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第三章 所有の証の片耳ピアス
求めても得られなかった『愛情』【1】
しおりを挟む「───じゃ、またあとでね、まいさん」
ウチの店自慢の“焼きたてシュークリーム”を一個買って、多香ちゃんいわく、「さわやかな風」を残し、大地は店を立ち去った。
ややして、ジャージ姿の女の子二人組がやって来た。
いつも片方の子が、シュークリームを一個だけ買って行くので、いかにも部活動帰りというスタイルと共に、印象に残る子達だった。
「シュークリーム1コください」
抑揚なく、いつものように女の子が言った。
予想通りの注文に受け答えを返して、ビニール手袋をはめ、アルコール除菌を行う。
シューポンプと呼ばれるカスタードクリームの入った装置を冷蔵庫から出し、作業台に載せた。
「あのー……」
シューポンプのノズルにシュー皮(店ではパフと言っている)を刺しこみ、クリームの注入を始めようと、ポンプのハンドルに手をかけた時だった。
「はい?」
作業中も会計時も、その子から声をかけられたことは、一度もない。
びっくりして手を止め、女の子の顔を見返す。
すると、毎度付き添いに甘んじているもう一人の子が、ニヤニヤしながら肩で女の子を軽く小突いた。
言っちゃいなよー、との声が、小さく聞こえた。
「……さっきの高校生と、付き合ってたりとか、するんですか?」
「え?」
「親しそうだったから」
「あー……えーと……」
返答に困っていると、二人は顔を見合わせた。“シュークリーム1コ”の子が、薄ら笑いを浮かべた。
「やめた方がいいですよー? 良くない噂、聞くし……」
「良くない噂って……?」
「ママ活してるとか~、そーゆーの!」
付き添いの子が、噂話って楽しい! といわんばかりに、節をつけてクスクス笑う。
───ママ活……いわゆる援助交際、か……。
大地には悪いけど、確かにやってそうだと思ってしまった。
初めて身体を重ねた時に感じた、手慣れたしぐさ。
余裕すら窺える、歳に見合わないベッドテクニック───『大人の女』と付き合っていれば、嫌でも上達するだろうし……求められるだろうから。
そう思って納得し、作業を再開した。
黙っている私の態度に、ショックを受けていると思ったらしい。シュークリームを注文した子が、ボソボソと申し訳なさそうに言った。
「あのぉ、あたし別に、意地悪で言ったんじゃなくて……。オネーサン、いつも1コしか買わないあたしに、丁寧にやってくれるじゃないですか。
それで、あたし……オネーサン良い人そうだから、だまされてたらかわいそう、とか思って……」
「親切で言ってあげてるんだよねー? みついだあげく捨てられたら、お気の毒ぅっていうか~」
付き添いの子の目に「オバサンのくせに、高校生なんか相手にしちゃって」という侮蔑が、見え隠れしている。
───そんなコト、アンタに言われなくたって、重々自覚してるわよっ! と、内心どついておく。
でもホント、心の中だけの話で、おくびにもださずに、満面の笑みを彼女達に向けた。
「わざわざ教えてくれて、ありがとう。
───それでは、※※※円頂戴いたします」
*****
帰りの車中、冷やかしまじりに大地に言ってやった。
「今日あんたの『ファン』に、あんたと付き合うの、やめた方がいいって言われたよー?」
噂の真偽はともかく、彼女らが大地に好意を寄せているのは、なんとなく解っていた。
忠告するという行為は、牽制的なものを感じるからだ。
「え?」
「ママ活してるって、噂らしいよ?
なぁに? 寄ってくる同世代の子に、きつくあたったりでもしたの? そんな変な噂、流されるくらい」
脇道に入ろうとしている前の車の右折待ちになったので、ちらりと助手席の大地を見やった。
大地はこわばった顔で私を見返していた。ふいっ……と、視線をそらす。
「……ちょっと。噂じゃなくて、事実だったりするの?」
予想外の反応に、苦笑する。
私にとっては事実であろうがなかろうが、どちらでもいいことだった。
ところが大地は私のからかいに何も返さず、固い表情のままフロントガラスの向こうを見据えていた。
思わず、大地をのぞきこむ。
「大地? どうしたの───」
クラクションが鳴らされた。あわてて前方に向き直り、ブレーキペダルからアクセルペダルへと右足を踏みかえた。
大地は黙ったままで……あまりにも意外すぎる大地の沈黙に、落ち着かない気分で車を走らせた。
……もう、どうしたっていうのよ……?
*****
家に帰ると、父さんはコンビニで買ってきたらしい弁当を広げていた。私達の姿を見て、ちょっと笑う。
「早かったな。レイトショー観てくるんじゃなかったのか?」
「え? あぁ、……食事だけにしたんだよね、大地?」
「……うん」
小さく大地がうなずく。
本当は、映画というのは口実だった。
大地から少しでも長く二人だけで過ごしたいって言われてて、ドライブに行くつもりでいた。
だけど、押し黙っている大地との車中の空気にいたたまれなくなった私は、いつもの帰宅ルートから逸れずに、車を走行させたのだった。
「すみません。僕、お先に休ませてもらいます。……お休みなさい」
ペコリと頭を下げて、大地は自分の部屋に行ってしまった。
「……なんだ? 大地くん、具合いでも悪いのか? 顔色良くなかったぞ」
声を落として尋ねてくる父さんに、あいまいに笑い返す。
朝に作り置いた味噌汁を冷蔵庫から取り出し、温め直してテーブルの上にお椀を置いた。
「私、あとで様子を見てくるよ。父さんは、心配しないで。
ほら、コンビニ弁当だけじゃ、ダメだよ」
「……すまんな。なんだか、お前に大地くんの世話を、任せっきりのようで……」
箸を止めて申し訳なさそうに私を見る父さんに、いたずらっぽく笑い返す。
「実は、陰でイジメていたりしてねー」
「そうなのか!?」
「……なワケないじゃん。ちゃんと仲良くしているよ。あの子、素直だし」
仲良すぎて、父さんに言えないような『秘密』を抱えるほどにね。……と、自身で突っ込んでおく。
「それより、ずっと気になってたんだけど。
父さん、大地に対して、他人行儀すぎやしない? だいたい、自分の息子を呼ぶのに『大地くん』て何よ。『くん』て」
「あー……」
参ったといわんばかりに、頭をかく。ふうっ……と溜息をついて、父さんが言った。
「その……実は父さんも、どう接していいのか、分からないんだよ。男同士のせいか、妙な遠慮があってな。
大地くんの方も、そうじゃないか?」
「───確かにね」
私には、踏みこみ過ぎるくらいに、踏みこんできているのに。
父さんには、必要以上に関わらないよう、意識して距離を置いている風にも見える。
「ひとっ風呂浴びたら、大地にいろいろ訊いてみるよ、私」
ダイニングテーブルから伸びをしながら離れる私を見て、父さんが苦笑した。
「舞美。さっきのは訂正だ。大地くんは、お前と違って繊細そうで、うかつに対応できないからだと思うんだ」
ぴくぴくと頬がひきつった───ガサツで悪かったわねっ。
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