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第二章 失われた想い
おれに構うな【2】
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「うっわ、そんなこと言ったの、あいつ?
やべ~……記憶取り戻したら、自殺すんじゃねぇの?」
「…………笑いごとじゃないんだけど」
言葉とは裏腹に、笑いながら私を見るトオルくんを軽くにらんだ。
───テナント会が行っている三ヶ月に一度の親睦会。
今回は居酒屋・神紋でやることになっていて、
「ああ、トオルくんの実家なんだっけ」
なんて思いながら、席についた時。
注文取りに来た、まさにその人がトオルくんだったのだ。
「店長、お先です!」
「おう、お疲れ。明日も頼むな~」
紺色の作務衣から私服に着替えた青年が、トオルくんに頭を下げていく。
そちらを振り返ったトオルくんが、カウンター席で隣に座っている私を、ふたたび見やった。
「佐木さん、なんか食う?」
「ううん、時間的に遅いし……」
年代物を思わせる大きな柱時計の針は、午前零時半を少し回っていた。
神紋は基本的に、午前零時で閉店するらしい。
もともと小料理屋から展開してきたことからか、料理が尽きればそこでオーダーストップするのが、このお店の経営方針だという。
「親父が死んだからって、
『ハイ、継ぎました~あんたら用済みね~』
って、ワケにもいかねぇし。
今までの経営陣から、
『よそ行ってた人間が、クチだすんじゃねーよ』
って、思われるのもシャクだし?
現場全部見てから文句言うわ───ってな名目で、お袋からは逃げたんだけど。
……つか、マジで経営とかオレ向いてないと思うんだよね。
お袋がトップ立ちゃあいいのにって思うよ。
実質的には、親父が生きてた時からそうだったんだしさぁ」
などと。
トオルくんから店長をやっている経緯を、先ほど教えてもらったばかりだ。
「───んなコト言わずに、茶漬けくらい付き合ってよ」
トオルくんは、自分用にきつねうどんと焼おにぎりを二個用意すると、言葉通り私の前にお茶漬けを置いた。
食べる気はなかったものの、焼おにぎりに梅肉と海苔とアラレ、とどめに鰹のだし汁がかかっていて。
その香りを嗅いだら、急にお腹がすいてきて、有り難く箸に手を伸ばしてしまった。
「……だけどさぁ、それって、あいつんなかで、記憶が混乱してるってことじゃねぇの?」
私がお茶漬けを食べ終えるのと同じくらいに、トオルくんは夜食を平らげていた。
「トオルくんも、やっぱりそう思う?」
「んー……。あいつの母親との関係考えたらなぁ……つじつま合うし。
でもって佐木さんに対するあいつの気持ちが、これまた複雑だし?」
「複雑かな……?」
大地のストレート過ぎる感情表現を思いだし、首を傾げた。
トオルくんが肩をすくめる。
「好きとか愛してるとか、感情の種類を言ってんじゃなくて。
……なんつーか、こう、普通の人間が、複数に向けるはずの好意的な感情の全部をあいつは佐木さんに、注いじゃってると思うんだよね。
恋人に向くはずの恋慕う感情も母親に向くはずの盲信的な愛情も姉に向くはずの親愛も、さ。
そういう気持ちって、経験の積み重ねによって整理されていくものじゃん。
だから、断片的な記憶しか取り戻してない状態で、理性でつなぎあわせても、土台ムリな話でさ。
───そのうえ、いま、あいつの感情は不在ときてるんじゃ、なおさら理解できねぇと思うぜ?
記憶はなくても一般常識があれば近親相姦っつうのは、タブーだってのがフツーの感覚だろうし」
トオルくんの漏らした一言に、大地から母親とのことを聞かされ時のことを思いだす───あの時に感じた、嫌悪の正体を。
単純に「気持ち悪い」と表現してしまえば、それまでだけど……。
いま思い返しても、そこに至る感覚的なものは、一本道ではなかった気がする。
一般論からくる近親相姦への不快感。
母親という絶対的な存在による性的虐待に対する、憤り。
そして、独占欲がもたらした、嫉妬。
様様な感情が絡み合っていたのに、表向き一番体のいい「憤り」を、私は口にだしたに過ぎないのかもしれない……。
「───相手の気持ちを考えろってよく言われるけど、想像したって解んねーことのが多いわけよ、オレなんか」
押し黙ってしまった私に、トオルくんが唐突に言った。
「けどさ、あいつ……大地は、そういう意味じゃ、人の気持ちを《読む》のが上手かったんだよなー。だから、気遣いってのが、自然にできてた。
佐木さん、あいつの部屋の本棚見たことある?」
いきなりの話題転換に、驚きながらも軽くうなずく。
「ああ、うん。引っ越しの時に、チラッと……。先生にもらった本だって、大地が教えてくれたけど」
「うっわ、そんなこと言ったの、あいつ?
やべ~……記憶取り戻したら、自殺すんじゃねぇの?」
「…………笑いごとじゃないんだけど」
言葉とは裏腹に、笑いながら私を見るトオルくんを軽くにらんだ。
───テナント会が行っている三ヶ月に一度の親睦会。
今回は居酒屋・神紋でやることになっていて、
「ああ、トオルくんの実家なんだっけ」
なんて思いながら、席についた時。
注文取りに来た、まさにその人がトオルくんだったのだ。
「店長、お先です!」
「おう、お疲れ。明日も頼むな~」
紺色の作務衣から私服に着替えた青年が、トオルくんに頭を下げていく。
そちらを振り返ったトオルくんが、カウンター席で隣に座っている私を、ふたたび見やった。
「佐木さん、なんか食う?」
「ううん、時間的に遅いし……」
年代物を思わせる大きな柱時計の針は、午前零時半を少し回っていた。
神紋は基本的に、午前零時で閉店するらしい。
もともと小料理屋から展開してきたことからか、料理が尽きればそこでオーダーストップするのが、このお店の経営方針だという。
「親父が死んだからって、
『ハイ、継ぎました~あんたら用済みね~』
って、ワケにもいかねぇし。
今までの経営陣から、
『よそ行ってた人間が、クチだすんじゃねーよ』
って、思われるのもシャクだし?
現場全部見てから文句言うわ───ってな名目で、お袋からは逃げたんだけど。
……つか、マジで経営とかオレ向いてないと思うんだよね。
お袋がトップ立ちゃあいいのにって思うよ。
実質的には、親父が生きてた時からそうだったんだしさぁ」
などと。
トオルくんから店長をやっている経緯を、先ほど教えてもらったばかりだ。
「───んなコト言わずに、茶漬けくらい付き合ってよ」
トオルくんは、自分用にきつねうどんと焼おにぎりを二個用意すると、言葉通り私の前にお茶漬けを置いた。
食べる気はなかったものの、焼おにぎりに梅肉と海苔とアラレ、とどめに鰹のだし汁がかかっていて。
その香りを嗅いだら、急にお腹がすいてきて、有り難く箸に手を伸ばしてしまった。
「……だけどさぁ、それって、あいつんなかで、記憶が混乱してるってことじゃねぇの?」
私がお茶漬けを食べ終えるのと同じくらいに、トオルくんは夜食を平らげていた。
「トオルくんも、やっぱりそう思う?」
「んー……。あいつの母親との関係考えたらなぁ……つじつま合うし。
でもって佐木さんに対するあいつの気持ちが、これまた複雑だし?」
「複雑かな……?」
大地のストレート過ぎる感情表現を思いだし、首を傾げた。
トオルくんが肩をすくめる。
「好きとか愛してるとか、感情の種類を言ってんじゃなくて。
……なんつーか、こう、普通の人間が、複数に向けるはずの好意的な感情の全部をあいつは佐木さんに、注いじゃってると思うんだよね。
恋人に向くはずの恋慕う感情も母親に向くはずの盲信的な愛情も姉に向くはずの親愛も、さ。
そういう気持ちって、経験の積み重ねによって整理されていくものじゃん。
だから、断片的な記憶しか取り戻してない状態で、理性でつなぎあわせても、土台ムリな話でさ。
───そのうえ、いま、あいつの感情は不在ときてるんじゃ、なおさら理解できねぇと思うぜ?
記憶はなくても一般常識があれば近親相姦っつうのは、タブーだってのがフツーの感覚だろうし」
トオルくんの漏らした一言に、大地から母親とのことを聞かされ時のことを思いだす───あの時に感じた、嫌悪の正体を。
単純に「気持ち悪い」と表現してしまえば、それまでだけど……。
いま思い返しても、そこに至る感覚的なものは、一本道ではなかった気がする。
一般論からくる近親相姦への不快感。
母親という絶対的な存在による性的虐待に対する、憤り。
そして、独占欲がもたらした、嫉妬。
様様な感情が絡み合っていたのに、表向き一番体のいい「憤り」を、私は口にだしたに過ぎないのかもしれない……。
「───相手の気持ちを考えろってよく言われるけど、想像したって解んねーことのが多いわけよ、オレなんか」
押し黙ってしまった私に、トオルくんが唐突に言った。
「けどさ、あいつ……大地は、そういう意味じゃ、人の気持ちを《読む》のが上手かったんだよなー。だから、気遣いってのが、自然にできてた。
佐木さん、あいつの部屋の本棚見たことある?」
いきなりの話題転換に、驚きながらも軽くうなずく。
「ああ、うん。引っ越しの時に、チラッと……。先生にもらった本だって、大地が教えてくれたけど」
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