50 / 73
第四章 愛してる、愛してない
愛情でなく、同情【1】
しおりを挟むマンションの住人にバイク持ちはいなかったはずだ。
だから、地下駐車場に響いたエンジン音に、思わず眉をひそめた。
「お・ネ・エ・さぁ~ん。昼間っから随分と、精がでますね~。愛車の清掃っすか~?」
一瞬、どこのチャラ男かと思ったけど……。雑巾片手に嫌な顔をして振り返った私の目に入ったのは、黒のライダースーツに身を包んだトオルくんだった。
バイクに跨ったままフルフェイスのヘルメットを外し、にやにやと笑う彼に溜息をついてみせた。
「……好きでやってる訳じゃないわよ。それより、よくウチの住所知ってたわね?」
「前に無理やり、あいつから聞きだしてはいたんだけどさ。来んな~って言われてたから、遠慮してたってワケ」
「トオルくんの辞書に『遠慮』なんて文字、載ってんだ?」
「うっわ、佐木さん、なんかトゲトゲしてね? つーか……あいつ、まだ佐木さん困らせてんだ?」
トオルくんの苦笑いは、目元がひどく優しく感じられた。
以前トオルくんは、
「人の気持ちは想像したって解らない」
なんて言ってたけど……全然、そんなことないじゃない。
私は車のドアを閉めた。
───大地が汚した車内の清掃は、本当はもう、とっくに済んでいた。
ただ、私の気持ちの整理がつかなくて……大地と顔を合わせづらくて、ぐずぐずと車にへばりついていただけだった。
「……トオルくん。困らせているのは、もしかしたら……私のほうかもしれない」
トオルくんは私の言葉に、ふっと真顔になった。
バイクのスタンドを立て、ヘルメットを置く。
「あいつに……大地に、会わせてもらっていいかな? 今日はそのために、ここに来たんだ」
*****
トオルくんが来たことを、自分の部屋にいた大地に告げると、意外なほどにすぐさま大地はリビングへやって来た。
そんな大地を、トオルくんは、ソファーに踏ん反り返った状態で見上げた。
「よぉ、大地。……電話もメールも、無視ってくれてアリガトな」
開口一番のトオルくんの揶揄に、大地はまだ気分がよくないと見え、青い顔のままソファーに座った。
「……おれは、あんたが知ってる『大地』じゃないし、あんたも別に、おれに用があるわけじゃないだろ?」
「へぇ? それがオレの誠意を無視して、なおかつ」
言いながらトオルくんは勢いよく身を起こすと、真向かいに腰かけた大地の胸ぐらをつかんだ。
至近距離で、凄むように大地をにらむ。
「好きな女にドSに振る舞ってる理由かよ? つっまんねー男に成り下がったもんだな、おい。
おんなじ『困ったちゃん』ならストーカーのが、まだ可愛いげがあったのによ」
大地はムッとしたようにトオルくんを見返した。
トオルくんの手を払いのけようと右手を上げかけて、顔をゆがめた直後、その手を下ろした。
苛立ちを隠せないように、吐き捨てる。
「だからっ……。おれは、あんたが好きな『良いコ』の大地じゃないって、言ってんだろっ……!?」
「───ふうん……そうかよ。よぉく、解ったよ」
目を細め、面白くなさそうな顔をしたトオルくんの手が、突き飛ばすようにして大地から離れた。
「……佐木さん。ちょっと、いいかな?」
けんか腰のトオルくんにビビって立ち尽くしていた。
だから、打って変わっての穏やかな呼びかけに、ホッとしながら近寄った。
「何? ……あ、ゴメン。お茶もだしてなかったね、私───」
言いかけた私の腕が、強引にトオルくんに引き寄せられた。
バランスをくずし、そのまま彼に身体ごと預けるような体勢となってしまう。
ふわり、と、シトラスの香りが私の身を包んだ。
……ナニ、コレ……!
「お前がオレの知ってる大地じゃないってんなら、オレが佐木さんと付き合っても、文句はねぇってコトだな?」
「は? ちょっ……トオルくん、何言ってんの!?」
いきなり抱き寄せられたことはもちろん、トオルくんの放った言葉にも困惑して彼を見上げた。
……あの。次から次へと、意味解んないんですけど!?
「…………好きにすれば? おれには関係ない。あんた達の問題だろ」
言いきって、大地はソファーから立ち上がった。冷めた目で、私を見下ろす。
「……これで、あんたから解放されるってわけだ」
せいせいすると言わんばかりだった。
けれども、大地の瞳に一瞬だけ横切った翳りに気づく。
以前、こんな眼をした時の大地が思いだされた。
───もう二度と、取り戻すことのできない過去を憂えるような、その横顔を。
11
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜
船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】
お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。
表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。
【ストーリー】
見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。
会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。
手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。
親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。
いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる……
托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。
◆登場人物
・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン
・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員
・ 八幡栞 (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女
・ 藤沢茂 (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
ミックスド★バス~混浴フレンドは恋人になれる?
taki
恋愛
【R18】入浴剤開発者の温子と、営業部の水川は、混浴をする裸の付き合いから、男女のお付き合いに発展できる!?
えっちめシーンは❤︎マークです。
ミックスド★バスシリーズ第二弾です。
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました
utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。
がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる