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後日談『それから……』

独り占めさせて?【2】

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「勘違いなわけ、ないじゃない。……私の全部で、あんたの望みに応えるって、言ったんだから」

涙声になった私に、大地は目を見開いた。
ごめんね、と言う大地の透明な声が頬に触れ、次いで唇が触れた。

「───きちんと言葉にしないでいたのは、僕のほうなのに。意地悪な訊き方、しちゃったね」

大地は私の左手をとり、私をじっと見つめた。
痛いほど真っすぐな瞳の奥に、強い意志が宿っていて、私の不安定な心を捕えた。

「僕は、まいさんと、これからもずっと、一緒にいたいって、考えてる。
まいさんは、僕にとってお姉さん的存在だったり、母親のような存在だったりするけど……でも、やっぱり一人の女性として、可愛いし、魅力的だから───」

手に取った私の左手を、大地の親指が優しくなでた。
そのまま、指先だけつなぐと、私の左手を自らの口元に引き寄せ、唇を押しあてた。

「他の、誰にも渡したくない。僕だけのものに、なってくれる?」

ささやく声が、甘くて、愛おしい。
吐息が指先に触れて、くすぐったいのに、ずっと感じさせて欲しいと、願ってしまう。

「僕と、結婚して?」

優しい眼差しが、問いかけてくる。

答えは決まっていて、言葉にしなくてはいけないと、解っているのに。
……想いが募って、声にならない。

───私がずっと、欲しかったものが、手を伸ばせば、そこにはあって。

私は、大地が私に寄せてくれたすべての想いに、自分の感情が同調しているのに、初めて気づいた。

……だからこんなに、大地が愛おしいんだと解って……言葉より先に、涙があふれてしまった。

「……ダメだな、私」
「まいさん……?」

大地が困惑して、何かを言いかける。
私は背伸びをして、大地の唇を、唇でふさいだ。

もうこれ以上、大地にばかり、語らせるわけにはいかなかった。

「……一生、離さないで。私を、大地だけのものにして。
それが結婚っていう形をとるなら、私は、大地と結婚するわ」

大地は私の言葉に、目を閉じて、ゆっくりと息を吸いこんだ。ふうっと、短く息を吐く。

「……なんだか、夢みたいだ。まいさんからそんな風に、言ってもらえるなんて」

大地はふふっと笑った。
目を開けて、いたずらっぽく私の瞳をのぞきこむ。

「ねぇ、夢じゃない証拠に……まずは、これから一晩中、まいさんを僕に、独り占めさせて?」

艶めいたささやきに応えて、私は大地の首の後ろに腕をまわした。瞬間、盛大な咳払いが聞こえた。

……ヤバイ。
ここ、父さんの部屋だった……。

「───あ、お父さん。目を覚まされたんですね。僕、お水持ってきますね」

何事もなかったかのように父さんを振り返り、大地は部屋を出て行った。
続きはあとでね、と、私の耳にささやくのを忘れずに。

「………………大地くんは、お前を相手にすると、いつも、あんな感じか?」

父さんと二人きりにされ、気まずい思いでいると、父さんの方から声をかけてきた。

私は答えに詰まった。
父さんが、かなりショックを受けているみたいで。

父さんにとって大地は、さわやかな好青年でしかなかったのだろう。
そう思うと、急に父さんが気の毒になってしまった。

「うん、そうだけど……。
でもね、父さんに見せている顔だって、まぎれもなく大地なんだよ? 別に大地は、父さんをだましていたわけじゃないからね?」
「あぁ、いや、そういう意味で訊いたわけではないんだ。なんというか……」

ベッド脇に足を下ろし、父さんは息をついた。横顔に、苦笑いが浮かぶ。

「お前には、ああいう風に甘えているんだと知って、ホッとしたというか。
大地くんは、人に気を遣い過ぎるきらいがあるだろう? それは、彼の長所でもあると思うが……本人が息苦しくならないか、心配だったんだ。
それで酒をすすめてみたりして、本音を引きだそうとしたんだが……父さんの方が、先に酔いつぶれてしまったようだな。失敗した」

がっくりと肩を落とす父さんに、思わず噴きだしてしまう。

「……何それ。父さん、情けないわね」
「───舞美」

ふいに父さんが、真面目な顔を私に向けた。
真剣な眼差しに、笑うのをやめて父さんを見返した。

「大地くんを、幸せにしてやりなさい。それは、お前にしかできない……お前だからこそ、できるはずのことだから」

私は大きくうなずきかけて、ふと浮かんだ疑問に、眉を寄せた。

「ちょっと待って。おかしくない? 普通そういう場合、
『大地くんに幸せにしてもらいなさい』
って、言うところじゃないの?」

私の問いかけに、今度は父さんが声にだして笑った。
そこへ、大地が恐縮したように、部屋に入ってきた。父さんに、グラスを差し出す。

「すみません。先に、片付けを済ませてしまったので……お水、遅くなりました」
「……いや。大地くん、ありがとう。
───二人とも、私のことは、気にしなくていいからな」

言外に、大地と二人きりになるのをうながされたようで、一瞬で身体中に火がついたように恥ずかしくなったのだけど。
隣にいた大地は、まったく意に介さずに、にっこり笑ってうなずいてみせた。

「では、お言葉に甘えて失礼します。お休みなさい、お父さん」
「お休み、大地くん。……あぁ、舞美。さっきの答えだがな」

恥ずかしさのあまり、そそくさと部屋を出て行きかけた私を、父さんが呼び止めた。

「お前はもう、十分に幸せだろう?」

続く言葉は、なかった。けれども私は、父さんの言いたいことに気づいた。

───大地が、いる。
それだけで、私はもう、満たされてしまっているのだから……。




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