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第三章 三番目の大地

あんたが好きなのは、おれじゃない【2】

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*****


車に乗りこんで数分後、大地の様子が変だと気づき、あわてて通りかかった駐車スペースの広いコンビニで車を停めた。

「大地? 気分悪いの? ここでトイレ借りていく?」
「……触んなっ……!!」

瞬時に払われた手の行き場にとまどいながらも、もう一度、大地の肩に手を伸ばした。

「じゃ、外の空気でも吸って───」
「気持ち悪いんだよ、あんたにさわられるとっ……!」

助手席で半身を伏せ、肩を震わせた大地の口から、悲鳴のような拒絶の言葉が漏れた。

けれども、声から伝わってくる悲痛な響きの方が、大地の心を表しているようで……。
私は逆に、大地を包みこむように抱きしめた。

「───ごめんね、大地」

私を振りほどこうとして、腕のなかでもがいていた大地の動きが、止まる。

「あんたが嫌でも……私には、こうやって抱きしめてあげる以外、あんたにしてあげられること、思いつかないの。
あんたはどこまで私とのこと、思いだせたの? 私があんたのことを好きで……あんたも、私のこと───」
「おれじゃない!」

言うなり、かなり乱暴な力強さで突き飛ばされる。私の頬を、大地の爪の先が、かすめていった。

「あんたが好きなのは、おれじゃない。おれの中で眠ってる、《こいつ》だ」

自分の胸に拳を叩きつけて、大地が言う。

「《こいつ》の母親も、《こいつ》じゃなくて、自分が好きな男を《こいつ》の中に見て《こいつ》にセックスを強要したんだ。
あんたも《こいつ》の母親も、結局、マスターベーションの道具として《こいつ》を利用していただけだろ!?
それを『良い子』だとか『好き』だとか……《こいつ》が喜びそうな言葉でごまかして、隷属させてただけじゃないか!」

───殴りつけるような言葉の羅列は、これで二度目だ。
それでも私の心が慣れることはなく、身体が自然、震えた。

そんな私をにらみ据えたまま、大地は続けざま言葉でりつけてくる。

「口先でなら、なんとでも言えるっ。おれは、そんなものにはだまされない! 《こいつ》とは、違う!
自分の欲望を満たすために、おれを利用しようだなんて、思うなっ!」

言いきった大地が、興奮がおさまらないように、肩で息をする。
ふいに、こみあげたものを抑えるように口元を覆った。

その理由に気づいた瞬間には、もう、大地は嘔吐おうとしていた。胃液の匂いが車内に充満する。

「……大地、だいじょ───」
「気持ち、悪い……って……言って……。なんで……さわ、るんだ……」

窓を開けながら、大地の背中をさすってやる。
涙目でこちらをにらむ大地が、なおも私を拒んでいるのが解った。

好きな気持ちを否定されて……そんな大地を受けとめられない悔しさと悲しみを抱えたまま、私は言った。

「なんでとか……この期に及んで、訊いてくるんじゃないわよっ。
あんたさっき、自分で言ったじゃない。口先では、なんとでも言えるって。
言葉を信じられない人間に、伝えられることなんて、私にはないわ……!」

視界が揺らいで、泣きそうな自分に気づく。
こんなにも、伝えたい想いが伝わらないもどかしさがあるだなんて、初めて知った。

言葉を重ねても、身体を寄せても、いまの大地には何ひとつ解ってもらえない。

「あんたは……私の知っている、大地じゃないの……?」

思わず、か細い問いかけが口をついた。

トオルくんに諭されてから、あえてふたをしてきた気持ち。もう自分をごまかせないと、思った。

「私は……あんたを好きでいちゃ……いけ、ないの……?」

何があっても変わらないと、思っていたわけじゃない。

大地が心変わりする日がくるかも知れないという不安は、大地を好きだと自覚してから、徐々に募ってきていたものだ。

───だけど。
こんな風に、大地から突き放される日がくるなんて。

「……あんたが……好きなのは……おれじゃない……」

かすれた声音で告げる《大地の顔》は、涙でにじんだ視界の向こうで、私の知らない《誰か》に見えて、仕方がなかった……。



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