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3章 農園カンパニー
第3話 鬼兄……弟?
しおりを挟む「ふう……」
ホールを抜け、バルコニーに出る。
秋を迎え、この暖かい王都でも夜となれば吹く風もひんやりと冷たい。
こっそり持ってきたグラスとオードブルを乗せたお皿を手摺に置いて、自然とため息が出た。
大きな窓から明かりが漏れるテラスでやっと一息つくと、次の曲が聞こえて来る。
手を取り合いホールへ出ていく人々の影。
賑やかな会場から離れたここは、休憩にちょうどいい。
今年は肩が大きく開いたドレスが流行ったからだろう、風が冷たくなったこの時間にバルコニーに出ている人はいない。
私はと言うと、首から手首までレースで覆われた、来春発表されるドレスを着て長いフリンジのストールを肩にかけているので、むしろホールは暑いくらいだった。
(さすがにこんな格好の人はいなかったけど、注目はばっちり浴びたわね)
華やかでボリュームのあるドレスの中で一際浮いているけれど、決して地味ではない私のドレス。
ドレスの流行に目敏い女性たちはこのレースが上質な物だと見抜き、扇子の向こうからこちらをじっと見つめていた。
私の領地では染料や生地が主産物だ。王都や近隣の街のテーラーでは高級品として取り扱われ、安定した収入を得ている。
領地で染料となる草花を育て、染料にして糸を染める。最近では紡績工場が建設され、街がとても活気づいてきた。
社交シーズンラストを飾る、五日間にも及ぶ晩餐会に出席したのも、流行に敏感な貴族たちに実物を見てもらい、販路を拡充するため。
そのために何着もドレスを作った。これらを見てもらうためにこの晩餐会にやって来たのだから、今夜のように人々の見せ物になるのは全く苦ではない。
お皿に乗せたピンチョスを一口齧ると、ふわりと燻製の香りが口に広がる。
「おいしい……」
一口食べれば途端にお腹が空く。
(もっと持ってくればよかったわ)
白ワインを一口飲むと、これもとても美味しい。
流石、王家主催の秋の晩餐会だ。
「……食べきってしまったわ」
「何かお持ちしましょうか?」
突然話しかけられ驚いて振り返ると、濃紺のマントに白い隊服、金の肩章の背の高い騎士がにこにこと人懐っこい笑顔でこちらを見ていた。
「失礼しました、驚かせるつもりはなかったのですが」
「こちらこそ、誰もいないものと思っていて……」
「お声を掛けるつもりはなかったのですが、その、とても美味しそうに食べていらしたので、つい」
いつから見られていたのかしら。
「どれもとても美味しかったわ」
「そうみたいですね。ワインはどうですか?」
「これも美味しいわ。どこの産地のものかしら」
「ではラベルを確かめてきますね」
「え」
「ついでに何か食べ物もお持ちします。ちょっと待っていてくださいね」
「え、あの騎士様、ま…っ」
騎士はふにゃりと人懐っこい笑顔を残すと、その場を離れホールへと戻って行った。
(確かにもう少し食べたかったけど、騎士に持ってこさせるなんて、誰かに見られたら怒られそうね)
騎士を待つ間に視線を庭へ向けると、夜の闇に浮かぶ黒い木々の向こうに、ぼんやりと明かりのついたガラスの屋根が見えた。
(コンサバトリーだわ)
明かりがついているということは中に入れるのかもしれない。
王城にあるコンサバトリーなんて見る機会もないだろうし、何を育てているのか凄く気になる。庭には所々明かりが灯されているし、暗さに目が慣れれば一人でも行けそうだ。
「お待たせしました」
キイ、と硝子扉の軋む音がして振り返ると、先ほどの騎士が片手にワインのボトルとグラス、片手にオードブルが沢山盛り付けられたお皿を持って現れた。
「ボトルごと?」
「ご自身の目でラベルを見たいかと思って」
照れくさそうに笑う騎士の手から、器用に持っていたグラスを慌てて受け取る。騎士は「ありがとうございます」と笑顔で礼を言うと、手摺に新しいお皿とカトラリー、ワインのボトルを置いた。お皿のオードブルはかなり多い。
「ありがとう、勤務中なのにお手を煩わせてしまったわ」
「いえ、ちょうど休憩時間なんです。先ほど同僚と交代したばかりで」
「ではよろしければご一緒にいかが? 残してはもったいないもの」
私がそう言うと、騎士は照れくさそうに笑みを浮かべた。なんだか反応が可愛らしくて微笑ましい。
「すみません実は、貴女が食べているのを見たら僕も食べたくなってしまって」
「初めからそのつもりでこの量なのね?」
「はい。すみません」
頬をポリポリと掻いて恥ずかしそうに視線を落として笑う騎士は、かなり若い。十八……、二十歳前くらいだろうか。
弟のような雰囲気だけど、それよりも何か違う雰囲気を感じる。
なんだっけ、何かに似ている気がする。
ホールを抜け、バルコニーに出る。
秋を迎え、この暖かい王都でも夜となれば吹く風もひんやりと冷たい。
こっそり持ってきたグラスとオードブルを乗せたお皿を手摺に置いて、自然とため息が出た。
大きな窓から明かりが漏れるテラスでやっと一息つくと、次の曲が聞こえて来る。
手を取り合いホールへ出ていく人々の影。
賑やかな会場から離れたここは、休憩にちょうどいい。
今年は肩が大きく開いたドレスが流行ったからだろう、風が冷たくなったこの時間にバルコニーに出ている人はいない。
私はと言うと、首から手首までレースで覆われた、来春発表されるドレスを着て長いフリンジのストールを肩にかけているので、むしろホールは暑いくらいだった。
(さすがにこんな格好の人はいなかったけど、注目はばっちり浴びたわね)
華やかでボリュームのあるドレスの中で一際浮いているけれど、決して地味ではない私のドレス。
ドレスの流行に目敏い女性たちはこのレースが上質な物だと見抜き、扇子の向こうからこちらをじっと見つめていた。
私の領地では染料や生地が主産物だ。王都や近隣の街のテーラーでは高級品として取り扱われ、安定した収入を得ている。
領地で染料となる草花を育て、染料にして糸を染める。最近では紡績工場が建設され、街がとても活気づいてきた。
社交シーズンラストを飾る、五日間にも及ぶ晩餐会に出席したのも、流行に敏感な貴族たちに実物を見てもらい、販路を拡充するため。
そのために何着もドレスを作った。これらを見てもらうためにこの晩餐会にやって来たのだから、今夜のように人々の見せ物になるのは全く苦ではない。
お皿に乗せたピンチョスを一口齧ると、ふわりと燻製の香りが口に広がる。
「おいしい……」
一口食べれば途端にお腹が空く。
(もっと持ってくればよかったわ)
白ワインを一口飲むと、これもとても美味しい。
流石、王家主催の秋の晩餐会だ。
「……食べきってしまったわ」
「何かお持ちしましょうか?」
突然話しかけられ驚いて振り返ると、濃紺のマントに白い隊服、金の肩章の背の高い騎士がにこにこと人懐っこい笑顔でこちらを見ていた。
「失礼しました、驚かせるつもりはなかったのですが」
「こちらこそ、誰もいないものと思っていて……」
「お声を掛けるつもりはなかったのですが、その、とても美味しそうに食べていらしたので、つい」
いつから見られていたのかしら。
「どれもとても美味しかったわ」
「そうみたいですね。ワインはどうですか?」
「これも美味しいわ。どこの産地のものかしら」
「ではラベルを確かめてきますね」
「え」
「ついでに何か食べ物もお持ちします。ちょっと待っていてくださいね」
「え、あの騎士様、ま…っ」
騎士はふにゃりと人懐っこい笑顔を残すと、その場を離れホールへと戻って行った。
(確かにもう少し食べたかったけど、騎士に持ってこさせるなんて、誰かに見られたら怒られそうね)
騎士を待つ間に視線を庭へ向けると、夜の闇に浮かぶ黒い木々の向こうに、ぼんやりと明かりのついたガラスの屋根が見えた。
(コンサバトリーだわ)
明かりがついているということは中に入れるのかもしれない。
王城にあるコンサバトリーなんて見る機会もないだろうし、何を育てているのか凄く気になる。庭には所々明かりが灯されているし、暗さに目が慣れれば一人でも行けそうだ。
「お待たせしました」
キイ、と硝子扉の軋む音がして振り返ると、先ほどの騎士が片手にワインのボトルとグラス、片手にオードブルが沢山盛り付けられたお皿を持って現れた。
「ボトルごと?」
「ご自身の目でラベルを見たいかと思って」
照れくさそうに笑う騎士の手から、器用に持っていたグラスを慌てて受け取る。騎士は「ありがとうございます」と笑顔で礼を言うと、手摺に新しいお皿とカトラリー、ワインのボトルを置いた。お皿のオードブルはかなり多い。
「ありがとう、勤務中なのにお手を煩わせてしまったわ」
「いえ、ちょうど休憩時間なんです。先ほど同僚と交代したばかりで」
「ではよろしければご一緒にいかが? 残してはもったいないもの」
私がそう言うと、騎士は照れくさそうに笑みを浮かべた。なんだか反応が可愛らしくて微笑ましい。
「すみません実は、貴女が食べているのを見たら僕も食べたくなってしまって」
「初めからそのつもりでこの量なのね?」
「はい。すみません」
頬をポリポリと掻いて恥ずかしそうに視線を落として笑う騎士は、かなり若い。十八……、二十歳前くらいだろうか。
弟のような雰囲気だけど、それよりも何か違う雰囲気を感じる。
なんだっけ、何かに似ている気がする。
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