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第六章 この心に宿るから

覚悟しなさいよ?【2】

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時折、のんびりとしたスピードで、横を自転車が通り過ぎて行く他は、ひとけのない道路を歩きながら、大地が口を開いた。

「───まいさんから見て僕は……なんの変化も、見られないんだ?」
「……以前の大地……と、同じように……見える、けど……?」

つないだ指先に軽く力をこめて確認するように横から大地の表情を窺う。
大地は、達観したような、あきらめに似た微笑みを浮かべていた。

「そっか。
じゃあ……僕の心のなかに起きた、少しの変化を、話しても……いい?」

言葉を選ぶというより、話すことをためらうような口振りだった。

大地がこんな風になるのは、決まって自分の母親について話す時だということを、私はもう、知っていた。

「いいわよ。遠慮しないで話しなさいよ。ちゃんと……聞いてあげるから」

視線を前に戻して私が答えると一拍おいて、大地が思いきったように言った。

「僕は……『女』っていう生き物を、嫌悪しているんだと思う」

───思いもかけない言葉だった。

嫌な感覚が背後を襲って、居心地の悪さに、思わず口をはさむ。

「私も、一応、女なんだけど?」

語尾がきつくなった自分を、少し恥じる。

以前と同じ、問いただす言い方をしてしまったのを、思いだしたからだ。

大地は困ったように、笑って私を見た。大地の親指が、私の親指をゆっくりとなでる。

「ごめんね。こういう言い方は、まいさん、嬉しくないかもしれないけど……。
まいさんは、僕にとって『女』っていうカテゴリーに入ってない人なんだよ。
もちろん、まいさんが『女性』なのは、百も承知だけど……僕のなかで、『まいさん』は『まいさん』でしかないんだ。

だから、いま言った『女』っていうのは、一般的な意味で……。もっと言ってしまうと、あの人───僕の母親が、その代表格で、僕にとっての『嫌悪に値する女』の、具現化した形になると思う」

言いながら、大地はひどく苦しそうに息をついた。
口にだした言葉が、自身を傷つけたかのように、悲しい瞳をして先を続けた。

「以前の僕は、ただ自分の母親が『可哀想な人』なんだと思っていた。
大人になりきれない、弱くてもろい人だったって。
だけど、今の僕は……《本当に可哀想だったのは誰か》知っている。知っているからこそ、身勝手な母親をゆるせなくて……嫌悪してる。
そして、あの人を思わせる『女』っていう存在も、嫌で……嫌で、たまらない」

声音は静かなのに、心の叫びのような大地の言葉に、足が自然に止まってしまった。

「───大地……」
「本当に、ごめんね。いくらまいさんは違うって言っても……やっぱり、気分はよくないよね……?」

私は首を振った。
こんな時ですら、私を気遣って話すことができる大地が、可哀想で……それ以上に、愛しくて仕方なかった。

「大丈夫よ。あんたにとって『今の言葉』は、もっと前に、吐きだしてしまいたかった気持ちだろうから。全部、私が受け止めてあげる」

指を上げ、大地の頬に触れた。

本当に……もっと早く口にできるような状況なら、きっと……『もう一人の大地』は、生まれてこなかったのだろう……。

トオルくんが言ってた通りだ。
大地はずっと、自分の本音を押し殺してきた。
……それも、無意識のうちに。

「ありがとう、まいさん。
まいさんなら……そう言ってくれるかなって、なんだか思えてしまって。期待しつつ、話してた部分もあるんだ。
……ふふっ、これって……甘え、かな?」

冗談めかして言う大地にドキッとする。
この言葉こそが、二人の大地の融合が成された『証』に思えたからだ。
それは、不思議に愛しい感覚で大地に向かって、言わずにはいられなくなった。

「───お帰り、大地。
あんたを……ずっと、待っていたのよ」

私の言葉に、大地は一度まばたきをした。
ゆっくりと、失った何かを取り戻したかのように、微笑みを返してくる。

「うん。まいさんが、僕を待っていてくれて、すごく嬉しいよ。
もう、まいさんを、困らせたりしないからね? だから」

目を閉じて、と、ささやくように甘やかな声音が告げる。

思わず、辺りを見回してしまった。
……ひとけがないからって、こんな真っ昼間に……。

大地は私の反応に、面白そうに噴きだした。

「……大丈夫だよ。誰も、見てやしないから。だけど、そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うけどなぁ……」

「今までに何度もあったんだから、気にするのは当たり前じゃない」

いぶかしげな物言いに文句をつけつつも、私は目を閉じた。

大地が、
「そんなに何度もあったんだ……なんか、ショックだな」
などと、つぶやくのが聞こえ、今度は私の方が眉を寄せる番だった。
……ショック?

次の瞬間、私を襲った感覚は、大地の唇のぬくもりではなく……硬質な、冷たい感触で。
それは、予想していた唇にはやってこないで、左手薬指にやってきた。

…………ええと、コレって…………。
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