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第三章 三番目の大地
大地に何が起こっているのか【1】
しおりを挟む「おれに構うな」発言をしてからの大地は、部屋に引きこもることが多くなった。
私はもちろん、父さんにも距離を置いているのは明らかで。私に対してのような暴言を吐くことはなかったけど、よそよそしい態度は、どこか父さんを軽蔑しているようにも見えた。
「……大地。そろそろ時間だけど、出られる?」
心療内科への通院は、私が付き添うことになっていた。
父さんと違い、平日が休みの私のほうが、都合が良いと思ったからだ。
けれど。
「……あんたと同じ車中の空気、吸ってたくないんだけど」
呼びかけに部屋から出てきた大地は、不愉快さを前面にだし、そう言ってのけた。
開口一番の憎まれ口に、一瞬、動きが止まってしまったけど、すぐにニッコリと笑い返してやった。
───販売のプロを、舐めんなよっ。
「……車の窓を全開にしておけばなんの問題もないんじゃない? ただ、風邪ひくかもだけど。
あ、でも前に、こうみえて身体は丈夫だって、言ってたわよ、あんた。
……覚えてないかもしれないけどね」
付け加えた最後のイヤミが堪えたのか、大地は顔を背けて舌打ちした。
……新生大地は、ホントに下品だ。
───トオルくんに相談してからというもの、私の気持ちは大分楽になっていた。
ただ、その分、私や父さんに反抗的な態度をとる大地が、心配になってきたのも事実だった。
記憶の回復は、専門家に任せるべき───私も父さんも、医師の意見が最もだと思って、その道を選択した。
……でも。
父さんと違い私は、たった一度の診療によって、あんな風に豹変した大地を見てしまっている。
このまま他人任せにして良いものなのか。
催眠療法が、大地の記憶を取り戻す最良の方法なのか、疑問に思えてきたのだ。
それで昨日、思いきって心療内科のクリニックへと電話をかけてみたのだけど。
「……守秘義務がございますので、お答えしかねます」
の一点張り。
電話だからいけないのかと思って、
「じゃあそちらへ伺いますので、お時間つくってもらえませんか?」
と訊いても、返事は一緒だった。
父さんの手前、私の一存で通院を取り止めるわけにもいかず……今日は付き添いがてら、直接交渉してみようと思っていた。
…いま、大地の《頭のなか》で何が起こっているのか、知りたかった。
*****
「……付いて来ないで欲しいんだけど?」
この前は、駐車場で待っていたためか、一緒にクリニックのなかに入ろうとする私を、大地が冷ややかに一瞥した。
「気にしないで、あんたは治療受けてきなさいよ」
ひるむことなく答える私の相手を面倒と思ってか、大地はそれ以上、何も言わなかった。
クリニックの待合室は、簡易な間仕切りのある個室になっていた。
照明はやわらかな明るさに調節され、室内に流れるのは、いわゆるヒーリング系の音楽だった。
……用がなければ、眠ってしまいそうだ。
さっさと受付を済ませた大地はうながされるまま、診察室へ続くだろう廊下へと入って行った。
その背中を見送り、受付カウンターに近寄る。
「あの。私、いま受付を済ませた者の家族なんですが。
診療のことで医師にお訊きしたいので、お時間もらえないでしょうか?」
「……ご家族、ですか?」
二十代半ばくらいの薄化粧の女性が、いぶかしげに私を見上げる。
「今は診療中ですから……終わったら、お伝えいたしますので、お待ちいただけますでしょうか」
しぶしぶというのが分かる口調だった。
……私のかけた電話にでたのは、間違いなくこの女性だろう。
「はい。よろしくお願いします」
丁重に頭を下げてから、待合室の個室のひとつに入り、ソファーに腰かけた。
この間の診療時間が一時間くらいだったから、今日もおそらく同じくらいだろう。
───そう思って待っていた私に、予期せぬことが起きた。
「進藤さんのお付き添いの方、ちょっとよろしいですか?」
受付のほうでひそひそとした話し声が聞こえたかと思うと、ややして、淡いブルーの制服を着たふくよかな中年女性が、声をかけてきたのだ。
嫌な予感がして、思わず口を開く。
「大地に、何かあったんですか?」
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