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第四章 愛してる、愛してない

愛情でなく、同情【2】

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「悪ィな、佐木さん。……失敗した」

リビングから出て行った大地の背中を見送って、トオルくんが大きな溜息をつく。

「あいつの反応、超ビミョーだったよな~。
『大好きなまいさんが、他の男に奪われちゃうかもよ!? どうする大地!? 大・作・戦☆』も、ダメかぁ~」
「………謝るのは、それだけ?」
「それだけ……って? オレ、なんか他にもしくじった?」

きょとんとした顔を見れば『本当にそれ以外のこと』は、謝る気がないのは明らかだった。

私は肩に回されたトオルくんの手を、ぎゅっとつねってみせた。

「こ・れ! ナニこの手! いきなり抱き寄せられてビックリさせられた私に、謝罪の言葉はないの!?」
「……いってぇ……え? こんくらい、どうってコトないっしょ? 佐木さんが処女だったら、悪かったかなと思わなくもないけどさ。
つか、佐木さん、マジで堅いよね。ひょっとして、彼氏以外の男に、指一本もさわらせないタイプ?」
「………………悪い?」

ジロッとにらみつけてやると、トオルくんが噴きだした。
そのまま肩を揺らして、笑う。

「……いや、彼氏にとっちゃ『イイ女』なんじゃねぇの?」

一瞬、馬鹿にされたのかと思ったけど、やけにしみじみとした言い方が気になって、単純な疑問をトオルくんにぶつける。

「トオルくんて……いま、彼女いないの?」
「うーん……。いちお『いない』ってコトで。
この前「ヤるだけの女は、彼女って言わないのよ」って、ひっぱたかれたからさぁ」
「…………ふ、ふーん。そうなんだ」

いろいろと突っ込みどころ満載の発言に、返す言葉をなくす私の前で、トオルくんが参ったといわんばかりに、頭をかいた。

「ん~……。にしてもオレ、佐木さんに無責任なこと言っちまってたんだな~。
ナニ、あの可愛いげのない態度。キャラが180度変わってんじゃん。マジでイラッときちまったよ、オレ。
あれじゃ佐木さんも、泣きごと言いたくもなるよなぁ……」
「……トオルくん。
実際に話した感触からして、いまの大地は『本音で』話してると思う?」

私の問いかけに、トオルくんはうーんとうなった。
考えこむというより、否定的な相づちのようだった。

「佐木さんから前に話を聞いた時は、単純に記憶をなくしてるからこその『本音』がでてるんじゃないかと思ったんだけどさ。
今日会って直接話した感じだと『人間不信』が前面にでてるって気がするよ。
反抗期のガキみたいな?
文句は人一倍で、人の気持ちはみ取れねぇくせに、自分の気持ちは解って欲しいってゆーかさ」
「ああ……うん、確かに」
「オレは、こいつキャラ変わって調子狂うじゃねーか、で、済む話だけどさ。
佐木さんからしたら、
『こんなのアタシが好きな大地じゃなーいッ』
とかなっても、おかしくないなと思ったよ」

どこか済まなそうに、トオルくんが苦笑いを浮かべる。

大地を幼い頃から見てきたトオルくんにしてみたら、大地がそうであったように、彼にとっても大地は『かけがえのない弟』的存在なのだろう。

だからこそ、大地の豹変ひょうへんにとまどっている私に、こんな表情を見せるのかもしれない。
そう思ったら、なんだか私のほうが、申し訳ない気分になってきた。

「───いまの大地も、まぎれもなく『大地』なんだって、トオルくんが前に言ってたこと……それは、その通りだと思う。
だけど私は……いまの大地に、恋愛感情をもてないって、気づいてしまったのよ。
私は以前の、馬鹿みたいに人に気を遣い過ぎる大地が……自分の気持ちを殺してまで他人を思いやれる大地が、好きだから」

どんな大地でも好きだと言えない自分を、ずっと恥じていた。

だけど……感情は思うようにはならないもので。
いまの大地を『本当に好き』だと想えない私がいるのも、事実だった。
そして、だからこそ大地は、そんな私を、迷惑な存在にしか感じられなくなっているのかもしれない。

「…………そっか」

小さく、トオルくんがうなずく。

「佐木さんの気持ちは、よく解ったよ。
なんつーか……佐木さんって、いつも潔いって感じ? ……まぁだから、あいつも佐木さんにホレたんだろーけど。
ったく、大地のヤツ、記憶なくしてる場合じゃねーだろーが」
「あ、トオルくん。そのことなんだけど……」

私は、大地の記憶がすでに戻っていることと、榊原医師から言われた『人格障害』についてのことなども、説明した。

「うわ~、ますますややこしいことになってんなー」

顔をしかめたトオルくんに、苦笑いを返す。

「だよね? 私は……いまの大地を、嫌いにはなれない。大地は大地だって言うのは、解ってるつもりだし。
恋愛感情がないからって、いまの大地の人格を消して元に戻して欲しいだなんて、身勝手なことも言えない。

でも、だからこそ、私が大地にとって一番良い方法を選ぶだなんて、そんな大それた真似、できないと思うの。
私が選ぶ答えはきっと……大地のためじゃなくて、私の願望になってしまうはずだから」

本音を言えば、いますぐにでも、元の大地に会いたかった。
だけど、いまの大地を『殺す』ことも……正直、選べなかった。

悲しいことに、この感情は『愛情』じゃなくて『同情』だ。

無垢むくな心のまま、虐待の追体験をしてしまった『可哀想な』大地を、見殺しにできないだけなんだ。

そんな私の胸中を察したかのように、トオルくんが言った。

「あのさ、オレはそのセンセと直に話してねぇから思うんだけど……。選択肢は、本当にふたつしかないワケ?
例えば、いまの大地のなかに、以前のオレらが知ってる大地が眠ってるだけなら、そのままいまの大地と、合体させりゃいいんじゃねぇの?
どっちもホントの大地なら、どっちかの人格を消すっつーのは、ひでぇ話だし、それを佐木さんに選ばせるってのも酷だよな。

───どうよ、佐木さん。いっぺん、言うだけ言ってみたら? 『どちらか』じゃなくて、『どちらも』生かして欲しいってさ」

ニッと笑って見せるトオルくんに、私は目からうろこが落ちる思いだった。
……新しい風が吹いて、よどんだ気持ちが一気に晴れていくような、感覚だった。



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