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第四章 愛してる、愛してない

愛情でなく、同情【1】

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マンションの住人にバイク持ちはいなかったはずだ。

だから、地下駐車場に響いたエンジン音に、思わず眉をひそめた。

「お・ネ・エ・さぁ~ん。昼間っから随分と、精がでますね~。愛車の清掃っすか~?」

一瞬、どこのチャラ男かと思ったけど……。雑巾片手に嫌な顔をして振り返った私の目に入ったのは、黒のライダースーツに身を包んだトオルくんだった。

バイクにまたがったままフルフェイスのヘルメットを外し、にやにやと笑う彼に溜息をついてみせた。

「……好きでやってる訳じゃないわよ。それより、よくウチの住所知ってたわね?」
「前に無理やり、あいつから聞きだしてはいたんだけどさ。来んな~って言われてたから、遠慮してたってワケ」
「トオルくんの辞書に『遠慮』なんて文字、載ってんだ?」
「うっわ、佐木さん、なんかトゲトゲしてね? つーか……あいつ、まだ佐木さん困らせてんだ?」

トオルくんの苦笑いは、目元がひどく優しく感じられた。

以前トオルくんは、
「人の気持ちは想像したって解らない」
なんて言ってたけど……全然、そんなことないじゃない。

私は車のドアを閉めた。

───大地が汚した車内の清掃は、本当はもう、とっくに済んでいた。

ただ、私の気持ちの整理がつかなくて……大地と顔を合わせづらくて、ぐずぐずと車にへばりついていただけだった。

「……トオルくん。困らせているのは、もしかしたら……私のほうかもしれない」

トオルくんは私の言葉に、ふっと真顔になった。
バイクのスタンドを立て、ヘルメットを置く。

「あいつに……大地に、会わせてもらっていいかな? 今日はそのために、ここに来たんだ」


*****


トオルくんが来たことを、自分の部屋にいた大地に告げると、意外なほどにすぐさま大地はリビングへやって来た。

そんな大地を、トオルくんは、ソファーに踏ん反り返った状態で見上げた。

「よぉ、大地。……電話もメールも、無視ってくれてアリガトな」

開口一番のトオルくんの揶揄やゆに、大地はまだ気分がよくないと見え、青い顔のままソファーに座った。

「……おれは、あんたが知ってる『大地』じゃないし、あんたも別に、おれに用があるわけじゃないだろ?」
「へぇ? それがオレの誠意を無視して、なおかつ」

言いながらトオルくんは勢いよく身を起こすと、真向かいに腰かけた大地の胸ぐらをつかんだ。
至近距離で、すごむように大地をにらむ。

「好きな女にドSに振る舞ってる理由かよ? つっまんねー男に成り下がったもんだな、おい。
おんなじ『困ったちゃん』ならストーカーのが、まだ可愛いげがあったのによ」

大地はムッとしたようにトオルくんを見返した。
トオルくんの手を払いのけようと右手を上げかけて、顔をゆがめた直後、その手を下ろした。
苛立いらだちを隠せないように、吐き捨てる。

「だからっ……。おれは、あんたが好きな『良いコ』の大地じゃないって、言ってんだろっ……!?」
「───ふうん……そうかよ。よぉく、解ったよ」

目を細め、面白くなさそうな顔をしたトオルくんの手が、突き飛ばすようにして大地から離れた。

「……佐木さん。ちょっと、いいかな?」

けんか腰のトオルくんにビビって立ち尽くしていた。
だから、打って変わっての穏やかな呼びかけに、ホッとしながら近寄った。

「何? ……あ、ゴメン。お茶もだしてなかったね、私───」

言いかけた私の腕が、強引にトオルくんに引き寄せられた。
バランスをくずし、そのまま彼に身体ごと預けるような体勢となってしまう。
ふわり、と、シトラスの香りが私の身を包んだ。

……ナニ、コレ……!

「お前がオレの知ってる大地じゃないってんなら、オレが佐木さんと付き合っても、文句はねぇってコトだな?」
「は? ちょっ……トオルくん、何言ってんの!?」

いきなり抱き寄せられたことはもちろん、トオルくんの放った言葉にも困惑して彼を見上げた。

……あの。次から次へと、意味解んないんですけど!?

「…………好きにすれば? おれには関係ない。あんた達の問題だろ」

言いきって、大地はソファーから立ち上がった。冷めた目で、私を見下ろす。

「……これで、あんたから解放されるってわけだ」

せいせいすると言わんばかりだった。
けれども、大地の瞳に一瞬だけ横切ったかげりに気づく。
以前、こんな眼をした時の大地が思いだされた。

───もう二度と、取り戻すことのできない過去を憂えるような、その横顔を。


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