上 下
14 / 73
第三章 所有の証の片耳ピアス

求めても得られなかった『愛情』【1】

しおりを挟む


「───じゃ、またあとでね、まいさん」

ウチの店自慢の“焼きたてシュークリーム”を一個買って、多香ちゃんいわく、「さわやかな風」を残し、大地は店を立ち去った。

ややして、ジャージ姿の女の子二人組がやって来た。

いつも片方の子が、シュークリームを一個だけ買って行くので、いかにも部活動帰りというスタイルと共に、印象に残る子達だった。

「シュークリーム1コください」

抑揚なく、いつものように女の子が言った。

予想通りの注文に受け答えを返して、ビニール手袋をはめ、アルコール除菌を行う。
シューポンプと呼ばれるカスタードクリームの入った装置を冷蔵庫から出し、作業台に載せた。

「あのー……」

シューポンプのノズルにシュー皮(店ではパフと言っている)を刺しこみ、クリームの注入を始めようと、ポンプのハンドルに手をかけた時だった。

「はい?」

作業中も会計時も、その子から声をかけられたことは、一度もない。
びっくりして手を止め、女の子の顔を見返す。

すると、毎度付き添いに甘んじているもう一人の子が、ニヤニヤしながら肩で女の子を軽く小突いた。
言っちゃいなよー、との声が、小さく聞こえた。

「……さっきの高校生と、付き合ってたりとか、するんですか?」
「え?」
「親しそうだったから」
「あー……えーと……」

返答に困っていると、二人は顔を見合わせた。“シュークリーム1コ”の子が、薄ら笑いを浮かべた。

「やめた方がいいですよー? 良くない噂、聞くし……」
「良くない噂って……?」
「ママ活してるとか~、そーゆーの!」

付き添いの子が、噂話って楽しい! といわんばかりに、節をつけてクスクス笑う。

───ママ活……いわゆる援助交際、か……。

大地には悪いけど、確かにやってそうだと思ってしまった。

初めて身体を重ねた時に感じた、手慣れたしぐさ。

余裕すら窺える、歳に見合わないベッドテクニック───『大人の女』と付き合っていれば、嫌でも上達するだろうし……求められるだろうから。

そう思って納得し、作業を再開した。

黙っている私の態度に、ショックを受けていると思ったらしい。シュークリームを注文した子が、ボソボソと申し訳なさそうに言った。

「あのぉ、あたし別に、意地悪で言ったんじゃなくて……。オネーサン、いつも1コしか買わないあたしに、丁寧にやってくれるじゃないですか。
それで、あたし……オネーサン良い人そうだから、だまされてたらかわいそう、とか思って……」
「親切で言ってあげてるんだよねー? みついだあげく捨てられたら、お気の毒ぅっていうか~」

付き添いの子の目に「オバサンのくせに、高校生なんか相手にしちゃって」という侮蔑ぶべつが、見え隠れしている。

───そんなコト、アンタに言われなくたって、重々自覚してるわよっ! と、内心どついておく。

でもホント、心の中だけの話で、おくびにもださずに、満面の笑みを彼女達に向けた。

「わざわざ教えてくれて、ありがとう。
───それでは、※※※円頂戴いたします」


*****


帰りの車中、冷やかしまじりに大地に言ってやった。

「今日あんたの『ファン』に、あんたと付き合うの、やめた方がいいって言われたよー?」

噂の真偽はともかく、彼女らが大地に好意を寄せているのは、なんとなく解っていた。
忠告するという行為は、牽制けんせい的なものを感じるからだ。

「え?」
「ママ活してるって、噂らしいよ?
なぁに? 寄ってくる同世代の子に、きつくあたったりでもしたの? そんな変な噂、流されるくらい」

脇道に入ろうとしている前の車の右折待ちになったので、ちらりと助手席の大地を見やった。

大地はこわばった顔で私を見返していた。ふいっ……と、視線をそらす。

「……ちょっと。噂じゃなくて、事実だったりするの?」

予想外の反応に、苦笑する。

私にとっては事実であろうがなかろうが、どちらでもいいことだった。

ところが大地は私のからかいに何も返さず、固い表情のままフロントガラスの向こうを見据えていた。

思わず、大地をのぞきこむ。

「大地? どうしたの───」

クラクションが鳴らされた。あわてて前方に向き直り、ブレーキペダルからアクセルペダルへと右足を踏みかえた。

大地は黙ったままで……あまりにも意外すぎる大地の沈黙に、落ち着かない気分で車を走らせた。

……もう、どうしたっていうのよ……?


*****


家に帰ると、父さんはコンビニで買ってきたらしい弁当を広げていた。私達の姿を見て、ちょっと笑う。

「早かったな。レイトショー観てくるんじゃなかったのか?」
「え? あぁ、……食事だけにしたんだよね、大地?」
「……うん」

小さく大地がうなずく。

本当は、映画というのは口実だった。
大地から少しでも長く二人だけで過ごしたいって言われてて、ドライブに行くつもりでいた。

だけど、押し黙っている大地との車中の空気にいたたまれなくなった私は、いつもの帰宅ルートかられずに、車を走行させたのだった。

「すみません。僕、お先に休ませてもらいます。……お休みなさい」

ペコリと頭を下げて、大地は自分の部屋に行ってしまった。

「……なんだ? 大地くん、具合いでも悪いのか? 顔色良くなかったぞ」

声を落として尋ねてくる父さんに、あいまいに笑い返す。

朝に作り置いた味噌汁を冷蔵庫から取り出し、温め直してテーブルの上におわんを置いた。

「私、あとで様子を見てくるよ。父さんは、心配しないで。
ほら、コンビニ弁当だけじゃ、ダメだよ」
「……すまんな。なんだか、お前に大地くんの世話を、任せっきりのようで……」

箸を止めて申し訳なさそうに私を見る父さんに、いたずらっぽく笑い返す。

「実は、陰でイジメていたりしてねー」
「そうなのか!?」
「……なワケないじゃん。ちゃんと仲良くしているよ。あの子、素直だし」

仲良すぎて、父さんに言えないような『秘密』を抱えるほどにね。……と、自身で突っ込んでおく。

「それより、ずっと気になってたんだけど。
父さん、大地に対して、他人行儀すぎやしない? だいたい、自分の息子を呼ぶのに『大地くん』て何よ。『くん』て」
「あー……」

参ったといわんばかりに、頭をかく。ふうっ……と溜息をついて、父さんが言った。

「その……実は父さんも、どう接していいのか、分からないんだよ。男同士のせいか、妙な遠慮があってな。
大地くんの方も、そうじゃないか?」
「───確かにね」

私には、踏みこみ過ぎるくらいに、踏みこんできているのに。
父さんには、必要以上に関わらないよう、意識して距離を置いている風にも見える。

「ひとっ風呂浴びたら、大地にいろいろ訊いてみるよ、私」

ダイニングテーブルから伸びをしながら離れる私を見て、父さんが苦笑した。

「舞美。さっきのは訂正だ。大地くんは、お前と違って繊細そうで、うかつに対応できないからだと思うんだ」

ぴくぴくと頬がひきつった───ガサツで悪かったわねっ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】イケメン外国人と親交を深めたつもりが、イケメン異星人と恋人契約交わしてました!

一茅苑呼
恋愛
【年上アラフォー女子✕年下イケメン外国人(?)のSFちっく☆ラブコメディ】 ❖柴崎(しばさき) 秋良(あきら) 39歳 偏見をもたない大ざっぱな性格。時に毒舌(年相応) 物事を冷めた目で見ていて、なぜか昔から外国人に好かれる。 ❖クライシチャクリ・ダーオルング 31歳 愛称ライ。素直で裏表がなく、明るい性格。 日本のアニメと少年漫画をこよなく愛するイケメン外国人。……かと思いきや。 いえ、彼は『グレイな隣人』で、のちに『グレイな恋人』になるのです(笑) ※他サイトでも掲載してます。 ❖❖❖表紙絵はAIイラストです❖❖❖

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...