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磨いた結果は自分次第です
4-9 経験の差
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「いやー、旨かったです。ご馳走様でした!」
翌日の昼。やって来た乗り合い馬車の定期便に乗り込む私達を見送りに来てくれたオバチャンに、ケント君がいつもの人畜無害な子犬の笑みを浮かべて握手をかわす。
「いつも食べなれた肉なのに、こんな味付けがあったのか! って新鮮な驚きがあって楽しかったです」
「いやいや、こちらこそ。あれだけの大群を掃除してくれた上にその肉の大半を譲って貰ったお陰でこの冬の食卓はいつになく余裕ができた。規定の料金しか用意できないのが心苦しいくらいだよ」
うん、村人総出でかかっても一日じゃ食べきれない量の肉は、現在進行形で村人によって保存食に加工されている。
あちらこちらで塩やら何やらで漬け込まれたり、煙で燻され燻製にされたりして、昨日とはまた違う匂いが挟んだ村中に漂っている。
「おい、兄さん。もう出すからそろそろ乗ってくれ!」
御者に急かされ、慌てて席に座るケント君。
「ありがとうね!」
手を振るオバチャンを背に馬車が動き出す。
「予想外に美味しい寄り道になったな」
本当なら街に着いてからのはずだったこの国での初仕事を終えた私達。
「……確かにお肉は美味しかったですけど、本当に美味しいところは全部ケントに持っていかれてしまいましたもの、悔しいですわ!」
マリーさんはちょっと拗ねてるけど……。
「……奴らが俺達みたいな農村民の天敵で、俺達の子供時分のご馳走なのはどこも似たようなもんだ。ただ俺にはケントみたいに自分で向かっていける能力は無かったからな。一日どころじゃ済まないアドバンテージがケントにはあった。俺達冒険者にとって経験値の差はでかい。決して軽視できないステータスだ」
それは、イマルさんに導かれながら日々痛感している事実だ。
「……分かってますわ! ――だから悔しいですもの」
うん。明らかに格上のイマルさん相手には当然と思える事も、自分と変わらないレベルだと思ってたケント君相手だと悔しくなるんだよね。
……まあ、分からなくはない。
私から見たら全員格上だからそんな気は起こらないけど。
「――単発依頼には必ず対人戦がある。……当分受ける気はないが、場合によっては強制依頼もありうる。マリー、お前の独壇場もいつかは必ずある」
イマルさんが、静かに諭す。
「……俺の田舎村には魔物はいくらでもいたが、ウチみたいな辺境村までわざわざ出張って来る賊連中も居なくてな。……対人戦は冒険者としてある程度名が売れ始めた頃初めて経験したんだ」
何でも出来るイマルさん。
……でも、そんな彼が苦い顔で笑う。
「冒険者になって、覚悟はしていた。……していたつもりだった。自警団の奴らが賊を殺める瞬間を目にしたことだってあった。――けどな、やっぱり魔物を殺すのと、賊とはいえ人間を殺すのとは何かが明確に違う。……上手く言えないけどな。慣れるのに、随分と苦労したんだ」
だから、と。
「俺は魔物使いだから、この手で直に人を殺める機会は少ない。――それでも、苦労したんだ。……だからケント、お前は特に覚悟しておけよ」
剣という、一番それを実感しやすい武器を扱う彼に忠告する。
「……けど、お嬢さんは違うだろう、マリー?」
「確かにそうですわね。無論第一が魔物相手なのは間違いありませんが、少なからず対人を意識した戦いの術も学んでおりました。――貴族ですから、一般的な賊相手ではなく他国の兵士や、謀反を企む自国の兵を想定した訓練を受けていますし……教官付きながら、対人戦経験もございます」
「それは、間違いなくマリーの強みだ。対人戦の初戦から平気な顔して人を殺せるヤツはろくなヤツじゃない。……その時は、大いにマリーの力を当てにさせて貰うさ」
「……その意見には同意いたしますわ。何しろこの目で実際に見てきましたもの。所詮どころか私含め慣れるまで片手の指では足りない回数の経験が必要でしたもの。……そうでなかった輩は野蛮な戦闘狂の様で見苦しいばかりでしたし、後に賊に身を堕とした輩も居たそうですわ」
マリーさんの言葉にケント君共々ごくりと息を飲んだ。
「そうですわね。対人戦にはまだ早いですもの。今回の悔しさはそのいつかにぶつける事にして納めましょう」
にっこり微笑むマリーさん。
……やっぱり私はこのパーティーの誰にも敵う気がしないよ……。
翌日の昼。やって来た乗り合い馬車の定期便に乗り込む私達を見送りに来てくれたオバチャンに、ケント君がいつもの人畜無害な子犬の笑みを浮かべて握手をかわす。
「いつも食べなれた肉なのに、こんな味付けがあったのか! って新鮮な驚きがあって楽しかったです」
「いやいや、こちらこそ。あれだけの大群を掃除してくれた上にその肉の大半を譲って貰ったお陰でこの冬の食卓はいつになく余裕ができた。規定の料金しか用意できないのが心苦しいくらいだよ」
うん、村人総出でかかっても一日じゃ食べきれない量の肉は、現在進行形で村人によって保存食に加工されている。
あちらこちらで塩やら何やらで漬け込まれたり、煙で燻され燻製にされたりして、昨日とはまた違う匂いが挟んだ村中に漂っている。
「おい、兄さん。もう出すからそろそろ乗ってくれ!」
御者に急かされ、慌てて席に座るケント君。
「ありがとうね!」
手を振るオバチャンを背に馬車が動き出す。
「予想外に美味しい寄り道になったな」
本当なら街に着いてからのはずだったこの国での初仕事を終えた私達。
「……確かにお肉は美味しかったですけど、本当に美味しいところは全部ケントに持っていかれてしまいましたもの、悔しいですわ!」
マリーさんはちょっと拗ねてるけど……。
「……奴らが俺達みたいな農村民の天敵で、俺達の子供時分のご馳走なのはどこも似たようなもんだ。ただ俺にはケントみたいに自分で向かっていける能力は無かったからな。一日どころじゃ済まないアドバンテージがケントにはあった。俺達冒険者にとって経験値の差はでかい。決して軽視できないステータスだ」
それは、イマルさんに導かれながら日々痛感している事実だ。
「……分かってますわ! ――だから悔しいですもの」
うん。明らかに格上のイマルさん相手には当然と思える事も、自分と変わらないレベルだと思ってたケント君相手だと悔しくなるんだよね。
……まあ、分からなくはない。
私から見たら全員格上だからそんな気は起こらないけど。
「――単発依頼には必ず対人戦がある。……当分受ける気はないが、場合によっては強制依頼もありうる。マリー、お前の独壇場もいつかは必ずある」
イマルさんが、静かに諭す。
「……俺の田舎村には魔物はいくらでもいたが、ウチみたいな辺境村までわざわざ出張って来る賊連中も居なくてな。……対人戦は冒険者としてある程度名が売れ始めた頃初めて経験したんだ」
何でも出来るイマルさん。
……でも、そんな彼が苦い顔で笑う。
「冒険者になって、覚悟はしていた。……していたつもりだった。自警団の奴らが賊を殺める瞬間を目にしたことだってあった。――けどな、やっぱり魔物を殺すのと、賊とはいえ人間を殺すのとは何かが明確に違う。……上手く言えないけどな。慣れるのに、随分と苦労したんだ」
だから、と。
「俺は魔物使いだから、この手で直に人を殺める機会は少ない。――それでも、苦労したんだ。……だからケント、お前は特に覚悟しておけよ」
剣という、一番それを実感しやすい武器を扱う彼に忠告する。
「……けど、お嬢さんは違うだろう、マリー?」
「確かにそうですわね。無論第一が魔物相手なのは間違いありませんが、少なからず対人を意識した戦いの術も学んでおりました。――貴族ですから、一般的な賊相手ではなく他国の兵士や、謀反を企む自国の兵を想定した訓練を受けていますし……教官付きながら、対人戦経験もございます」
「それは、間違いなくマリーの強みだ。対人戦の初戦から平気な顔して人を殺せるヤツはろくなヤツじゃない。……その時は、大いにマリーの力を当てにさせて貰うさ」
「……その意見には同意いたしますわ。何しろこの目で実際に見てきましたもの。所詮どころか私含め慣れるまで片手の指では足りない回数の経験が必要でしたもの。……そうでなかった輩は野蛮な戦闘狂の様で見苦しいばかりでしたし、後に賊に身を堕とした輩も居たそうですわ」
マリーさんの言葉にケント君共々ごくりと息を飲んだ。
「そうですわね。対人戦にはまだ早いですもの。今回の悔しさはそのいつかにぶつける事にして納めましょう」
にっこり微笑むマリーさん。
……やっぱり私はこのパーティーの誰にも敵う気がしないよ……。
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