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第三章 所有の証の片耳ピアス
それが、私にとっての好きってことだから。【2】
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*****
うとうとと、眠りにつき始めた時だった。
部屋の扉が、カチャリとひそやかな音を立てた。
するりと忍びこんできた人影に、思わず声をあげかけ、とどめた。
いたずらっぽく笑って、大地は唇に人差し指を立ててみせた。
「───っ……あんた、何!?」
声を押し殺して問う。
悪びれもせず、大地はベッドに潜りこんできた。
「何って……夜這い?」
「そんなん分かってるわよっ……。
じゃなくて、父さんがいるのに、何考えているのかってコトよ!」
あまりの軽率さに、自然と語気が荒くなる。
そんな私の口元を片手で覆って、大地はもう一度、自らの唇に指を立てた。
「だから、お静かに。
念のため、部屋に鍵をかけておいたけど、あんまり大きな声であえがないでね、お姉さん」
「───もうっ」
あきれ果てて、言葉がでてこない。ムッとして、大地に背を向けた。
そこへ、大地の恨みがましい声がかかる。
「もっと甘えていいって言ったのは、まいさんなのに……」
「そういう意味じゃないわよ。……解ってるくせに」
「解らないよ。僕、まだコドモだし……」
吐息が耳元をくすぐる。後ろから抱きつかれ、胸をさわられた。
甘えるように、大地が私の髪に顔を寄せてきた。
「───まいさん……?」
なんの反応も示さないでいると、大地がとまどったように呼びかけてきた。
それが確かな証に、大地はそれ以上、行為を押し進めようとはしなかった。
「そういう気分じゃないなら何もしないけど、でも、一緒に寝るくらいは、いいでしょう?
お父さんが起きる前には、自分の部屋に戻るし。
……それでも……ダメ……?」
窺ってくる声が、あまりにも寂しげで……ついには、大地の要求におれてしまった。
「……少しの間だけだからね?」
「やった!」
寝返りをうって言うと、大地は顔を輝かせた。ギュッと私に、しがみついてくる。
「だから僕、まいさん好きー」
「ハイハイ」
私よりデカイ図体をして、小さな子供みたいに無邪気に喜ぶ大地の頭を、なだめるようにポンポンと叩く。
ふと、大地と彼の母親を思った。
こういう風に甘えてくるところをみると、大地は幼い頃、母親から充分に、抱きしめられた経験がないのかもしれない。
大地の話してくれた昔話。
そこから伝わってきたのは、大地を『男』としてしかみていなかった母親という名の『女』でしかなくて。
あるはずの母性が、感じられなかった気がするからだ。
「───前にも、こうして抱きしめてもらったよね?
あの時も思ったことだけど……僕、まいさんのなかに『母親』をみているのかもしれない。
……エディプス・コンプレックスに近い感覚っていうのかな」
「え? エディ……なに?」
「エディプス・コンプレックス───息子が母親に対して性愛を抱くあまりに、父親を憎んでしまうことを心理学者のフロイトが表した言葉。
まぁ、僕の場合は憎むべき対象はいないから、厳密にいえば違うんだろうけど。
そういう……近親姦的な欲望を抱いてしまうってところが、なんだか符合してるなと思って」
顔を上げて、大地は私を見た。
少し自嘲的で、それでいて、うっとりと幸せをかみしめるような微笑みで。
「ねぇ、それって、姉弟間の情交より、ずっと罪深い感じがするね……」
「そう? どっちも、罪かどうかっていえば、たいていの宗教では罪でしょ」
「うーん……。
肉体的には姉弟姦で、精神的には母子姦っていうのは、より重い気がする」
身を起こして、大地は頬づえをつく。ちらりと私を見た。
「ねぇ、それでも、いい? 僕がまいさんを、好きでいても。
僕を……受け入れてくれる?」
「───あんた、やってることと言ってることの、順序が逆よ」
おおげさに溜息をついてやる。うつ伏せになって、両ひじをついた。
「いまさら、なに言ってんの? アイスキャンディはもういらないって、大地が言ったんだからね。責任とりなさいよね」
私の言葉に、大地はふふっと笑った。
「うん。そうだよね?
……僕、今まであの人とセックスして良かったって思ったことなかったけど……。
あの経験があったから、まいさんのことを悦ばせることができるんだって、思うんだ。
いろいろ……教わったから」
含みをもたせた言い方に、胸をつかれる。歳に見合わない成熟さの裏側が透けてみえ、悲しくなった。
そんな想いを隠すために、努めて明るく言った。
「そっか。大地はホント、いろんなこと頑張ったんだね」
指を伸ばして、大地の髪を手ぐしで梳いてやる。ちょっと笑って、大地が私を見た。
「でも、もういいんだ。まいさんが、いてくれるなら」
身体が引き寄せられる。
「他には、何もいらない……」
吐息のようにささやいた唇が、情熱的に深く求めるように、くちづけてくる。
たやすくくずされた理性に、息を乱して、大地の両頬を抱えこみ、強く求め返す。
「……私も、大地だけで、いい……」
うとうとと、眠りにつき始めた時だった。
部屋の扉が、カチャリとひそやかな音を立てた。
するりと忍びこんできた人影に、思わず声をあげかけ、とどめた。
いたずらっぽく笑って、大地は唇に人差し指を立ててみせた。
「───っ……あんた、何!?」
声を押し殺して問う。
悪びれもせず、大地はベッドに潜りこんできた。
「何って……夜這い?」
「そんなん分かってるわよっ……。
じゃなくて、父さんがいるのに、何考えているのかってコトよ!」
あまりの軽率さに、自然と語気が荒くなる。
そんな私の口元を片手で覆って、大地はもう一度、自らの唇に指を立てた。
「だから、お静かに。
念のため、部屋に鍵をかけておいたけど、あんまり大きな声であえがないでね、お姉さん」
「───もうっ」
あきれ果てて、言葉がでてこない。ムッとして、大地に背を向けた。
そこへ、大地の恨みがましい声がかかる。
「もっと甘えていいって言ったのは、まいさんなのに……」
「そういう意味じゃないわよ。……解ってるくせに」
「解らないよ。僕、まだコドモだし……」
吐息が耳元をくすぐる。後ろから抱きつかれ、胸をさわられた。
甘えるように、大地が私の髪に顔を寄せてきた。
「───まいさん……?」
なんの反応も示さないでいると、大地がとまどったように呼びかけてきた。
それが確かな証に、大地はそれ以上、行為を押し進めようとはしなかった。
「そういう気分じゃないなら何もしないけど、でも、一緒に寝るくらいは、いいでしょう?
お父さんが起きる前には、自分の部屋に戻るし。
……それでも……ダメ……?」
窺ってくる声が、あまりにも寂しげで……ついには、大地の要求におれてしまった。
「……少しの間だけだからね?」
「やった!」
寝返りをうって言うと、大地は顔を輝かせた。ギュッと私に、しがみついてくる。
「だから僕、まいさん好きー」
「ハイハイ」
私よりデカイ図体をして、小さな子供みたいに無邪気に喜ぶ大地の頭を、なだめるようにポンポンと叩く。
ふと、大地と彼の母親を思った。
こういう風に甘えてくるところをみると、大地は幼い頃、母親から充分に、抱きしめられた経験がないのかもしれない。
大地の話してくれた昔話。
そこから伝わってきたのは、大地を『男』としてしかみていなかった母親という名の『女』でしかなくて。
あるはずの母性が、感じられなかった気がするからだ。
「───前にも、こうして抱きしめてもらったよね?
あの時も思ったことだけど……僕、まいさんのなかに『母親』をみているのかもしれない。
……エディプス・コンプレックスに近い感覚っていうのかな」
「え? エディ……なに?」
「エディプス・コンプレックス───息子が母親に対して性愛を抱くあまりに、父親を憎んでしまうことを心理学者のフロイトが表した言葉。
まぁ、僕の場合は憎むべき対象はいないから、厳密にいえば違うんだろうけど。
そういう……近親姦的な欲望を抱いてしまうってところが、なんだか符合してるなと思って」
顔を上げて、大地は私を見た。
少し自嘲的で、それでいて、うっとりと幸せをかみしめるような微笑みで。
「ねぇ、それって、姉弟間の情交より、ずっと罪深い感じがするね……」
「そう? どっちも、罪かどうかっていえば、たいていの宗教では罪でしょ」
「うーん……。
肉体的には姉弟姦で、精神的には母子姦っていうのは、より重い気がする」
身を起こして、大地は頬づえをつく。ちらりと私を見た。
「ねぇ、それでも、いい? 僕がまいさんを、好きでいても。
僕を……受け入れてくれる?」
「───あんた、やってることと言ってることの、順序が逆よ」
おおげさに溜息をついてやる。うつ伏せになって、両ひじをついた。
「いまさら、なに言ってんの? アイスキャンディはもういらないって、大地が言ったんだからね。責任とりなさいよね」
私の言葉に、大地はふふっと笑った。
「うん。そうだよね?
……僕、今まであの人とセックスして良かったって思ったことなかったけど……。
あの経験があったから、まいさんのことを悦ばせることができるんだって、思うんだ。
いろいろ……教わったから」
含みをもたせた言い方に、胸をつかれる。歳に見合わない成熟さの裏側が透けてみえ、悲しくなった。
そんな想いを隠すために、努めて明るく言った。
「そっか。大地はホント、いろんなこと頑張ったんだね」
指を伸ばして、大地の髪を手ぐしで梳いてやる。ちょっと笑って、大地が私を見た。
「でも、もういいんだ。まいさんが、いてくれるなら」
身体が引き寄せられる。
「他には、何もいらない……」
吐息のようにささやいた唇が、情熱的に深く求めるように、くちづけてくる。
たやすくくずされた理性に、息を乱して、大地の両頬を抱えこみ、強く求め返す。
「……私も、大地だけで、いい……」
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