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第二章 失われた想い
私たちは『異母姉弟』【3】
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*****
薄暗い部屋のなかに、もう大地はいなかった。
夢だったのだと実感したら、苦笑いが浮かんだ。
───大地が学校の階段から落ち、記憶をなくして、二週間が経とうとしていた。
時間の経過と共に記憶が戻るだろうとのことだったけど、一向に大地が記憶を取り戻す気配はなく……昨日から大地は、心療内科に通い始めていた。
もちろん、行ったその日に治るだなんて思ってなかったけど、治療を終えた大地に、
「どうだった?」
と、訊いてみても、
「……別に、特に変わりはありません」
なんて冷たく返されて、車で送迎してあげた身としては、ものっ……すごく、落ちこんだのは事実だ。
同じ顔、同じ声で話しているのに、今の大地は以前の大地とは、あまりに違い過ぎて。
私は、日を追う毎に、《彼》が私の知っている大地とは、別人に思えて仕方なかった。
けれども、大地は大地なんだ。
記憶を失っているだけで、私の好きな大地に違いない。
そう自分に、言い聞かせていた。
と、同時に、どんな大地でも好きだと言いきれないことにも気づき、自己嫌悪に陥ったりもした。
……そんな日々の欝屈したものが、夢に表れたのかもしれない……。
溜息をつく。
なんだか喉が渇いて、私はキッチンに足を運んだ。
消したはずの明かりが見え、不審に思っていると、キッチンで座りこんでいる大地が目に入る。
「ちょっと……大丈夫?」
驚いて近寄ってみると、ガラスの破片と、水らしき液体が、大地の側の床に散っていた。
キャップのゆるんだミネラルウォーターのボトルが、テーブルの上に置かれていて……私は、何が起きたのかを察した。
「───ケガ、してない?」
「……いえ、大丈夫です」
罰悪そうな大地をよそに、散らかった床を片付けた。
それから改めて、大地にミネラルウォーターの入ったグラスを差し出す。
「はい。お水でいいのよね?」
「……ありがとう、ございます」
とまどったように、それでも大地は、グラスを受け取った。
床に座ったままの大地の隣に腰かけ、私は自分の分に口をつけた。
……夢の名残があるせいか、そうすることが自然のような気がしたのだけど。
いまの大地には、そんな私の態度は、居心地の悪さを覚えるものだったらしい。
沈黙に堪えられない、といったように、口を開いた。
「……あの。何か……?」
用があるなら、早く済ませて欲しい。
大地の無言の要求に、可笑しくなってしまった。
私たち二人の気持ちと立場が逆転したのだと、そのとき初めて、気づいたからだ。
───鬱陶しい。
大地にとって今の私は、そんな存在なのだと解ったら、自分が滑稽に思えた。
私は大地を知っていて、彼を好きで。
ただ、側にいたくて。
だけど、記憶をなくした大地はそんな風に自分に好意を寄せる私を、うす気味悪く思っている。
……本当に、大地と初めて会った時の状況に、よく似ている……。
大きく息をついて、大地に向き直った。
「遠慮すんなって、言ったでしょ!」
その額を、指で思いきり弾いてやった。
痛みよりも、そうされた自分に驚きを隠せないといったように、大地が私を見返した。
「半分しか血が繋がってないとか憎い愛人の子だとか……ひと昔前の昼ドラじゃあるまいし!
そんな些細なこと、男のくせに気にしてんじゃないわよ、みみっちいわね!
面倒みてやるって言ってんだから
『こりゃラッキーたかってやれ~』
くらいの勢いで、甘えていればいいのよ。
解った!?」
私の迫力に気圧されたように、大地は目を見開いたまま言葉を失っていた。
ややして、私から目をそらすと、おおげさに溜息をついてみせた。
「……ずっと、我慢していたけど」
低く抑えた声は、かすれていた。
わずかに怒りのこもった口調で、大地は切りだした。
「記憶が無いだけで、あんたから説教されるほど、馬鹿じゃない。
はっきり口にしなければ解らないなら言うけど……ウザイんだよね、あんた」
吐き捨てるように言って、大地はおもむろに立ち上がった。
心の底から軽蔑しているといった表情で、私を見下ろす。
「あんたは飯だけ用意してくれてれば、いいんだよ。必要以上に、おれに構わないでくれるかな?
オ・バ・サン」
薄暗い部屋のなかに、もう大地はいなかった。
夢だったのだと実感したら、苦笑いが浮かんだ。
───大地が学校の階段から落ち、記憶をなくして、二週間が経とうとしていた。
時間の経過と共に記憶が戻るだろうとのことだったけど、一向に大地が記憶を取り戻す気配はなく……昨日から大地は、心療内科に通い始めていた。
もちろん、行ったその日に治るだなんて思ってなかったけど、治療を終えた大地に、
「どうだった?」
と、訊いてみても、
「……別に、特に変わりはありません」
なんて冷たく返されて、車で送迎してあげた身としては、ものっ……すごく、落ちこんだのは事実だ。
同じ顔、同じ声で話しているのに、今の大地は以前の大地とは、あまりに違い過ぎて。
私は、日を追う毎に、《彼》が私の知っている大地とは、別人に思えて仕方なかった。
けれども、大地は大地なんだ。
記憶を失っているだけで、私の好きな大地に違いない。
そう自分に、言い聞かせていた。
と、同時に、どんな大地でも好きだと言いきれないことにも気づき、自己嫌悪に陥ったりもした。
……そんな日々の欝屈したものが、夢に表れたのかもしれない……。
溜息をつく。
なんだか喉が渇いて、私はキッチンに足を運んだ。
消したはずの明かりが見え、不審に思っていると、キッチンで座りこんでいる大地が目に入る。
「ちょっと……大丈夫?」
驚いて近寄ってみると、ガラスの破片と、水らしき液体が、大地の側の床に散っていた。
キャップのゆるんだミネラルウォーターのボトルが、テーブルの上に置かれていて……私は、何が起きたのかを察した。
「───ケガ、してない?」
「……いえ、大丈夫です」
罰悪そうな大地をよそに、散らかった床を片付けた。
それから改めて、大地にミネラルウォーターの入ったグラスを差し出す。
「はい。お水でいいのよね?」
「……ありがとう、ございます」
とまどったように、それでも大地は、グラスを受け取った。
床に座ったままの大地の隣に腰かけ、私は自分の分に口をつけた。
……夢の名残があるせいか、そうすることが自然のような気がしたのだけど。
いまの大地には、そんな私の態度は、居心地の悪さを覚えるものだったらしい。
沈黙に堪えられない、といったように、口を開いた。
「……あの。何か……?」
用があるなら、早く済ませて欲しい。
大地の無言の要求に、可笑しくなってしまった。
私たち二人の気持ちと立場が逆転したのだと、そのとき初めて、気づいたからだ。
───鬱陶しい。
大地にとって今の私は、そんな存在なのだと解ったら、自分が滑稽に思えた。
私は大地を知っていて、彼を好きで。
ただ、側にいたくて。
だけど、記憶をなくした大地はそんな風に自分に好意を寄せる私を、うす気味悪く思っている。
……本当に、大地と初めて会った時の状況に、よく似ている……。
大きく息をついて、大地に向き直った。
「遠慮すんなって、言ったでしょ!」
その額を、指で思いきり弾いてやった。
痛みよりも、そうされた自分に驚きを隠せないといったように、大地が私を見返した。
「半分しか血が繋がってないとか憎い愛人の子だとか……ひと昔前の昼ドラじゃあるまいし!
そんな些細なこと、男のくせに気にしてんじゃないわよ、みみっちいわね!
面倒みてやるって言ってんだから
『こりゃラッキーたかってやれ~』
くらいの勢いで、甘えていればいいのよ。
解った!?」
私の迫力に気圧されたように、大地は目を見開いたまま言葉を失っていた。
ややして、私から目をそらすと、おおげさに溜息をついてみせた。
「……ずっと、我慢していたけど」
低く抑えた声は、かすれていた。
わずかに怒りのこもった口調で、大地は切りだした。
「記憶が無いだけで、あんたから説教されるほど、馬鹿じゃない。
はっきり口にしなければ解らないなら言うけど……ウザイんだよね、あんた」
吐き捨てるように言って、大地はおもむろに立ち上がった。
心の底から軽蔑しているといった表情で、私を見下ろす。
「あんたは飯だけ用意してくれてれば、いいんだよ。必要以上に、おれに構わないでくれるかな?
オ・バ・サン」
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