上 下
35 / 65
第一章 緋川兄弟の秘密

弐話 緋川兄妹

しおりを挟む
    「え、ええ!?」
    山の中の川だ。まだ幅も狭くそんなに深くはない……とは言え蒼月さんの腰の下位まで水に隠れている。高低差も激しく流れも早い。
    ちょっと山歩きに慣れてきたばかりの私に出来るのか? 
    「陽彰ちゃん、捕まって!」
    だけど、華乃さんが私の手を取って川の中へと走る。……気を抜くと流れに足を掬われそうになるけど、その度に華乃さんが支えてくれて、何とか対岸にたどり着いた。
    近くの木陰に寝かせた緋川兄妹に、蒼月さんは濡らしたタオルを額に当てた。
    そして――。
    小刀を手にしたと思ったら、おもむろに両手の親指の腹を切って血を出し、それを兄妹の口の中に突っ込んだ。
    だけど、いつの間にか意識も朦朧としているらしい兄妹は、揃ってハッとして必死にその指にしゃぶりついた。
    ……その指を伝う赤い甘露を求めて。
   そして、それを喉に通し胃に納めてしばし。顔色が元に戻り、意識も戻った。
    ほっとする蒼月は、
   「まだちっと身体はキツいかもしれんが、もう少し頑張ってくれ。この場を少しでも離れたい」
    川を渡って多少臭いを誤魔化したけど、あくまで取り敢えずの応急処置でしかない。
   「……ああ」
    草治さんはちらりと私の顔を見て目を逸らし、優菜ちゃんはカタカタとこの暑い中で小刻みに身体を震わせていた。
    だけど、話す間も惜しいと皆が歩き出すから、私もそれに従い早足について行く。そして、珍しく暗くなり始める前に小屋へと到着した。
    「……ここまで来ればいいだろう」
    小屋に入るなり、ぐったりと座り込んでしまった草治さん。逆に急いで中へと入り、奥の角で蹲ってしまった優菜ちゃん。
    「ほら、飲め」
     蒼月さんは袖を捲り上げて腕を草治さんに突き出した。
    「もう、表に出る元気もねぇだろ?」
    それを見て顔をしかめた草治さんに蒼月さんは言った。
    「いい加減、誤魔化すのも面倒だ。ばらしちまえよ。……つーかさっきの時点で何となく察してはいそうだけどな」
     ……まあ、そうだけど。
    だって……ねぇ?    さっき明らかに二人とも血を飲んでたし。つまり……。
    「――だな。はぁ、あー、つまり俺達兄妹は吸血鬼な訳だが……」
    その草治さんの言葉に、ひっと優菜ちゃんが息を飲む音が聞こえた。
    「まぁ、魔属の中でも人の血を飲むからな、嫌われやすい種族なのさ」
    はぁ、とため息を一つ吐いて、草治さんは差し出された蒼月さんの腕に噛みついた。
    一口、二口、三口。傷口に吸い付き血を飲み下すと、彼の腕を解放した。……不思議な事に噛まれた傷は見る間に治癒していく。
    「いつも済まないな」
    「ま、俺の実家は確かにお前の家に代々仕える家柄だがな、お互い家を捨てた身だろう。俺はお前のダチだから、好きでついて来てるんだから気にすんな!」
    蒼月さんは明るく笑い飛ばす。
    だけど――
    「優菜……」
    優菜ちゃんは震えて踞ったまま動かなくなってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R18】鬼華

蒼琉璃
恋愛
ひらひらと舞う僕の美しい蝶々。 壊れたお前はなんて美しいんだろう。 ああ、これが愛してるって事か。 永遠に僕の側で愛らしく鳴いていて欲しい。 お前を奪いに来るやつは誰であろうと許さない――――。 月に叢雲、花に風。のスピンオフ作品です。 本編とは別のパラレルワールドと思っていただけると幸いです。 鬼蝶×若菜のメリーバッドエンドからのストーリーで、若干のネタバレを含みますが個別でも楽しめるようになっています。 ヤンデレ鬼蝶に捕らわれ、溺愛される壊れたヒロイン。 幼女退行していますが、二人の愛の形です。 ※四話〜五話ほどで完結します。ラストまで執筆していますが描き下ろしも加える予定なので話数は増えるかも知れません。 ※残酷な描写、流血などもあります。 ※Illustrator Suico様

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...