境界線のモノクローム

常葉㮈枯

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始まりの町・リンデンベルグ

22.今は懐かし昔の話

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「爺さん……ブレンドン爺さんじゃないか!?あんた、まだ生きてたのか!」
「なんじゃ、確かに儂がブレンドンなのは間違いないが……失礼な奴さな、おんしは誰じゃい?」

驚愕の表情で立ち上がったグレゴリーに対し、ブレンドンと呼ばれた老人は彼に見覚えがない様子で目を細める。立ち上がった勢いで椅子が倒れる。その音で周りの客の目線を集めてしまったグレゴリーは、盛大に咳払いをしてゆっくりと椅子を戻して座り直した。

「覚えてないのは無理もないかもしれんが俺だよ俺。もう8年も前になるが……あんたに世話になった"グレッグ"だよ」

しかしブレンドンの反応は芳しくない。その様子を見て悩んだ挙句、グレゴリーはハッとして己の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱し後ろに撫で付けていた髪を下ろした。案外長めの前髪が目元を隠し、いつもの野生味ある顔から一転、若干陰鬱な感じにも見える。

「ほら、当時はこんな感じであんたに前髪をどうにかしろって文句を言われてただろう?」

暫くじっと見つめ合う大男と老爺。
ヴェルとシリスはその様子をただ眺めることしかできなかった。
そうして、ようやくブレンドンから出てきた言葉は驚愕の色を孕んでいた。

「…………グレッグ…………おんし、あのグレッグか!?」
「そうだって言ってるだろう!まさかここで会うとは思わなかったぞ」

ようやく記憶が呼び起こされたようだ。
ブレンドンは顔に喜色を浮かべてグレゴリーの顔を繁々と眺める。先程までとは違い、その視線に含まれるのは怪訝ではなく懐旧の念だった。
本当に彼らは知り合いだったらしい。

「懐かしいが、変わりすぎてて分からんだぞ!あの頃の時計の短針みたいなヒョロヒョロのチビはどこへ行った!?」
「成長期が遅かったんだ!爺さんは逆に変わらんな、老けてるままだ」
「人間、80過ぎたらそんなもんじゃ。それより、あんとき一緒に居た嬢ちゃんはどうした?」
「もう結婚して家庭に入ったよ。今度2人目も生まれるらしい」
「……可哀想に、甘酸っぱい恋は実らんだか……」
「……そういうのは放っておいてくれないか?」

懐かしさで思い出話に花を咲かせ始めた2人に、双子は口を挟めないでいた。寧ろ、ブレンドンが話しているグレゴリーの過去が気になりすぎて口を出す気にもならない。
数分ほど過去を語らい、シリスがフィッシュフライの最後の1匹を食べ終わった頃だった。



「その子どもらはおんしの教え子か?」

ブレンドンの話題の矛先がヴェルとシリスに向いたことで、グレゴリーはハッと双子のことを思い出したようだった。

「す、すまん。もう死んで会えんものだと思っていたから、つい懐かしくてな……」
「グレゴリーさんの昔の話聞くの、めちゃくちゃ楽しかったですよ」

にやにやと含みのある顔でシリスが笑うと、グレゴリーの顔がこれ以上ないほど歪む。ヴェルも同じ顔で笑っているものだから、また双子の揶揄からかうペースに飲まれないように彼が口を開く前にグレゴリーは説明を始めた。

「この爺さんはブレンドンさんといって、俺が見習いの任務でここにきた時に時計守をしていたヒトだ。そのときにも色々あってな、俺たちの事情も知っているからその辺りは気にしなくて良い」
「よろしくの」

ブレンドンはグレゴリーがどんな説明をするのか、笑いながら見守っている。
厄介なのが増えた。口には出さなかったが、グレゴリーの顔が如実にそう語っているのをその場の3人はしっかり把握していた。

「爺さんが言ったように、この2人は俺の教え子だ。爺さんから見て右がシリスで左がヴェルだ」
「よろしくの」

先と全く同じ言葉を投げつつ、ブレンドンは片手をあげて率直に応えた。

「なあ爺さん、その席じゃ狭いだろ。俺の隣が空いているぞ?」
「嫌に決まっとる。昔のおんしならまだしも、そんなに肥大化しおってからに暑苦しい」
「……じゃあシリス、爺さんに席を譲ってやってくれ」
「なんでじゃ、呼ぶなら坊主の方にせい」
「あんたって人は……俺たちのときに彼女にしこたま叱られたの忘れたのか?」

最後のグレゴリーの言葉には何も反論がないどころか、ブレンドンの耳には入っていないようだった。先ほどもグレゴリーと普通に話をしていたし、もしかしなくとも、案外彼はそこまで耳が悪くないのかもしれない。ただ都合の悪いことや聞きたくないことは聞こえないというだけで。

「すまんシリス……この爺さん、悪い人間じゃないんだが若い女が好きでな。俺の同期にもそうやって近付こうとしたのを、当人にボロクソ言われてたんだが」
「とんだエロジジイじゃん」

グレゴリーの嘆息に乾いた笑いを溢すことしかできないシリスと、鋭く吐き捨てるヴェルと。そして、別段大きな声でもなかったはずなのにヴェルのささやかな罵倒に憤慨ふんがいするブレンドン。

「エロジジイとはなんぞや。そもそも、ベタベタ触りも撫でもせんじゃろ。儂はただ若い嬢ちゃんを近くで愛でたいだけじゃ」

お触り厳禁見て愛でろイエス、ガール。ノー、タッチ
この場のブレンドン以外、誰もがよく分からない言葉を述べながら彼は自らの腕で大きくバツを作った。

「そういうのも嫌がる女性は嫌がるんだと彼女も言っていただろうが……」
「なんじゃ、寂しいの……嬢ちゃんは近くにジジイがおるのは好かんか?」
「へ!?」

追求するのも疲れた様子で、グレゴリーがブレンドンに向ける言葉も明らかに覇気がない。過去に何があったのかは分からないが、彼の様子を見るに似たような出来事があったのだろうとヴェルは察する。そして、ブレンドンに泣きつかれたシリスに向かって「頷け」と、目線を送った。
しかしシリスはその目線を受けても悩むようにブレンドンとヴェルを交互に見やり……最終的には当たり障りのない笑顔で首を横に振った。

「いやぁ……無害ならあたしは別に」
「……はぁぁ……知らね」

ああやってすがられるような言葉を拒否する事は出来ない姉の性質タチを、ヴェルはよく知っていた。どこかで少しでも矯正しないとあとあと面倒を呼び込むぞと口酸っぱくも言っていた。ただ、ヒトの性質なんてそう簡単に変えられるものでもない。今回も見事に折れてしまったシリスを見て、ヴェルは深い深い溜息を吐き出すと自ら椅子をひいてグレゴリーの横へと移動した。見るからに不機嫌になっていた。
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