上 下
76 / 370
雌伏の時

切り札の正体は

しおりを挟む
    あの日。
    私がお祖父様達に渡し、そこから各ギルド長へ流れていったそれの情報は。

    ただの冷蔵庫や冷暖房であれだけ稼げたのだからと作った物。
    それは――
    ――ではなく携帯だ。

    あくまで電話機能だけで、メールもナシ、スカイプみたいなテレビ電話的なものもナシ。
    筐体は、二つ折りガラケーを参考にした形状で、全てにシリアルコードを振ってある。
    これと神眼石とを紐付けることで個を確立している。
    ……通信機能としては電話だけながら、電話帳機能はつけているから、互いの端末を登録すれば、其の相手と会話が出来る。同時に複数人とつないで電話会議が可能。

    これまで最速とされていた通信手段が早馬か、鳩や鷹を使ってのものだったのだから、彼らにとっては青天の霹靂。
    それに、今回の事で私を調べたならば、私がルクスドにも伝があると知ったはず。
    これだけ美味しい案件を続けて他所に持ち込まれては堪らない――と言うかもう喉から手が出る程欲しい物を前にして、彼らが見過ごす訳がない。

    ――からこそ。
    「その商品、どうか我がギルドにお預け下さい!」
    「いやいや、その術式情報を是非我がギルドに登録して下られ!」
    「アンリや、お祖父様は鼻が高いぞ。しかし、あまりに忙しくしては遊ぶ時間も無くなろう?    術式の仕掛けはアンリでなければ出来ないだろうが、外の箱なら作れる職人は居るだろう。彼らに任せる気はないか?」
    対してお父様は彼らが何に対してそんなに興奮しているのか分からず困惑していたけど、流石にそこは大商会の会頭。
    「皆さん、一先ずお茶でも飲んで落ち着いてお話し合いを致しましょう」
    秘書に茶の支度を頼む。
    ……マナーとして、目の前に出されたお茶に口を付けない訳にはいかないおっさんたちは必然的に一時口を封じられて黙る。
    「どうしてもアンリと話す必要があると皆様が口を揃えて仰るのでこの度場をもうけましたが、アンリはこの通り、先月五歳になったばかりの子供です。まだ成人にも遠い、学生ですらない娘の保護者である私にも分かるようお話しいただけませんか」
    その隙にぎっちり釘を刺したお父様が営業スマイルを浮かべる。
    「娘は、子爵様のご子息への嫁入りが決まっている身。何かあれば大事になるのは皆様ならよくお分かりいただけますでしょう?」
    「だがな、これはその話をいずれアンリが自力ではねのける可能性を秘めておる。――頭では仕方のない事と思いながらも、アンリの事を思えばとても祝福など出来ん。……アンリには幸せになって欲しい」
    お祖父様が、コツンとをテーブルに出して置いた。
    「これは、私とユリスの旦那に譲られた物で、片方はユリスの旦那に借りて来た物だ。――奴はこれ見て目の色を変えとったぞ。食い物以外でユリスの旦那のあんな顔を見たのは初めてだったよ」
    「……ええ、それについては私も同感でございます」
    お祖父様に商業ギルドのギルマスが頭痛を堪える仕草をしつつ同意した。
    「これはカーライル商会で売るのか、商業ギルドで売るのかすごい剣幕で尋ねられました」
    「……これはアンリ殿が開発されたもので、出来れば先の冷蔵庫と冷暖房用の魔道具と一緒にギルドで販売管理をしたいと思っていましてね、今日はその交渉に参ったのです。……ここで交渉をしくじりルクスド支部に持っていかれれば、私は降格処分、我が支部はシレイド国内での評価が下がり、予算も減らされるでしょうね。……ちなみにルクスド支部は元々大陸規模でも評価が高く、ギルマスの給料も破格と噂ですが――ゲフン、ここのところ最早他の追随を許さず一人勝ちを極めており、隣国の評価ごと上がっています」
    「こちらもですぞ!    その商品に使われた術式は全てルクスド支部に提出されたもの。ここで使うには使用料が余分にかかる!    しかもお金をかけてそれを使おうにも術式が難解過ぎて、真似が出来ない代物で。我が支部にてそれの術式の登録をしていただければ、評価はグンと上がること間違いナシにございます!」
    「この二人にこれだけ言わせるだけの才がアンリにはある。むざむざ貴族にやって駄目にされちまうには惜しい人材だ。……もしも他のお貴族様にもそう思わせる事が出来れば――」
    「いやいやいやいや、この孫バカはまだ真価が分かっていない!    これだから職人ギルドの脳筋は!    良いですか、これもとんでもない魔道具ですが、既に売り出されている二つの魔道具が今、どこの支部にも納品されなくなったら、世界中のお貴族様含めた金持ち連中が怒り狂いますよ!    その原因がウチの国と知れれば、お貴族様と言えど貧乏子爵家ごとき、もっと上の爵位を持つお貴族様に跡形もなく吹き飛ばされますッ!」
    「の、脳筋とはなんだッ!」
    「だから。最低でも彼女の行動の自由、もしくは身柄の保護をお願いしたくて参ったのですよ」
    ……あちらも年期の入った営業スマイルを浮かべる。
    ――さあ、狐と狸、その他応援団との交渉が始まる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

処理中です...