三角関係勃発!? 寝取り上司の溺愛注意報

朝比奈萌子

文字の大きさ
上 下
7 / 18
二章 上司が溺愛しすぎる件

しおりを挟む
 終業時間間近、沙耶は思い切って尚樹にメッセージを送った。先日中途半端だった分、きちんと話し合いたいと告げる。すぐに既読がつくものの、尚樹からは何も返ってこない。業を煮やしていたところ、いつも沙耶に厳しい隣の席のお局に声をかけられた。

「宮城さん」
「あ、ご、ごめんなさい! スマホはすぐにしまいますね!」

 けれどお局の意図はそこにはなかったらしい。申し訳なさそうに手を合わせられる。

「今日、残業代わってもらえないかしら?」
「残業、ですか……」

 やることはなかったし、尚樹からも返事がないのだから、今夜は空いていた。お局に恩を売るのも悪くないと思い、沙耶は笑顔でうなずく。

「構いませんよ」
「ありがとう、助かったわ!」

 お局はさっそく帰り支度をすると、沙耶に手を振ってオフィスを出ていった。
 沙耶が仕事に打ち込んでいるうちに、オフィスからはひとり、またひとりと人がいなくなっていく。
時おりスマホをチェックするも、やはり尚樹からの返答はなかった。

(まさか今夜も浮気してるのかな……私たち、本当にどうなっちゃうんだろう……)
「まだ終わりそうにないのか?」

 完全に気落ちしていたからか、話しかけられるまで目の前に藤本が立っていることに気づかなかった。
 沙耶は慌てて顔を上げる。

「か、課長! だ、大丈夫です。もうすぐ終わりますからっ……」

 無駄に鼓動が速くなっていく。藤本の気持ちをはっきりと聞いたいま、どのような顔をして彼に接していいかわからない。
 しかし藤本はそんなことなどすっかり忘れたかのように、上司の顔で隣の席を引き寄せて座った。

「ほら、ここ数字間違ってるぞ」
「え、あっ……!」

 初歩的なミスをしていることに、恥ずかしさから顔がカッと熱くなる。

「俺も手伝うから、半分寄越せ」
「い、いえ、そんな! 私の仕事ですし!」
「身が入ってないぞ。いまの宮城には完全に任せられない」
「あ……」

 そう言ってUSBを奪う藤本に、沙耶は申し訳なくなってうつむいた。

「ご、ごめんなさい……仕事もちゃんとできないなんて……社員として失格ですよね」
「何言ってんだ」

 眉を下げた藤本が、沙耶の頭をポンポンと優しく叩く。

「宮城がうわの空の理由を知ってるから、俺も同罪だよ」
「課長……」

 そうしてしばらくは互いに仕事に集中していた。カタカタと、キーボードの音だけがオフィスに響く。
 けれど沙耶の集中力はやはり欠如していた。どうしても解せないことがあったからだ。これまで普通に接してきた藤本が、なぜいまさらになって自分を好きだと言うようになったのだろうと、不思議で仕方なかったのだ。

「あ、あの、課長。聞いてもいいですか?」

 ふいの台詞に驚いたのか、藤本の手が止まる。
 夜のオフィスにわずかな沈黙が流れた。

「どうした?」
「……えっと、ど、どうして課長は……私に対して、その……そういうふうに思ってくれるようになったのでしょうか?」

 すると藤本は上向き、ふうっと大きく深呼吸する。

「宮城がうちの会社の面接に来たときからって言ったら驚くか?」
「め、面接って……三年も前の話ですよね?」

 瞠目する沙耶に、藤本が苦笑した。

「俺がそのときの面接官だったの、覚えてないだろう?」

 コクリと、沙耶は即座にうなずく。面接時は緊張しすぎて、とてもではないが相手のことを観察している余裕などなかった。それに尚樹と同じ『ナルカワコーポレーション』にどうしても入りたかったから、失敗は許されなかった。

「あのとき――」

 藤本は記憶を呼び起こすように遠くを見つめる。

「宮城は素直に恋人が働いているからって言っただろう?」
「は、はい」

 普通なら色恋にかまけている場合ではないのかもしれないが、それが真の動機だったし、尚樹から会社の子細を聞いていたので、沙耶は率直に質問に答え続けていた。

「ロマンがあっていいなあと、思ったんだ。それに宮城沙耶という人間が、まっすぐで真面目で、愛情あふれる性格をしているんだと好感が持てた」

 まあ、ほかの面接官は生温かい目で見ていたけどなと、藤本が面白そうに付け足す。

「お、お恥ずかしい……」

 沙耶は全身を真っ赤にして、その場で縮こまった。
 そんな沙耶に、藤本は言葉を続ける。

「それからだ。宮城が入社して、なんの因果か同じ課になって、ずっと見てきた」
「課長……」

 なぜか胸がいっぱいになり、沙耶の瞳が自然に潤んだ。
 藤本は苦笑する。

「だけど入社時から小林と付き合ってることは知ってたから、俺は宮城に何もする気はなかったんだ。この前までは」
「……尚樹が浮気していたから?」
「そう」

 真面目な顔で、藤本がうなずいた。

「宮城を幸せにできるのは、俺しかいないって思うようになった」

 沙耶は藤本の前でどんな表情をしていいかわからなくて、顔を背ける。けれど、藤本の気持ちはすごくうれしかったことは事実だった。

(尚樹と付き合った当初も、こんなふうにうれしいことがいっぱいだったはず)

 尚樹とはやはりきちんと話し合わなければと、沙耶は改めて思う。
 そのとき、スマホが音を立てた。長い振動なので着信だ。

「あっ……」
「いいぞ、俺は残りやっちゃうから」
「す、すみません。すぐに仕事に戻りますから」

 沙耶は席を立つと、パタパタとオフィスを出ていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました

蓮恭
恋愛
 恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。  そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。  しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎  杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?   【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

警察官は今日も宴会ではっちゃける

饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。 そんな彼に告白されて――。 居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。 ★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。 ★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

処理中です...