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第一章 もう一人の存在
何度でも、飽きるほど聞かせて【1】
しおりを挟むバレンタインが過ぎると、ホワイトデーがやってくる。
洋菓子店にとって冬場は、イベントにかこつけての稼ぎ時だ。
「舞さん。この、リボンくるくる~ってするの、どうやるんですか?」
「ああ、これね。
……ハサミを使って、こうやって……しごいてやるの」
バレンタインは、主にチョコレートだけを延々包装していれば良いだけなので、比較的ラッピングに関しては、楽ができるのだけど。
ホワイトデーは極端な話をすると、バームクーヘン一個を包装してくれ、なんて時もあり……ラッピングは嫌いじゃないけど、手をかけた割りには、売上につながらないのだ。
「なんか、あんまり可愛くクルクルしてくれないですよ……?」
多香ちゃんの情けない声に、私はちょっと笑った。
多香ちゃんが奮闘中のギフトボックスに手を伸ばす。
「ここ。リボンの結び目に近いところからハサミを使うと、いいよ」
「───……ホントだ! 可愛くなった~……って、あれ?」
小柄な多香ちゃんは、バンザイでもするように背伸びをして、ようやく陳列棚の中段に手が届く。
視線の先に何を見つけたのか、そのままの姿勢でかかとを下ろした。
「あそこにいるの……舞さんのカレシくん、ですよね?」
多香ちゃんの言葉に、私は顔を上げた。
ショッピングセンター内で買った、ファストフードなどを食べるのに適したテーブルセットが十数組み置かれている、センターコートと呼ばれる場所。
うちの店からだと、シュークリーム売り場から見渡すことができるけど、ホワイトデーを前にした今は、その半分のスペースに特設コーナーが設置されていた。
そこに、確かに大地がいた。
……隣には遠目でも分かるくらいの、『可愛らしいアピール』メイクをした、いかにもイマドキの女子高生がいた。
丈の短いスカートから伸びた足は、すらりと細い。
パンツ、見えたりしないんだろーか、なんて。妙な心配をしてしまう。
……とか思ってる時点で、私ってば、オバサン化してきてるのかな。
なんか物悲しくなってきた……。
「……舞さん?」
多香ちゃんに心配そうに見上げられ、我に返る。
……いかん、仕事中だった。
空のギフトボックスに手を伸ばし、焼き菓子を詰め込む作業を再開した。
「───あんなの、気にしちゃダメですよ」
ひょい、と、横から多香ちゃんが、ギフトボックスを取りあげる。
怒ったような口調で、多香ちゃんが続けた。
「舞さんの方が、ずっとずっと可愛くて、肌だってキレイだし、優しいし、気配り上手だし。
それに第一、カレシくん、ストーカーかってくらい舞さんに夢中ですもんね! あんな子、相手になんかしませんよ」
唇をとがらせて言う多香ちゃんは、思わずギュッと抱きしめたい衝動にかられるほど、可愛いらしい。
大きな瞳と長いまつ毛は、アイメイクに頼らずとも、くっきりとした顔立ちを形づくっていた。
私を励ますための方便だと解っていても、そんな風に言われると、うっかり本気でギュッとしてしまいそうになる。
「私、いま……多香ちゃんのこと、抱きしめてもいいかなぁ?」
「もちろんですよ。どーんと、やっちゃってください!」
ノリの良い返しもしてくれる多香ちゃんが、私は大好きだ。思わず、噴きだしてしまった。
「……って、言いたいとこですけど。カレシくんが来たので、また今度ってことで。それとも、見せつけちゃいましょうか、私たちの仲」
いたずらっぽく笑って、多香ちゃんが指差す方向から、確かに大地がやって来た。
……違和感なく、女子高生を連れて。
*****
クリームを詰めたばかりのシューを、ひとくちかじり、その子は大げさに驚いてみせた。
「……やだぁ。進藤くんって、そういう冗談も、言うんだ?」
大地と共にやってきた女の子は大地のクラスメイトだと名乗った。
(悪いけど名前を覚える気はなかったので、適当に聞き流した)
私を紹介した大地に、くすくすと笑ってみせる。
「だって……どうみても、二十代後半だよね? そんな年上のヒトが、高校生なんか、相手にしなくない?
進藤くん。断るなら、もっとマシな嘘、考えたら?」
多香ちゃんは、ケーキ売り場で接客中だった。
正直これ以上、店先で長居をされるのは迷惑だ。
シューポンプを片付けながら、こっそり溜息をついた。
「───ごめんね、まいさん」
心底申し訳なさそうな謝罪の声が、一瞬、別の意味に聞こえ、ドキッとして大地を見返した。
「帰り、待ってるから。
……仕事中に邪魔して、ホントにごめん」
真っすぐに向けられた瞳が、後悔の色に、揺れる。
自分の存在が無視されていると感じたのか、大地のクラスメイトだという彼女が、不愉快そうに大地を見上げた。
「進藤くん。いいかげんに───」
「いいかげんにして欲しいのは、君の方だよ。
僕は君に、なんの興味もないんだ。だけど、君がそれで納得するって言うから、ここに連れてきた。
信じようが信じまいが勝手だけど、僕の心の大半を占めているのは、ここにいる、まいさんなんだ。
君が入り込む余地なんて、ない」
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