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第六章 この心に宿るから
二人の融合──僕は僕を、赦すよ【1】
しおりを挟む「───まいさん。そろそろ起きた方が、いいよ」
耳元で優しくささやかれて、目を開ける。
はっとしながら、声の主に問う。
「いま、何時?」
「え? ……もう10時になるけど、今日はお仕事お休みだよね?」
「父さんが……」
「お父さんの見送りなら、僕がしたから大丈夫だよ。
まいさんのこと訊かれたから、僕の部屋で寝てるって言ったら涙ぐんでたけど……むしろ、そっちが大丈夫かなぁって感じで───」
頭をかきながら溜息をつく大地を見て、ようやく目が覚めた。
「……ちょっと。あんた何?」
「何って……。イヤだなぁ、まいさん。寝ぼけてるの? おはようの、チューしとく?」
ベッドの上で呆然としていると、かがみこんだ大地が軽くキスしてきた。
……また、入れ替わってる?
そう思って複雑な心境になる私に、大地がにっこりと笑ってみせた。
「ね、まいさん。昨夜……『あいつ』と……したの?」
「えっ……。えーと……」
「じゃあ僕とも、エッチしてくれるよね?」
いつもの大地の笑顔なのに……なんだか、その向こうに静かな怒りを感じて。
私は、何をどう話そうかと、額に手を置いた。
大地が、ふふっと笑う。
「冗談だよ。……なんか、まいさん、すごく疲れているみたいだし……」
ベッドに腰かけて、甘えるように、私の胸に顔を埋めてくる。
「僕は、これで我慢するから……しばらくこのままで、いさせて?」
「……大地……。私のコト、怒ってる?」
「んー……僕が怒っているのは『あいつ』が自分の都合だけで、まいさんとエッチしたこと、かなぁ?」
私は大地を抱えこんだまま、横になった。大地の髪に、指を入れる。
「……そんな、無理やり、とかじゃないわよ? その……承知でこの部屋に来たんだし」
言葉をにごすと、大地は小さく息をつき、上目遣いに私を見た。
「……まいさんは、優しいけど、時々すごく残酷だね。
僕は……『あいつ』を赦せないのに、まいさんはいとも簡単に『あいつ』を赦してしまうんだね」
「大地……だけど───」
「うん。解ってるよ。……まいさんにとっては『あいつ』も『僕』なんだって。
だから、まいさんが『もう一人の僕』を受け入れてくれたこと……本当は、喜ばなきゃいけないんだろうけど。
……でも、僕は」
言いながら大地は、疲れたように目を閉じた。細く息を吐く。
「やっぱり、寂しいよ……」
「───もう~ッ。なんなのよ、あんた達はッ」
私は大地を放り投げるようにして、起きあがった。
驚いたように、大地が私を見る。
「あんたも……もう一人のあんたも……ヤんなるくらい、根っこの部分はおんなじで。私を困らせることにかけては、天下一品なんだから!
そんなにグズグズ言うなら、もう、いいっ! どっちも相手になんて、してやらないからっ!」
枕を振り上げて、大地に叩きつけてやる。
私を止めようとした大地は、けれども、すぐに抵抗するのをやめて『枕叩きの刑』を受け入れた。
ひとしきり、そうして八つ当たりぎみに大地を叩くと、ふいに物悲しい気分がこみあげてきた。
ずっと……いま、目の前にいる大地に会いたくて。
私に逆らう大地を、拒絶してきたけど。
向き合うことを恐れずに、『二人の大地』を受け入れたとたん……二人の反目しあう心が表面にでてきて、私を苦しめるなんて……皮肉すぎる。
「……私は、あんた達ふたりが、どうしてもお互いを受け容れがたいっていうなら……それも、仕方ないって、思う。
いきなり人格が入れ替わったりして驚かされるけど、あんたに振り回されるのなんて、いまに始まったことじゃないし。私は別に、このままでもいっこうに構わないのよ?
あんたも……もう一人のあんたも、好きだし抱きしめてあげたいって、思うから。
でも」
枕をつかんで疲れた指を上げ、私のせいでくしゃくしゃに乱れた大地の髪を直してやる。
「お互いに相手に嫉妬するくらいなら、ひとつになったほうが良いって思わない? 自分で自分に嫉妬するなんて……不毛なこと、この上ないわよ?」
「まいさん……」
大地はしばらく私を見つめていた。突然、ふふっと笑いだす。
「……不思議だな。まいさんにそんな風に言われると、自分の凝り固まった『譲れない一線』なんて、どうでもよくなってしまうよ」
「大地、それじゃあ……」
「うん。あいつを、受け容れる。……ひとつになって、僕は僕を……『赦す』よ」
やわらかな微笑みは、いつもの大地だった。
私の好きな……自分のことより、相手を思いやることができる、大地だった。
「───ごめんね、大地」
「えっ。なに、急に」
「あんたのこと……解ってやれなくて。
私……気づかないうちに、あんたの優しさに甘えてた。初めて会った時も……姉弟じゃないって、解ってからも。
ずっと……ずっとあんたが私を気遣ってくれてたんだって、やっと解った」
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