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浮遊都市・ルフトヘイヴン
49.泥中 -中-
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───レッセがいくらシリスに雑言を吐こうが、構わなかった。
構わないと言えば語弊ではあるが、シリスは自分の地雷さえ踏まれなければわざわざ事を荒立てるつもりはなかった。だからこそレッセの言葉がエスカレートしたとしても、それなりにスルーするつもりでいたのだ。
だが、シリスの地雷は思っていた以上に早く踏み抜かれた。
歩き始めて数十分は経っただろうか。
景色は大きく変わらないが、埋め込まれた浮遊石は徐々に増えている。明かりで目視しやすくなった通路は、緩やかに下り続けていた。
地下に目的の場所があるというのであれば、一応は近付いていると考えていいのかもしれない。素直に道が続いていれば、の話だが。
「あーあ、それにしてもツイてないわ。分断されるならディクシアくんとだったら良かったのにぃ」
もはや何度目か覚えていないトラップの矢を弾きながら、シリスはレッセのぼやきに思わず反応した。
「先輩って、ディクのどこが良いんですか?」
「は?」
進む間に聞こえていた殆どの文句に無視を決め込んでいたシリスだったが、今の言葉には素直に疑問が湧いていた。
最初から疑問だった。
ディクシアは確かに顔がいい。それこそ、男女問わず近付こうとした者が列をなしたと言っても誇張でないほどに、彼の見目は麗しい。だが、レッセを見ていると所謂"一目惚れ"とはあまり縁がなさそうに思えた。
レッセのような人物がどうして彼を求めるのか。
いくら彼女の性格に難があってもディクシアを本気で想っていたならば、その気持ちを頭から否定していいのだろうか。
そもそも、好きだという感覚がシリスには分からない。だからただ純粋に疑問だったのだ。
シリスの問いにレッセはきょとん、とした顔を一瞬浮かべたかと思うと───間を置かずに大声で笑い出した。
「あっはははは!!あは!シリスちゃんマジでそれ言ってんの!?純粋ねぇ!」
静かな通路に響いたのは、紛れもなく嘲笑だった。
「あのさぁ、好きじゃなかったらアプローチかましちゃダメなワケぇ?」
「……どういう事ですか?」
「だからぁ、いい物件ってキープしときたいじゃない。アナタの同期に聞いたけど、彼ってかなり資産家の長男らしいじゃない。見た目もダントツにそこらの男よりも良いし……ま、私はもっと男らしい方が好みなんだけど、毎日見てても飽きそうにない顔だし。その上、女が苦手なんでしょ?1回手に入れりゃ他から唾つけられそうにないのも良いわね」
構えることもなく、彼女の手のひらで弄ばれるだけのダガーが浮遊石の明かりを反射して鈍い光を放つ。厭らしく笑うレッセの顔は蒼白い光に照らされ、未知の存在を前にしているかのような悪寒をシリスの背中に走らせた。
同時に彼女の中に燻る火種までも刺激する。
「キープ……?」
それは、怒りにも似た嫌悪感だった。
「当たり前じゃない。良い条件の男がいたら取り敢えず確保しとくのなんて、良くある───」
「ディクは物じゃない」
続く言葉を遮られたレッセの顔から笑みが消えた。けれどそれも一瞬のことで、シリスの反論に眉を跳ね上げた彼女はすぐさま調子を取り戻して嘲笑を浮かべる。
「何言っちゃってんのぉ?アナタの彼じゃないでしょ、説教される筋合いないんだけど」
「友達だからです。ディク本人がいくら言おうが、先輩は気にもしないじゃないですか」
「だって女が苦手ってさ、要は慣れてないんでしょぉ?今後のためにも沢山触れ合う経験積んどくべきじゃない」
「ディクのあれは───トラウマです。そんな風に踏み込んで良いもんじゃない」
「……あのさぁ」
レッセが下からシリスの顔を覗き込む。口角を吊り上げ、悪意に満ちた顔で嗤っていた。
鼻が曲がりそうなほど甘ったるい香水の香り。丁寧にネイルが施された指が、シリスの胸をトン、と叩いた。
視界の端にはおろおろと戸惑うアーリィが見えるが、この張り詰めた空気の中に口を挟む胆力はさすがにないらしい。
「アナタほんっとに面倒よね、話に聞いてたより本当に面倒。いい子ぶってさ、誰にアピールしてんの?」
言葉を発するたびにレッセの顔はシリスに近付く。くすんだ青に、口を引き結んで押し黙るシリスの姿が映っている。
「友達でーすって顔して、男に近付いてるんでしょ?この尻軽がさぁ」
トン、トン、と一言ごとに胸を突き刺すレッセの指は荒々しくなっていく。
「こんなのに騙されるなんてさぁ。頭良さそうに見えるけど、ディクシアくんも実は大した事ないのね」
「………………あ?」
2オクターブは下がっただろう、低い声。
ともすれば声だと気付けない音に、いち早く察知したアーリィが「ひっ」と喉を震わせた。
しかし饒舌に拍車をかけ始めたレッセはそれに気付かず、吐き出す罵倒は止まらない。
「アナタの言うオトモダチって、所詮はアナタの良い子ちゃんに絆されて一緒にいるだけのモンでしょ?低脳で間抜けのお馬鹿さんたちよね」
「───もうやめておきません?流石に言葉が過ぎるんですけど」
「傷付いちゃったぁ?あっはは!ごめんごめん、ビッチちゃんに事実叩きつけるのは酷だった?」
「警告は、しましたから」
「警告ぅ??アナタがそうやって男侍らせてるのがいけないんでしょ。そういえばアナタ弟も居たんだっけ?どうせアナタの弟だし、オネエサマを使って周りに取り巻き作るようなしょうもない男なん───」
トン、とレッセの指が胸に食い込んだその瞬間。
無言で繰り出したシリスの渾身の頭突きが、近付きすぎたレッセの顔面へ綺麗に吸い込まれた。
構わないと言えば語弊ではあるが、シリスは自分の地雷さえ踏まれなければわざわざ事を荒立てるつもりはなかった。だからこそレッセの言葉がエスカレートしたとしても、それなりにスルーするつもりでいたのだ。
だが、シリスの地雷は思っていた以上に早く踏み抜かれた。
歩き始めて数十分は経っただろうか。
景色は大きく変わらないが、埋め込まれた浮遊石は徐々に増えている。明かりで目視しやすくなった通路は、緩やかに下り続けていた。
地下に目的の場所があるというのであれば、一応は近付いていると考えていいのかもしれない。素直に道が続いていれば、の話だが。
「あーあ、それにしてもツイてないわ。分断されるならディクシアくんとだったら良かったのにぃ」
もはや何度目か覚えていないトラップの矢を弾きながら、シリスはレッセのぼやきに思わず反応した。
「先輩って、ディクのどこが良いんですか?」
「は?」
進む間に聞こえていた殆どの文句に無視を決め込んでいたシリスだったが、今の言葉には素直に疑問が湧いていた。
最初から疑問だった。
ディクシアは確かに顔がいい。それこそ、男女問わず近付こうとした者が列をなしたと言っても誇張でないほどに、彼の見目は麗しい。だが、レッセを見ていると所謂"一目惚れ"とはあまり縁がなさそうに思えた。
レッセのような人物がどうして彼を求めるのか。
いくら彼女の性格に難があってもディクシアを本気で想っていたならば、その気持ちを頭から否定していいのだろうか。
そもそも、好きだという感覚がシリスには分からない。だからただ純粋に疑問だったのだ。
シリスの問いにレッセはきょとん、とした顔を一瞬浮かべたかと思うと───間を置かずに大声で笑い出した。
「あっはははは!!あは!シリスちゃんマジでそれ言ってんの!?純粋ねぇ!」
静かな通路に響いたのは、紛れもなく嘲笑だった。
「あのさぁ、好きじゃなかったらアプローチかましちゃダメなワケぇ?」
「……どういう事ですか?」
「だからぁ、いい物件ってキープしときたいじゃない。アナタの同期に聞いたけど、彼ってかなり資産家の長男らしいじゃない。見た目もダントツにそこらの男よりも良いし……ま、私はもっと男らしい方が好みなんだけど、毎日見てても飽きそうにない顔だし。その上、女が苦手なんでしょ?1回手に入れりゃ他から唾つけられそうにないのも良いわね」
構えることもなく、彼女の手のひらで弄ばれるだけのダガーが浮遊石の明かりを反射して鈍い光を放つ。厭らしく笑うレッセの顔は蒼白い光に照らされ、未知の存在を前にしているかのような悪寒をシリスの背中に走らせた。
同時に彼女の中に燻る火種までも刺激する。
「キープ……?」
それは、怒りにも似た嫌悪感だった。
「当たり前じゃない。良い条件の男がいたら取り敢えず確保しとくのなんて、良くある───」
「ディクは物じゃない」
続く言葉を遮られたレッセの顔から笑みが消えた。けれどそれも一瞬のことで、シリスの反論に眉を跳ね上げた彼女はすぐさま調子を取り戻して嘲笑を浮かべる。
「何言っちゃってんのぉ?アナタの彼じゃないでしょ、説教される筋合いないんだけど」
「友達だからです。ディク本人がいくら言おうが、先輩は気にもしないじゃないですか」
「だって女が苦手ってさ、要は慣れてないんでしょぉ?今後のためにも沢山触れ合う経験積んどくべきじゃない」
「ディクのあれは───トラウマです。そんな風に踏み込んで良いもんじゃない」
「……あのさぁ」
レッセが下からシリスの顔を覗き込む。口角を吊り上げ、悪意に満ちた顔で嗤っていた。
鼻が曲がりそうなほど甘ったるい香水の香り。丁寧にネイルが施された指が、シリスの胸をトン、と叩いた。
視界の端にはおろおろと戸惑うアーリィが見えるが、この張り詰めた空気の中に口を挟む胆力はさすがにないらしい。
「アナタほんっとに面倒よね、話に聞いてたより本当に面倒。いい子ぶってさ、誰にアピールしてんの?」
言葉を発するたびにレッセの顔はシリスに近付く。くすんだ青に、口を引き結んで押し黙るシリスの姿が映っている。
「友達でーすって顔して、男に近付いてるんでしょ?この尻軽がさぁ」
トン、トン、と一言ごとに胸を突き刺すレッセの指は荒々しくなっていく。
「こんなのに騙されるなんてさぁ。頭良さそうに見えるけど、ディクシアくんも実は大した事ないのね」
「………………あ?」
2オクターブは下がっただろう、低い声。
ともすれば声だと気付けない音に、いち早く察知したアーリィが「ひっ」と喉を震わせた。
しかし饒舌に拍車をかけ始めたレッセはそれに気付かず、吐き出す罵倒は止まらない。
「アナタの言うオトモダチって、所詮はアナタの良い子ちゃんに絆されて一緒にいるだけのモンでしょ?低脳で間抜けのお馬鹿さんたちよね」
「───もうやめておきません?流石に言葉が過ぎるんですけど」
「傷付いちゃったぁ?あっはは!ごめんごめん、ビッチちゃんに事実叩きつけるのは酷だった?」
「警告は、しましたから」
「警告ぅ??アナタがそうやって男侍らせてるのがいけないんでしょ。そういえばアナタ弟も居たんだっけ?どうせアナタの弟だし、オネエサマを使って周りに取り巻き作るようなしょうもない男なん───」
トン、とレッセの指が胸に食い込んだその瞬間。
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