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第二章 失われた想い

私たちは『異母姉弟』【1】

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いつまでも休憩室の前にいるわけにもいかず、
(実際、二階の服飾店の従業員に「入らないんですか?」と、突っ込まれてしまった……)
私は休憩室に入って、携帯電話が着信を知らせるのを待った。

そうして、父さんが公衆電話から折り返し連絡をくれたのは、食べ物を受けつけない胃にあきらめをつけて、無理やり流しこんだ缶のポタージュを、半分ほど減らした時だった。

『……どうやらクラスメイトをかばって、学校の階段から落ちたらしいんだ。
医師せんせいの話だと命に別状はないようだが、落ちた時に頭を打ったらしくて……今、検査してもらっているところだ。
それで……ああ、いや……詳しいことは、会ってから話そう。
───とにかく、仕事が終わり次第、お前も病院に来てくれ』


*****


大地が学校から運ばれた病院は、ショッピングセンターから車で一時間ほどかかる場所にあった。

面会時間はとっくに過ぎていたため、裏口から特別にとのことで、応対に出た看護師さんに病室まで案内された。

個室しか空いてなかったと、来る途中で説明を受けていた。

だからそこには、大地しかいないはずで……病室に足を踏み入れるなり、私は大地の名を呼んだ。

「大地、大丈夫っ……!?」

───……父さんが、電話口で言葉をにごした訳は、すぐに解った───。

大地は、呼びかけた私の方を、力のない瞳でボンヤリと振り返った。

一拍おいて、父さんに視線を移す。
言いにくそうに、父さんが口を開いた。

「その……さっき話した、君の、姉さんだ」
「……そうですか。お疲れのところ、わざわざ来ていただいて、すみません」

言って、私を映した大地の瞳には、なんの感情もなかった。
ただ儀礼的に、恐縮したように、頭を下げただけだった。

命に別状はないと、聞いていた。
包帯の巻かれた頭と右手を見る限り、大地のケガの程度は階段から落ちたにしては、軽いものなのかもしれない。

だけど───。

「父さん、いまの、何?」

一瞬、二人が私をだまして芝居でも始めたのかと思った。冗談にしか、思えなかった。

「……ちょっと、いいか?」

ちらりと大地を見やってから、父さんが廊下の方を指した。
私はうなずいて、父さんと病室を出た。

「どうやら大地くんは……いわゆる記憶喪失ってやつに、なってしまったらしいんだ」
「───は? 冗談でしょ? 漫画やドラマじゃあるまいし」

私は鼻で笑ってみせた。
知らない人間を見るような大地の目を、早くなかったことにしたかった。

けれども父さんは、かたい表情のまま、首を振った。

「お前がにわかに信じ難いのは分かるが……事実なんだ。正確には“逆行性全健忘”という状態らしくてな。
大地くんの場合、社会規範や知識レベルは問題ないらしいんだが……何しろ自分に付随する記憶が、そっくり抜け落ちているみたいなんだ。
つまり、事故にう前の一切の出来事を覚えていない状態らしくて……私やお前のことはもちろん、亜由美あゆみさん───大地くんのお母さんのことも、覚えていないようだ」

父さんの説明を聞いてもまだ信じられなくて、私は首を振った。

「そんなこと……本当にあり得るの? 酷いケガを負ってる風にも見えなかったし……昏睡状態に陥って、一時的に記憶が混乱してるって言うならともかく───」
「お前の言いたいことも、気持ちも、よく解るが……」

なだめるように、父さんが私の肩を叩いた。

医師せんせいが言うには、過去の事例からも時間の経過と共に、記憶を取り戻すことが多いそうだから……根気よく、大地くんが記憶を取り戻すのを、待つしかないだろう」
「……待てば、治るわけ?」

雲をつかむような《記憶喪失》なんてものが、放っておいて良くなるとは到底思えなかった。

……まぁ、だからと言って、昔の漫画やドラマみたいに、同様のショックを与えれば元に戻るとも思えないけど。

「それは父さんも心配しているところだが……医師からも、しばらく様子をみて改善の兆候が見られない場合、“催眠療法”という方法も、検討してみたらどうかと言われてな」

私は目をしばたたいた。思わず、声を荒らげる。

「何? その、『検討してみては』なんて、無責任な言い方! 医者が患者に対して言う言葉!?」
「───あー……だからそれは……」

脇を通り過ぎた看護師の耳を気にしてか、父さんがあわてたように私を廊下の端へ追いやった。声をひそめる。

「外科的処置に関しては、すでに終わっていて……記憶障害に関しては、心療内科……だったかな?
専門家に任せるべきだ、ということらしくてな……」

父さん自身も、要領を得ない口調だった。

私だけじゃない……父さんだって、この状況に戸惑っているんだ。
そう思い直し、気持ちを切り替えて父さんを見た。

「……大地がいま、どういう状態なのかは、なんとなく解ってきたわ。それで大地には、私のことを『姉』だって説明したのね?」
「そうだ。
ありのままを説明するには、私達の関係は特殊過ぎると思ってな。
だが、それでも、大地くんの記憶の回復を考えれば、多少は真実を混ぜた方がいいと思って……。
それで、大地くんがうちに初めてやって来た時の状況───つまり、お前と彼は、異母姉弟だということにしてある」
「……大地が、ウチに来ざるを得なかったって、いまの大地に思わせるためね?」

「ああ。
……記憶を無くして不安を感じているだろう彼に、他人に囲まれて生活をさせるのは、酷だろう。
例え記憶がなくても……いや、ないからこそ、血縁関係にある者に対してなら、心を開きやすくなるんじゃないかと思ってな。
だから、お前には悪いが───」
「解ってる。大地の記憶が戻るまで『血の繋がった姉』を演じるわ。
……難しくはないわよ、半年くらい前までは、本当にそうだと思っていたんだから」

心配そうにこちらを見た父さんに対し、自分に言い聞かせるように、うなずいてみせた。


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