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第一章 生暖かいアイスキャンディー
イマドキの愛人の子【2】
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*****
仕事を終え家に帰ると、まるで自分の家のように(あ、昨日から、この子にとっても自分ちになるのか)リビングでくつろいでいた大地くんに、お帰りなさいと迎え入れられた。
「えぇと……僕、まいみさんのこと『お姉さん』て、呼んだ方がいいのかな?」
彼が用意してくれた夕食───オムライスとオニオンスープを、二人で食べていると、いきなりそんなことを訊かれた。
や、無理。
確かに半分は血が繋がっているのかもしれないけど、ムリ。
「……舞、でいいよ。お姉さんて呼ばれるのは、なんか、変なカンジだし」
実感ないしね、と、心の中で付け加える。
「分かった。まいさん、だね?
……ふふっ、なんか嬉しいな、こういうの」
「え?」
「僕、ずっと一人っ子として育ったし、それに」
そこで彼は、淋しそうに笑った。わずかに視線を落とす。
「母は、昼も夜も働いていたから……僕、一人で過ごすことが多くて。
今日みたいに……こんなふうに誰かと一緒に夕飯を食べるのも、初めてで……だから、嬉しいんだ。
まいさんにとっては、僕って迷惑な存在かもしれないけど……。
僕は、まいさんと仲良くしたいと思っているんだ。
だから……勝手なお願いだけど、できる範囲でいいから、僕とこうやって一緒に過ごしてくれないかな?」
口調はやわらかく、高校生というには、幼い印象を受けるのに。
私の瞳をのぞきこんできた彼は、なんだか歳より大人びて見えた。
初対面の印象が、あまりにも礼儀正しくて、人懐っこくて。普段、街で見かける男子高校生とかけ離れていて。
私は正直、気持ち悪い、コイツ宇宙人か?
と、内心で思っていたりもした。
でも。考えたら、不倫の果てに生まれた子なんだよね。
いわゆる……母一人子一人で、育ってきたわけだ。苦労してないわけがない。
意地悪な態度をとるのは、もうじき三十路にもなろうっていう女のすることじゃないか……。
そう思い直して、彼に微笑んでみせた。
「分かった。仲良くしようね、【大地】」
*****
翌日は、その日届いた大地の引っ越しの荷をほどくことになった。
大地の部屋としてあてがったのは、もとは客室として使っていた部屋だ。
折り畳み式のベッドと木製の丸テーブル、ピーコックブルーのカーテン以外は、なんのインテリアもなかった。
しかもここ数年は、本来の用途に使うことがないせいで、すっかり我が家の物置き部屋と化していた。
よって、大地と二人、それらを片付けつつ掃除する。
「……太宰治……夏目漱石……川端康成……島崎藤村……星新一? あんた何、コレ、全部読んだわけ?」
「うん。面白いよ。漱石の『草枕』とか。
冒頭の一文から引き込まれたし」
「ふーん」
私なんて、夏目漱石は『吾輩は猫である』しか、知らないんだけど。
しかも、有名なあの「名前はまだない」の冒頭だけだし。
「まいさんは、マンガが好きなんだね。
しかもこれ……少年マンガが多いよね?」
あまりにも巻数が増えすぎて、何十冊かまとめて置いていたそれを、大地は手に取ってパラパラとめくった。
……なんか、妙~に悔しいんだけど。
「いいじゃないのよ。大人だって、息抜きは必要なの!」
「悪いなんて言ってないよ。僕、マンガって、あんまり読んだことないから。借りて読んでもいい?」
「いいけど……マンガ読んだことないって、お母さんの教育方針か何か?」
「まさか。単に、買うお金が無かっただけ。
ここにある本も、小学校の時に図書室に通いつめていたら、先生が古くなったものを譲ってくれたんだ」
ちょっと笑って、大地はカラーボックスに本を並べていく。
……地雷、踏んじゃったか、私……。
四段あるプラスチック製のチェストに、衣類をつめこみ始めた大地の横顔を、盗み見る。
私と血が繋がっているとは思えないほどの、整った目鼻立ち。お母さん似なんだろうな。
染めているのか地毛なのか、判断のつかない髪は、栗色の無造作ヘアだ。よく見ると、片耳にはピアスが刺さっている。
一見、チャラい容姿だよね。
とても愛読書は『草枕』だなんて、想像もつかない。
当然、女の子にもモテるだろうし、彼女もいるのだろうと思ったんだけど、
「ううん、いないよ。
同世代の子って、自分勝手で下品な子が多くて……興味ないんだ」
なんて、のたまうた。……もったいない。
私がそう言うと、
「えー? そうかなぁ?
好きでもない子と付き合って、世間並みのことをする……なんて、その方が時間の無駄だと思うけど」
「時間のムダって、あんた……。
まぁ、そういう考え方も、あるかもしれないけどさ。
私がもし、大地みたいなルックスで男だったら、片っ端から寄ってくる女の子と付き合っちゃうなー。
だって、高校生って、そういうものじゃん」
部屋の片付けを終え、私達は夕食の準備をしていた。
二人して、せっせと餃子の皮にあんを詰めていたのだけれど(マジで大地は料理慣れしてる)ピタリと手を止め、大地が息をついた。
「なんか、まいさんって高校生に対して、偏見があるんじゃない? 僕の同級生、モラルとかマナーちゃんとしてる奴の方が多いし」
「あー、ゴメン。思いこみで言ったんじゃなくて。
私、高校生の頃、男女交際に疎くって、まともな恋愛したのが、ハタチ過ぎて社会人になってからでさ。
それで……学生の頃にそういった経験なかったから、少し後悔してるんだよね」
「へぇ? そうなんだ?」
大地が意味ありげに、こちらを見てくる。
……しまった。ぶっちゃけ過ぎだ、私。
「ほらほら、手、止めない。
もう7時まわってるんだから、ちゃっちゃと包んで、早く食べられるようにするよ?」
「はぁい……」
話をそらそうとした私の意図を察したらしく、大地は口元をゆるめたまま、肩をすくめてみせた。
仕事を終え家に帰ると、まるで自分の家のように(あ、昨日から、この子にとっても自分ちになるのか)リビングでくつろいでいた大地くんに、お帰りなさいと迎え入れられた。
「えぇと……僕、まいみさんのこと『お姉さん』て、呼んだ方がいいのかな?」
彼が用意してくれた夕食───オムライスとオニオンスープを、二人で食べていると、いきなりそんなことを訊かれた。
や、無理。
確かに半分は血が繋がっているのかもしれないけど、ムリ。
「……舞、でいいよ。お姉さんて呼ばれるのは、なんか、変なカンジだし」
実感ないしね、と、心の中で付け加える。
「分かった。まいさん、だね?
……ふふっ、なんか嬉しいな、こういうの」
「え?」
「僕、ずっと一人っ子として育ったし、それに」
そこで彼は、淋しそうに笑った。わずかに視線を落とす。
「母は、昼も夜も働いていたから……僕、一人で過ごすことが多くて。
今日みたいに……こんなふうに誰かと一緒に夕飯を食べるのも、初めてで……だから、嬉しいんだ。
まいさんにとっては、僕って迷惑な存在かもしれないけど……。
僕は、まいさんと仲良くしたいと思っているんだ。
だから……勝手なお願いだけど、できる範囲でいいから、僕とこうやって一緒に過ごしてくれないかな?」
口調はやわらかく、高校生というには、幼い印象を受けるのに。
私の瞳をのぞきこんできた彼は、なんだか歳より大人びて見えた。
初対面の印象が、あまりにも礼儀正しくて、人懐っこくて。普段、街で見かける男子高校生とかけ離れていて。
私は正直、気持ち悪い、コイツ宇宙人か?
と、内心で思っていたりもした。
でも。考えたら、不倫の果てに生まれた子なんだよね。
いわゆる……母一人子一人で、育ってきたわけだ。苦労してないわけがない。
意地悪な態度をとるのは、もうじき三十路にもなろうっていう女のすることじゃないか……。
そう思い直して、彼に微笑んでみせた。
「分かった。仲良くしようね、【大地】」
*****
翌日は、その日届いた大地の引っ越しの荷をほどくことになった。
大地の部屋としてあてがったのは、もとは客室として使っていた部屋だ。
折り畳み式のベッドと木製の丸テーブル、ピーコックブルーのカーテン以外は、なんのインテリアもなかった。
しかもここ数年は、本来の用途に使うことがないせいで、すっかり我が家の物置き部屋と化していた。
よって、大地と二人、それらを片付けつつ掃除する。
「……太宰治……夏目漱石……川端康成……島崎藤村……星新一? あんた何、コレ、全部読んだわけ?」
「うん。面白いよ。漱石の『草枕』とか。
冒頭の一文から引き込まれたし」
「ふーん」
私なんて、夏目漱石は『吾輩は猫である』しか、知らないんだけど。
しかも、有名なあの「名前はまだない」の冒頭だけだし。
「まいさんは、マンガが好きなんだね。
しかもこれ……少年マンガが多いよね?」
あまりにも巻数が増えすぎて、何十冊かまとめて置いていたそれを、大地は手に取ってパラパラとめくった。
……なんか、妙~に悔しいんだけど。
「いいじゃないのよ。大人だって、息抜きは必要なの!」
「悪いなんて言ってないよ。僕、マンガって、あんまり読んだことないから。借りて読んでもいい?」
「いいけど……マンガ読んだことないって、お母さんの教育方針か何か?」
「まさか。単に、買うお金が無かっただけ。
ここにある本も、小学校の時に図書室に通いつめていたら、先生が古くなったものを譲ってくれたんだ」
ちょっと笑って、大地はカラーボックスに本を並べていく。
……地雷、踏んじゃったか、私……。
四段あるプラスチック製のチェストに、衣類をつめこみ始めた大地の横顔を、盗み見る。
私と血が繋がっているとは思えないほどの、整った目鼻立ち。お母さん似なんだろうな。
染めているのか地毛なのか、判断のつかない髪は、栗色の無造作ヘアだ。よく見ると、片耳にはピアスが刺さっている。
一見、チャラい容姿だよね。
とても愛読書は『草枕』だなんて、想像もつかない。
当然、女の子にもモテるだろうし、彼女もいるのだろうと思ったんだけど、
「ううん、いないよ。
同世代の子って、自分勝手で下品な子が多くて……興味ないんだ」
なんて、のたまうた。……もったいない。
私がそう言うと、
「えー? そうかなぁ?
好きでもない子と付き合って、世間並みのことをする……なんて、その方が時間の無駄だと思うけど」
「時間のムダって、あんた……。
まぁ、そういう考え方も、あるかもしれないけどさ。
私がもし、大地みたいなルックスで男だったら、片っ端から寄ってくる女の子と付き合っちゃうなー。
だって、高校生って、そういうものじゃん」
部屋の片付けを終え、私達は夕食の準備をしていた。
二人して、せっせと餃子の皮にあんを詰めていたのだけれど(マジで大地は料理慣れしてる)ピタリと手を止め、大地が息をついた。
「なんか、まいさんって高校生に対して、偏見があるんじゃない? 僕の同級生、モラルとかマナーちゃんとしてる奴の方が多いし」
「あー、ゴメン。思いこみで言ったんじゃなくて。
私、高校生の頃、男女交際に疎くって、まともな恋愛したのが、ハタチ過ぎて社会人になってからでさ。
それで……学生の頃にそういった経験なかったから、少し後悔してるんだよね」
「へぇ? そうなんだ?」
大地が意味ありげに、こちらを見てくる。
……しまった。ぶっちゃけ過ぎだ、私。
「ほらほら、手、止めない。
もう7時まわってるんだから、ちゃっちゃと包んで、早く食べられるようにするよ?」
「はぁい……」
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