか、とかいう流れになってたんじゃない?」
「───……で? 宗教の勧誘されちゃうっての?
まさかでしょ。私がそんな世間知らずに見えるわけ?」
……なんだこの間違ったナンパ解釈は。鈍いというより、ひねくれてないか?
僕はあきれて溜息をついた。
「まいさん、自分のこと、なんだと思っているの?」
「はぁ!?」
ムッと顔をしかめたまいさんだったけど、すぐに僕の背後にお客さんを見つけたらしく、優しい笑顔を取り戻す。
「ありがとうございます。またお越しくださいませ。
───いらっしゃいませ!」
それは、仕事中のまいさんから僕へ向けられた、とっとと立ち去れという意味の言葉だった。
10
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
イケメンエリート軍団の籠の中
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり
女子社員募集要項がネットを賑わした
1名の採用に300人以上が殺到する
松村舞衣(24歳)
友達につき合って応募しただけなのに
何故かその超難関を突破する
凪さん、映司さん、謙人さん、
トオルさん、ジャスティン
イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々
でも、なんか、なんだか、息苦しい~~
イケメンエリート軍団の鳥かごの中に
私、飼われてしまったみたい…
「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる
他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
ミックスド★バス~混浴フレンドは恋人になれる?
taki
恋愛
【R18】入浴剤開発者の温子と、営業部の水川は、混浴をする裸の付き合いから、男女のお付き合いに発展できる!?
えっちめシーンは❤︎マークです。
ミックスド★バスシリーズ第二弾です。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる