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後日談『五番目の大地』

人畜無害な紳士な僕

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「───日曜日とかも仕事なんスか?」

平日の夕方。
僕の聖地である『シャルル・エトワール』のシュークリーム売り場で、そんなことを言っている馬鹿男がいた。

小売業が土日祝日が書き入れ時なのは、小学生にだって解ることだろう。
なに当たり前のことをいてるんだ、こいつは。

「そうですね、基本的には……」

言って、微笑みを浮かべるまいさん。
仕事用のそつのない笑顔にも関わらず、僕の胸にはモヤモヤとした感情がわきあがる。

───以前は、こんな風に不快な気持ちになることは、なかった。

むしろ、
「さすが僕のまいさん。いろんな人にモテモテだなぁ。……まぁ、当然だけどね」
なんて、少し誇らしい気分にすら、なっていたのに。

「なるほど~。客商売っスもんね~。大変っスね!」

それが解ってるなら、さっさと立ち去れよ。
……という僕の心の突っ込みをよそに、その男はヘラヘラと笑って、なおも下らない話を続けていた。

こんな時、透さんなら、
「二秒以内に失せろ、クソが。」
で、追い払えるんだろうな。

だけど、僕のキャラじゃない。

少なくとも、まいさんにとってはそんな《下品な物言いをする僕》は、受け入れ難いだろうなぁと、思う。

だから《人畜無害な紳士な僕》は、こう言って邪魔をするのが精一杯。

「すみません、注文良いですか?」
「───あ。いらっしゃいませ! どうぞ?」

僕の顔を見て、ホッとしたような表情をしたあと、営業スマイルを向けてくる。
……そう、まいさんにとって仕事中は、僕も単なる客の一人でしかない。

僕の出現によってクソ野郎……もとい、まいさんを店先でナンパしようとしていた男は、いったん口を閉ざす。

けれども、すぐに立ち去る気配はなく、買ったばかりのシュークリームをかじりながら僕がいなくなるのを待つ態勢だ。

───マジで消え失せろ、クソが。

僕は、まいさんが聞いたら確実に引くだろう罵詈ばりを内心でつぶやいてから、まいさんに微笑んだ。

「それ、カレシさんからのプレゼントですか?」

シュークリームを手渡されて、会計の段となったのを見計らい、僕は自分の胸もとを指して、わざとらしく尋ねる。

僕の意図に気づいたらしいまいさんが、ベストの隙間から見える細い鎖を引き抜いた。
ネックレスにくぐったシルバーリングが露わになる。

「あ、えっと……彼氏じゃなくて……こ、婚約者からのプレゼントです、けど……」

途中から小さな声になって、まいさんの頬が赤く染まった。
その反応に、僕の先ほどまでの苛立ちが、一瞬で消え去ってしまう。

…………まいさん、可愛いすぎる…………。

僕のなかの醜い感情は一掃され、ついでにナンパくそ馬鹿野郎も、
『なんだ男いんのかよ』
という、分かりやすい顔をしつつ店を立ち去って行った。

「……ありがとね、大地」

それを見送ったあと、小声で僕を見上げるまいさんは、超絶可愛い。
そうは思いながらも、僕は、少し意地悪な気持ちになる。

「そう? 僕が来なければ、今度の日曜お茶しませんか、とかいう流れになってたんじゃない?」
「───……で? 宗教の勧誘されちゃうっての?
まさかでしょ。私がそんな世間知らずに見えるわけ?」

……なんだこの間違ったナンパ解釈は。鈍いというより、ひねくれてないか?

僕はあきれて溜息をついた。

「まいさん、自分のこと、なんだと思っているの?」
「はぁ!?」

ムッと顔をしかめたまいさんだったけど、すぐに僕の背後にお客さんを見つけたらしく、優しい笑顔を取り戻す。

「ありがとうございます。またお越しくださいませ。
───いらっしゃいませ!」

それは、仕事中のまいさんから僕へ向けられた、とっとと立ち去れという意味の言葉だった。



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