境界線のモノクローム

常葉㮈枯

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始まりの町・リンデンベルグ

20.再び町へ

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エミリオに教えてもらった通り、地上に上がる道の途中には分かりづらいが別の通路があった。ちょうど照明と照明の間で光がしっかり届かないからか、初見で気付けない程度には目立たない通路だ。
そこを通ると時計塔内部の吹き抜けに繋がっていた。本来ならパレードで扉が開いた時を狙うのではなく、こうやって地下へ降りるのが正規ルートなのだろう。

当のエミリオ本人は覚束おぼつかない足取りで案内をしようとしていたため、グレゴリーが強制的に仮眠室だという部屋の中に押し込んできた。

「そういや、グレゴリーさんよく無事だったよな。俺、半分くらい死んでるんじゃないかって思ったもん」
「ヴェル、言い方よ。言い方」
「シリスもそう思ってたろ?」

ヴェルも不安はあったのだろう。今となっては過ぎた事……と軽く言えるのも彼の美徳だが、その言葉を聞けばシリスはまだ心に突っかかりを感じてしまう。

「あたしは君より繊細だから、思っててもそういうこと口に出さないの」
「繊細ねぇ……」
「異論は認めませんけども」

言葉の応酬を始めた双子に、グレゴリーが思わず声を出して笑う。
急な大笑いに肩をビクつかせる2人だったが、その表情に痛みや恐れなどの曇りがない事はグレゴリーを安心させた。

「ははは……悪い、悪い。殴られて意識を飛ばす直前にな、"俺が死んだら、他の守護者がすぐこっちに向かう手筈になってる"って言っておいたんだ」
「そういう魔道具でも持ってるんですか?」
「いんや。ただのハッタリだな」

しかし、そのおかげでグレゴリーが今現在まで無事なのであれば、ハッタリとて馬鹿にはできない。
そんなものを持っているなら、と声をあげそうになったシリス。だが、そこで今朝方ヴェルと合流した時のことを思い出す。

「そういえば、グレゴリーさんが帰ってこなかった時点で養成所には報告済ませてるんですけど……事務のヒト以外が居なくて誰も来れなかったみたいで」
「そりゃあ、指導員は各々おのおの付き添いに行ってるからな。俺みたいな若手じゃなくて他はベテランばっかりだから、明日までは滞りなく任務地にいると思うが……なんて言われたんだ?」

その言葉に、ヴェルとシリスは乾いた笑いを零す。

「待てって言われましたね」
「待ってられるかって探しに出た結果が今っすね」
「お前たち……」

呆れた表情で口を開きかけたグレゴリーだが、そこで言葉に詰まる。彼とて、単独でトラブルに巻き込まれて救援を要した時点で、双子を咎められる立場にないのだ。

「仕方ない、一緒にヴァーストさんの雷を喰らうか」
「マジモンの雷飛んできそうだから怖いんだよなぁ」
「出した成果と相殺とかになりませんかね……」
「それはそれ、これはこれだ」

吹き抜けの塔内に、3つ分の溜息が響いて消えた。

外へ出ると太陽はもう南中から傾いていた。
見上げれば時計塔の文字盤は2時を指しており、まだ夕方までは時間がある。2人が起こした水蒸気爆発の残滓はもう見られず、青々とした空が広がっている。大通りはまだ賑わいを見せる時間だが、さっきよりもヒトが少なく見えるのは気のせいと思いたい。

「普通に露店もしてんじゃん。案外たくまし……」
「ヴェル、しっ」

滑らせそうになったヴェルの口を、シリスが速攻で塞いだ。
さっきは鏡像を倒すためにという名目を使ったし、グレゴリーにも一応は断りを入れていた上での事だったが、ヒトの往来のある町中で爆発なんて起こしていたと知られたら不味い。と、シリスの目が如実にょじつに語る。
つい普通に喋ろうとしてしまったヴェルは、その目を見てこくこくと頷いた。
幸い、グレゴリーは町の様子を眺めるのに真剣で2人の会話など耳に入っていないようだ。

そんな彼は上半身に新たなシャツを纏っていた。エミリオが予備で用意していた着替えの中から伸縮性に富んだものを選んだはずなのに、あまりにサイズが違うためにはち切れそうだ。着用できたことが奇跡レベルで違和感はあるが、半裸でうろつくよりマシだとの判断だ。

「とりあえず大きな混乱は起こっていないな。いつもより活気もないように見えなくはないが……」
「ソウデスネー」
「どうしたお前たち……変にカタコトじゃないか」
「気ノセイデスヨー」

グレゴリーは怪訝な顔で双子を見るが、双子は目を逸らすだけだった。肩をすくめて首を傾げるも、最終的に聞くのを諦めたようで彼は再度町へ視線を戻す。

「本来ならば手分けして……と、言いたいところだが、昨日はそれで失敗しているからな」

自ら失敗を口にするのは恥ずかしいらしく、グレゴリーは眉尻をさげて頬を掻く。
しかし2人はそんなグレゴリーの心情を十分に理解できていたし、いつものように揶揄からかうつもりもなかった。

「良いじゃん。分担した方が早いし」
「昨日と違って対象も明確ですし、ササッと素早く見回りしましょ」

悪戯っぽい笑顔を向ける2人の言葉の中に、グレゴリーに対する疑いや否定の言葉はない。慰めの言葉もない。
その態度は同じ間違いはしないだろうという、2人からの信頼の証でもある。


「ああ───ああ、そうだな。流石に同じ轍は踏むまい」

グレゴリーは眉尻を下げたまま、照れた笑いを浮かべる。その顔は何とも言えないほどに晴れ晴れしていた。

やる事は既に決まっている。
ダクトがどういったところにつながっているのかは、エミリオに確認を取っている。
シリスはヴェルが懐から取り出した地図を覗き込み、やる気満々に彼に問いかけた。

「あたし達はどうする?こっちも分かれて調べにいく?」
「忘れてるようだけどさ」

が、

シリスの目の前から地図が消える。
思わず目で追えば、笑みを完全に消し去ったヴェルが地図を頭上に持ち上げて、冷たい目でシリスを見ていた。
頭ひとつ分とまではいかないが、それでも彼の身長の方が高い。無意識にシリスは左手で地図を追いかけるが、ぴしゃりとヴェルの手に叩き落とされてしまった。

「お前は腕折れたままなんだから先に診療所行けよ。骨折治せる治療師がいるのかわからんけど、とりあえず専門職にまず診せることが先だろ」
「でも手分けした方が早───」
「俺も賛成だ。そもそも俺は治癒魔術は専門外だと言ったろう。痛みは取ったが、あれはあの状況で致し方なかった事だからやった事だ」
「ヴェルも足噛まれ───」
「もう勝手に血も止まってるような怪我だし一緒にしないでくれる?診療所の場所分かってるよな?ほら、行った行った」
「ちょっと動くくらいなら」
「因みにその痛覚遮断の魔術はかけ直さないと一定時間で効果が切れるからな。そろそろじゃないか?」

それが決定打だった。
何とか食い下がろうとしたシリスだったが、術をかけられる前の痛みを思い出して言葉に詰まる。あの痛みを抱えながら動き回れるかと言われれば答えは「無理、泣く」だ。

明らかに納得はし切れないが、言われていることは至極当然のことだと無理に自分を納得させる。

「夕方まではかかんねーと思うからさ。俺もグレゴリーさんも診療所の方まで行くし、俺たちが行くまではそこで待っててよ」

そんなシリスの様子を見て思うところがあったのか、ヴェルが言い聞かせるように口調を柔らかくする。
不器用で分かりづらい優しさではあるが、彼は彼なりに姉のことを思って言っているのだろう。
決して悪意があって同行を拒否しているわけではないことは、シリスも十分に分かってはいる。これ以上駄々をこねるのがみっともないことも理解していた。
理解はしているが、それを飲み込めるかは別だ。渋々といった様子でシリスは頷く。これではどちらが姉なのか兄なのかわからないな、と心の中でそっと自嘲じちょうした。

「俺は確認がてら、養成所へ簡単な経緯を報告しに行く。もう俺の捜索は不要だということも伝えておかねばいかんしな」
「それなら、俺はポータルから逆側の方を見て回ればいい?」
「頼んだ。仔細は後日まとめて報告書として上げるから、そこまで時間をかけないつもりだ」
「りょーかい」

2人はシリスに片手を上げて身を翻し、大通りの雑踏の方へ姿を消していく。
その様子をシリスはただ眺めていた。



───役立たずになるのが嫌だった。グレゴリーもヴェルも、そんなことは全く思っていないということは分かってはいたが、これは気持ちの問題だ。
無論、2人を心配する気持ちもあった。しかし自分が役に立てないという事実の方が、今この場でシリスにとっては重かった。だからギリギリまで引き下がらなかったし、今もこうやって悶々もんもんと心を澱ませているのだ。

何故そこまで嫌なのかは、自分でもよく分かってはいない。

グレゴリーの言うようにそろそろ術の効果が切れてきたのだろうか。激しいものではないが確実にジクジクと右腕から熱と痛みが伝わり始めている。

「変に悪くしちゃったら、それこそあとあと役立たずになっちゃう……かぁ」

小さな嘆息。痛みを感じ始めると心まで落ち込み始めてしまう。
シリスは考えを振り払うように首を振り、地図で確認していた診療所の場所を目指して歩き始めた。

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