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第二章 ひとりぼっちのシュークリーム

だから僕は、まいさんが好きなんだ

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短いようで長かった一週間が、過ぎようとしていた。明晩、『罪深い姉弟の行い』を招いた元凶の主が、帰ってくる。

「二人だけの生活も、今日までだね。なんか、つまらないなー」

私にとっては『タブーな一夜』であったけれど、大地にとっては、そうではなかったらしい。
一緒にいる時間を少しでも減らそうとする私に反して、あきれるほど大地は、私とコミュニケーションをとりたがった。

現に今も、
「夕食の準備は手伝わなくていいから」
と、リビングに追いやったはずが、気づくとキッチンに入って来て、さりげなく私を手伝っていたりした。

揚がったばかりのトリの唐揚げに、大地が横から手を伸ばしてきた。
あつっ、と、つぶやきながら口に入れると、指先をぺろりとめた。
そのしぐさが妙に艶めかしく……あの夜の大地とのモロモロを思いださずには、いられなかった。

「……うん、いい味。まいさん下味つけるの上手だね」

誉めても何も出ないってのは、解ってるだろうに、大地は微笑んで私を見つめる。

つまみ食いするな!
と、しかる言葉をのみこんで、フライ用の鍋の火を止める。

胸騒ぎにも似た落ち着かない気分が、指の先々にまで伝わっているようで、大地に気づかれないように、こっそり息をついた。

「お父さん、また出張とか言わないかな?」

ポツリと漏らされた一言に、思わず大地を振り返る。頬が引きつった。

「あんた、何言ってんの? 養ってもらってる身分で」
「えー? それとこれとは、話が別じゃない?
僕、お父さんには、ちゃんと感謝しているよ?
しらばっくれることだってできたはずなのに、浮気相手の子を引き取って、面倒みてくれているんだから。
ここに来る前に、僕の遠い親戚や学校関係のことも、いろいろ配慮してもらったし。
お小遣いだって、僕が今まで母からもらっていた額の倍以上くれて。
本当にお父さんには、いくら感謝しても、したりないくらいだよ」

───失言だったと思う。
なんでもないことのように言う大地は、自分の立場をわきまえていて。
ずっと感じていたことだけど、甘えた幼い口調のわりに、言っている内容は、どれも『大人』だ。

「なら、いいけど……」

尻すぼみに語気が弱くなる。
なんだか、居たたまれなくなった。

父さんの浮気はゆるせないし、腹も立つけど、その果てに生まれた大地には、なんの落ち度もないのだ。
子供に罪はないと、よく聞くけど……本当に、その通りだと思う。

サラダボウルに野菜を盛りつけていると、ふと、大地の言葉が思い返された。
大地のお母さんは、昼も夜も働いていたって、言っていたことを。

つまり父さんは、今まで大地達に、金銭的な援助をしてこなかったってことだ。
自分の子供に対して、責任を負ってこなかったって、ことだ。

「僕が言いたいのはね」

父さんの仕打ちを思って眉を寄せていると、ふいに大地の声が、耳元でした。と、同時に、温もりが背中を包む。

「こうやって、まいさんと新婚ごっこができなくなるのが残念だなって、コト」
「───いきなり何すんのよ、バカッ!」

音を立てて首筋にキスされ、驚きと怒りのあまり、まわされた腕を乱暴に振り払った。
反動で、持っていた菜箸が鍋の取っ手に引っ掛かり、油の入った鍋が、ひっくり返る───!

「わっ……!」
「───っと、と!」

寸前で、大地の片手が鍋の取っ手をつかみ、事なきを得る。
……や、まだ、鍋だって熱いはず……。

「え。ちょっ……まいさん?」

急いで大地の手を引き寄せ、蛇口をひねる。勢いよく流れ出す水に、大地の指をさらしてやった。
……良かった。赤くなってるけど、たいしたことなさそう。

「痛い?」
「ううん、全然。少しじんじんするけど」
「……痛いんじゃない、バカ」
「まぁでも、まいさんに中身がかからなくて、良かった」

良いわけあるかっ。元を正せば、あんたが妙なコトしたからじゃん!
……と、思ったものの、口には出せなかった。
結果的には、大地のおかげでヤケドせずに済んだわけだし。

しばらく流水にさらしたあと、大地の手に小さな保冷剤を握らせておき、薬箱を持ってきた。
冷たくなった大地の指先に軟膏なんこうを塗ろうとすると、パッと手を引っこめられた。

「ちょっと、何? 別に、しみたりしないと思うわよ?」
「うん、分かってる。けど、その前に、めて?」
「は?」
「だから……舐めて、僕の指」

目の前に突き出された指に、脱力してしまった。
……こいつ、一体なんなの?

あきれて軟膏を持ったまま固まっていると、大地が首を傾けた。

「駄目? 冷たくなりすぎて、感覚がなくなってて、ヤなんだけど」
「ヤなんだけどって、あんた」
「駄目、かな?」

探るように上目遣いで見られ、仕方なく大地の手をつかみ寄せた。
私より、ずっと大きな手。太くは見えなかった指も、改めてじっくり見ると、思ったよりゴツゴツしていて。

変な話だけど、初めて大地を『異性』として意識してしまった。急に、イケナイコトをしようとしている気がした。

けれども、そんな風に思うこと自体、考えすぎだと自分に言い聞かせて、冷えきった大地の指先を温めるように、口に含んだ。

「───あ、どうしよう? なんか、感じてきた」

などと、阿呆なつぶやきが聞こえ、反射的に、投げるように大地の手を離した。
……心臓が、驚くほど大きく跳ね上がったのが、分かった。

私の反応に、大地は失笑を漏らした。

「ごめん、冗談。……でも、気持ち良くて、痛みが和らいだよ」

大地は、自分で軟膏を塗りだした。半ば伏せた瞳のまま、微笑む。

「やっぱり、まいさんって優しいよね。キツい言い方しても、甘えさせてくれるっていうか」

私は目をしばたたいた。
優しいか、私? 根性ワルの自覚ならあるけど。

「自分の言いなりになって、扱いやすいって、意味?」

欲望に流されるまま、弟とセックスして。執拗しつように求められると、折れてしまう。
そんな意志の弱さを、皮肉っているのかと思った。

だけど大地は、私の言葉をやんわりと否定した。

「そうじゃなくて。傷ついている人間や、自分より弱い立場の人間には、手を差し伸べられる人だって、コト。
それが誰であれ、どんな状況であれ……ね」

軟膏を戻した薬箱を手に、大地は腰を上げた。
私は、複雑な心境をかかえながら、そんな大地を見上げる。

「だから僕は、まいさんが好きなんだ」

にっこり笑って告げられ、不覚にも、ときめいてしまった。……くそう。



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