57 / 73
第五章 拒絶の向こう側
今晩、おれの部屋に来てよ【1】
しおりを挟む「大地。ここ、開けて」
父さんに大地の記憶がすでに戻っていることは、言えなかった。
言えば、記憶を回復したにも関わらず、かたくなに私たちを拒んでいることを、説明しなければならなかったから。
……大地が虐待されていた事実を、父さんに話す勇気がなかったのだ。
だから、父さんのいない日中に大地と二人だけで話そうと思い、父さんを送りだした休みの日、大地の部屋のドアをノックした。
けれども、いくら叩いても中から応答はなく……私は長期戦を覚悟して、扉の前に座りこんだ。
「……大地? 聞いてるんでしょ? 言っとくけど、あんたが出てくるまで、私、ここ退かないわよ?
あんまり聞き分けないと、いざあんたが
『トイレ行きたいから、部屋から出る~』
なんて言っても、出ていけないようにしてやるからね! 分かった?」
脅しかけ、ふたたび扉を叩こうと軽く拳を握った瞬間、部屋鍵の開く音がした。
あわてて、寄りかかった扉から身を起こす。
「……あんたって……いちいちムカつく……!」
私を見下ろす大地の目が嫌悪を宿し、鋭くにらみ据えてくる。
何度そんな風に見られても、慣れることはなく……優しかった大地の眼差しが思いだされ、私の心に陰を落とした。
「……ムカついてくれて、結構よ。私だって、あんたにそんな目で見られて、平気なワケないんだから。気分が悪いのは、お互いさま」
立ち上がって大地の胸を押しのけ、部屋へと入ろうとした。
が、当の大地はびくともせずに、意地悪く口元をゆがめ私を見返してきた。
「おれのほうは奇特なあんたと違って、不愉快な相手と話す気なんて、さらさらないんだけど?
解ったらあきらめて、こんな無駄なことしないでくれよ。
……いままでだって無視してきたんだから、これからもそうすればいいだろ。あんたの会いたい『大地』は、ここにはいないんだからさ」
言ってドアを閉めようとした大地に、しがみつくように身体を寄せる。
びくっと大地が身を引いたのを幸いに、隙をつき中へと入った。
後ろ手に扉を押しやり、大地を見上げる。
「自分を拒絶する相手と、誰が好き好んで相対すると思っているの? あんたがどう言おうと……私が《いまの》あんたをどう思っていようと……やっぱりあんたは、『大地』でしかないのよ。
だから───」
言いかけて、言葉をのみこむ。
大地の冷たい眼差しが、自分が言おうとしていたことを、凍らせていくようだった。
こんな大地は知らない、好きになれない───。
そう言って拒んでいては、何ひとつ、いまの大地を解ってあげることはできないんだ。
父さんとのやりとりで気づかされたこと。
私は、この大地に……自分を拒絶する大地に対し、拒絶でもって応えていたのだ。
自分が受け入れてもらえないからと、相手と同じようにするのはただの逃げだ。
それで相手を非難するのは、間違っている。
ましてや、自分が好きな相手なら、なお、逃げずに向き合わなくてはいけないのだと───。
「だから……あんたともう一度、最初から関わらせて。
私の、何が気に入らないのか。どうしたら……私を、受け入れてくれるのか。それを、教えて」
「……あんた、自分がなに言ってるのか解ってんの?
自分のこと嫌ってる人間に、なんで媚びへつらう必要があるんだよ? 関わらなきゃいいだけの話だろ。
自分で言ってて恥ずかしくないのか? プライドってものがないのかよ?
みじめったらしいな……すがりつく相手、間違えるなよ」
「間違えてないわよ。私は、あんたに言っているの。どうしたら、私を好きになってくれるのかって───」
言いかけた私の二の腕が乱暴につかまれて勢いよく引き寄せられたかと思うと、ベッドのほうへと投げだされた。
重心を失ってベッドの端につまずき、そのまま横たわる形となる。
「……ちょっ……いきなり何すんのよ」
「転がってろよ」
身を起こしかけた私を、大地はふたたび突き飛ばした。
瞬時に大地の意図を察し、身構えてしまう。
そんな私を、冷めた目で大地が見下ろした。
「あんたはそこに転がって、人形のように、されるがままになってろ。
自分を好きでもない男に……自分も好きにはなれない相手に、身体を弄ばれて、言いつけ通りに、動くんだ」
ベッドの上の私に覆い被さるようにして、大地が私を組み敷いた。
感情のない瞳が、一瞬だけ、揺れる。
「おれが、そうされたように」
吐きだされた言葉の意味に、胸がつまった。
やりきれない憤りを抱え、大地を見上げる。
「それが……あんたが私に望むこと、なの……? あんたと同じ経験をしろって?」
「そうだよ。じゃなきゃ、あんたにおれの気持ちなんか───」
「バカじゃないの!」
足を持ち上げ、反動をつけて、大地の横っ腹を思いきり蹴りつけた。
「……っ」
「あんたには、想像力ってもんがないワケ!? バカにするんじゃないわよっ。
同じ思いなんかしなくたって、あんたが……どれだけつらくて苦しくて……誰にも言えない傷を抱えてきたのかなんて……もう、とっくの昔に、解っているわよっ!」
顔をしかめた大地が、動きを止めて私を見返す。理解し難い生き物を見るように。
11
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【完結】イケメン外国人と親交を深めたつもりが、イケメン異星人と恋人契約交わしてました!
一茅苑呼
恋愛
【年上アラフォー女子✕年下イケメン外国人(?)のSFちっく☆ラブコメディ】
❖柴崎(しばさき) 秋良(あきら) 39歳
偏見をもたない大ざっぱな性格。時に毒舌(年相応)
物事を冷めた目で見ていて、なぜか昔から外国人に好かれる。
❖クライシチャクリ・ダーオルング 31歳
愛称ライ。素直で裏表がなく、明るい性格。
日本のアニメと少年漫画をこよなく愛するイケメン外国人。……かと思いきや。
いえ、彼は『グレイな隣人』で、のちに『グレイな恋人』になるのです(笑)
※他サイトでも掲載してます。
❖❖❖表紙絵はAIイラストです❖❖❖
地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~
あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる