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第三章 所有の証の片耳ピアス

それが、私にとっての好きってことだから。【1】

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手にしたグラスを落としそうになって、震えている自分に気がついた。
胃のあたりをさすって、どうにか平常心を保とうと、必死になった。

……でも、ダメだった。震えが止まらない。だって、そんな……!

大地は、動揺を隠しきれない私を見て、哀しそうに笑った。

「ごめんね。嫌な話、して。
どう話したらいいのか解らなくて黙ってたけど……あのまま、黙っていれば良かったのかな……」

私は自分を落ち着かせるように、深呼吸した。首を振って、大地をうながす。

いたのは、私よ。……続けて」

グラスをトレイに戻し、大地に向き直った。

しばらくの間、大地は私を見つめ返していた。ふいに、根負けしたように、目を伏せて話しだした。

「……あの人は、僕をそういう対象として扱うようになってから、僕と積極的に出歩いて……恋人のように、振る舞っていたんだ。
それをクラスメイトに見られたりして……ママ活してるって、勘違いされたんだと思う。

でも……スマホ持たされたり、欲しい物買ってあげるって言われたり……。
あの人がしてくれたことって、僕とあの人に血の繋がりがなければ、そういうことだったのかもしれないけど。

『自分の母親と同じくらいの歳の女と付き合うなんて、お前、気持ち悪いよ』
って、面と向かって言われたりもしたよ。

……やっぱり、まいさんも……気持ち悪いって、思うよね?」

私は目をつむった。
ふたたび深呼吸して、両手を握りしめた。

「否定は、しないけど。
でも、私が気になるのは、あんたが……大地自身が、お母さんと関係をもつことを、本当に望んでいたのかって、ことよ」
「うん。望んでいたよ。僕はあの人に、喜んで欲しかった」

微塵みじんのためらいもない大地の答えに、胸がしめつけられる。
泣きだしそうになるのを懸命にこらえながら、口を開いた。

「それしか、もう……あんたには、残されてなかったんじゃないっ……!」
「まいさん……!?」

大地が、ベッドから私の方に、身をのりだしかける。
けれども、躊躇ちゅうちょしたように、姿勢を元に戻した。

「たくさん……いろんなことを頑張って……なのに、あんたのお母さんが、あんたに望んだのは、そんなこと、なの? どうして……」
「───独りではいられない、寂しい人だったんだよ。男がいないと、駄目な人。
若い頃は、それでも自分の望むひとが、寄ってきたんだと思う。でも、年齢としを重ねれば、それもだんだん難しくなって。
……僕の存在に気づいたんだろうね。自分の言いなりになる、子供オトコに」
「何よ、それ! 意味解んないっ……」

吐き捨てるように言うと、大地はさもおかしそうに噴きだした。

「……だよね? まいさんとは、正反対の人だったから。
まいさんは、たとえ自分が寂しくても、誰かを利用してまで自分を満たそうだなんて、思わないだろうけど。
あの人は、自分が寂しかったら、どうしようもなくて、自分を抑えることができない人だったんだ。
───そういうひと、だったんだ……」

大地は自分の左耳に手をやった。指先で、ピアスに触れる。

「もうっ! バカじゃないのっ、あんたっ!」

たまらなくなって、勢いよく立ち上がってしまう。キッと大地をにらみつけた。

「えっ? なに、まいさん───」

ぎょっとして私を見上げる大地の頭を、力いっぱい抱きしめる。
腕のなかで、びくりと大地が震えた。

「私ずっと……前から言おうと思ってたんだけど。あんたって、甘えたのわりに、人に気ぃ遣いすぎなのよ。

お母さんとのことだって、あんたがどうしても、お母さんとセックスしたくてしたのなら、この際、別に、どーでもいいんだけど。
そうじゃなくて……それしか方法がなかったっていうなら、そんな物分かりよくなくたって、いいじゃない。

あんたの大事なお母さんを悪く言ってなんだけど、こんな時くらい、
『あの節操無し女め!』
とか言っても、バチ当たらないでしょ。
ってか、私は言うわよ? 自分で自分に突っ込むもん!」

大地が失笑を漏らした。

「……まいさんらしいね」
「笑いごとじゃなくて。大地は、まだ未成年でしょ? コドモよ、コドモ。
周りの大人に、もっと甘えていいんだから。少なくともね───」

腕を広げて、大地の瞳をのぞきこむ。

「私や父さんは、あんたが私達に『何か』してくれなくたって、ちょっとくらいの甘えなら、許容できるわよ? そのくらいの度量は、二人ともあるんだから。
もちろん、あんたが自発的に何かしてくれたなら、それはそれで嬉しいし、喜ぶけど」

私の言葉をかみしめるように、大地は小刻みにうなずいてみせた。

「うん……わかった……」
「分かったなら、いいわよ。
じゃあ、もう夜も遅いし、早くお風呂に入って寝なさいね?」

大地から空のグラスを受け取って、部屋をあとにしようとした。

「───あのさ、まいさん」
「なに?」

呼びかけに振り返ると、大地のすがるような眼差しとぶつかった。

「あの……僕のこと、嫌いになった? 自分の母親としてただなんて……気持ち悪いって、思ったんでしょ?」
「あー……」

空いた一方の手で、額を押さえてうなった。

「……それ言ったら、自分棚上げすることになるじゃん、私。
私が気持ち悪いって感じたのは……その……あんたのお母さんが、あんたを虐待してたって、トコロ」
「───じゃあ、僕のこと、嫌いになったりしてない?」

もう一度、同じ質問が繰り返される。
乱暴に片手を振って、大地を軽くにらみつけてやった。

「してないから、早く寝なっ。女々しい男は、嫌いになるよっ?」
「……はーい」

大地は肩をすくめ、それから、いつものように、ふふっと笑った。



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