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第一章 生暖かいアイスキャンディー
ストーカーか、こいつ【1】
しおりを挟む「まいさん」
またお越しくださいませ、と言って一礼し顔を上げた私の目の前に、学生服姿の大地が立っていた。
人懐っこく笑って首を傾け、ポケットに両手を突っ込んでいる格好は、本当に、どこにでもいる男子高校生と同じだった。
むしろ、普段そこら辺を歩いている子達よりも、ずっと素直で汚れを知らない表情に見えた。
───昨晩、私の部屋を立ち去る際、ドアの陰から顔だけのぞかせた大地は、
「僕が必要になったら、遠慮しないで、呼んでくれていいからね?」
などと、にっこり笑ってみせたのだった……。
私と……実の姉と、悪びれもせずにエッチしてた子と同一人物だなんて、とても思えない。
「仕事上がり、今日早いよね? 一緒に帰ろうよ。僕、待ってるからさ。
んーと、二階の本屋さんで、待ち合わせしよ?」
「………………分かった」
「やった! じゃ、またあとでね! お仕事、頑張って」
片手を上げて去って行く大地を見送っていると、製造室から多香ちゃんが出て来た。
「わ~。いまの、ひょっとしてカレシですか?
高校生……ですよね!? 舞さん、やりますね!」
「えっ……や、あのさ……」
「すっごいサワヤカ君でしたね! 美形だし。
笑顔が、なんともいえない爽やかな風を残していきましたよ?
もうっ、舞さんってばいつの間に!?」
制服のブラウスの袖を揺さぶられて、冷やかされる。が、私には、否定も肯定もできなかった。
私が一人っ子だってことは、多香ちゃんも知ってるし、弟とは言えない。
事実そうでも、成り行きとはいえ、昨晩ヤッてしまったことを考えると、なおさら。
かといって、その場かぎりの嘘をつき、実の弟をつかまえて彼氏だなんて、言えるはずもなかった。
はぁっ……。
イイ歳して、何やってんだ、私。
やっぱり、一緒に育ったわけじゃないから、血の繋がりを実感できないのが一番の原因かも。
姉弟だって言われても、どこかで他人のような気もするし。
あーあ……。
仕事を終え重い足取りのまま、ショピングセンター内の二階にある、ロッカールームへと向かう。
防火扉を身体を預けるようにして開け、従業員専用の通路に入ると、むっとした生暖かい空気に包まれた。
店内との温度差の違いは明らかで、効きすぎの冷房により冷えた身体にはホッとする時もあるけど、今日は逆だった。
蒸し暑さのあまり、胸元を飾ったリボンタイを外しながら、あっちーよ、と、ぼやきつつ階段を昇る。
『健康と節電のために階段を使いましょう』
などと、貼り紙がしてあるエレベーターを尻目に、私はいつも、従業員階段を使っていた。
単に、エレベーターが苦手なのと、ささやかな運動不足解消のためで、貼り紙の文言に同意しているためではなかった。
ロッカールームには、一列20人分ほどのロッカーが六列ある。入り口から見て、一番左側の奥から数えて三つ目を使用していた。
エアコンの設定温度が高いのか、気温が上がる今頃は、毎年、汗でベタつきながらの着替えが、ものすごく苦痛だった。
私のロッカーの反対側にいた従業員(たこ焼き専門店の子だ、確か)に挨拶し、ソムリエエプロンのポケットから、ロッカーの鍵とスマホを取り出す。
マナーモードにしてあったスマホを解除して、バッグの内ポケットに押しこんだ。
今日、何度目か分からない、溜息をつく。
……何が問題かって、自らの性欲を押さえきれず、なおかつ、気持ち良いと思ってしまったことだろう。
なんで、気持ち悪い、じゃ、なかったんだろう?
だって、弟とだよ?
仮に、百万歩くらい譲って、弟ってことを抜きにしても、出会って間もない高校生なのに。
───なのに。
大地とは……最初から違和感なくて、身体中に快感が広がっていってた。
───……ん?
これが俗にいう『淫乱』ってヤツなのか、ひょっとして。
今まで、付き合った男以外とそういう雰囲気になったことないから
(言いたくないけど、私は彼氏以外の男の前じゃ色気ゼロだし)
自覚がなかっただけで、実は私ってヤツは、そういう流れにもっていかれると、誰とでもイタしてしまう『痛い女』なのか───?
ベストをハンガーにかけながら、自分の思いつきに首を振る。いやいやいやいや……!!
そんな馬鹿なこと、あるわけがない!!
───だけど。
大地とのコト、無かったことになんて、できないよね……。
でも、一回くらいなら、気の迷いってことで、
「ギリギリセーフだよ」
とか、誰か優しく言ってくれないかなぁ……。
───って!
そもそも誰に言ってもらおうっての、私!
誰にも言えないって時点で、すでにアウトなんじゃんか!
あー、もうっ。
こんなにウダウダして、支離滅裂になるくらいなら、もっと強固で頑丈な、鉄壁の理性をきずいておくべきだったよ……。
悶々として一向に着替えが進まない私の耳に、メールの着信音が響いた───大地からだった。
『ご飯食べて、映画観て行かない?』
だと!? 気楽なヤツめっ……!
こっちは散々っぱら『昨夜の過ち』を引きずって。
いっそ無かったことにしちゃおうかな……なんて、小ズルいことを思いついて。
そんな自分に嫌気がさして……っていう、負のループに陥っているっていうのに!
怒涛の後悔の念を、お気楽大地への怒りへと切り替え、ようやく私は着替えを終えた。
従業員専用の通用口から、売り場へと出て行く。とたん、電子機械音の洪水に、耳がさらされた。
アミューズメント施設のそこを突っ切って進むと、ベビー洋品店、カジュアル洋品店……と、服飾店が連なっていた。
館内を通じて流れている有線音楽がよく聴こえる頃には、本屋の一角が見えてくる。
大地の居所は、すぐにつかめた。
店内は、雑誌コーナーで立ち読みしている人がほとんどで、文庫コーナーにいる茶髪に白の開襟シャツ姿が目立っていたからだ。
背はそれほど高くないはずなのに
(私が160センチだから……170センチ台前半くらいかな?)
バランスの良い身体つきのせいか、遠目からだと、実際より背が高く見えた。
「あっ、まいさん! お疲れさまー」
声をかける前に私に気づき、大地は手にしていた文庫本を棚へと戻す。
「お腹すいてるなら、ご飯すぐに食べに行こうか? それとも、本を少しのぞいてからにする?
まいさんに借りたマンガの続き、出てたから買っておいたよ。まいさんが、先に読んでいいからね?」
大地の屈託ない透明で明るい声は、本屋のように静かな場所では、よく響く。
はしゃぐ姿も、どこか子供っぽかった。
……昨夜のベッドの上の人物とは、別人に思えてしまうくらいに。
「ちょっと待って、まいさん」
複合型映画館を含む、レストラン街と呼ばれる飲食店が並ぶ一帯へ向かう途中、いきなり大地に二の腕を引かれた。
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