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吸血鬼と一緒に。

トラブル発生

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    つんと、鼻を刺激するのは鉄錆びに似た血の匂い。
    轟音の正体はレイフレッドが暴れたかららしく、握った拳から血が滴っているけれど、それだけにしてはやけに血の匂いが濃すぎる。

    何より―― 

    「レイフレッド……?」
    揺らぐ赤い瞳が不安定に揺らぎ、私の姿を捉えていない様に見える。
    ゴブリンの群れに対し戦っても大して息も切らしていなかったレイフレッドが肩で息をして、額に脂汗を浮かべているなんて尋常じゃない。

    状況的にまずい状態だ。早く血を吸わせるべき状況だけど、正気を失った彼に吸血を許す危険を彼自身に警告されている。
    安易な判断もまずい事は身を以て思い知らされている。

    「貴方達!    一体彼に何をしたの!」
    バスルームの方からわらわらと出てきた男性の使用人達に問いただす。
    「いや、何も……」
    「着替えを済ませて入浴をしたいと言うので風呂の支度を……」
    「支度をする間に貴女を訪ねると言うので用件を聞いたらだと言うのでこちらで準備を……」

    「……ねえ、貴方達に聞きたいんだけど。一度決めたパートナー以外の血を飲んだら、吸血鬼ってどうなるの?」
    「それは……身体が拒絶反応を起こして理性が飛んで……暴れ――」
    「まさか……」

    騒ぎを聞き付けてか、遠くから金属のふれ合う高い音と重たい足音が幾つも重なって聞こえてくる。……ああ、ややこしい事にならないといいなぁ。

    「その場合の対処法は!」
    「パートナーの血を……特別力の強い心臓を流れる血を飲めば治まりますが……」
    は!?    心臓の血ってどうやって飲ませればいいの!?
    「……これまで成功例が無く、討伐されるのが常で――」
    ふざけるな、と叫びたくなったタイミングで衛兵が到着。こちらに槍の穂先を向けて取り囲む。
    「貴様ら王城で何をしている!」
    ああ、もううるさいうるさい!    こっちはそれどころじゃないっつの。
    あまりにイラッとした私は、その場で空間を開き、レイフレッドを突き飛ばすように放り込み、自分も中へと逃げ込み入り口を閉ざす。
    瞬間、レイフレッドが挙げる唸り声以外の音が全て遮断されしんと静まり返る。

    けど、休んでいる暇はない。
    「フロス!」
    空間にフロスを喚び出す。
    「意図でレイフレッドを拘束しなさい!」
    暴れる彼の動きを封じ、寝室へ運び込んで寝台にくくりつける。
    拘束から逃れようと暴れても、フロスの糸はギリギリで耐えている。この様子では長くは保たないだろう。
    「で、心臓の血なんてどう飲ませれば……」

    心臓なんて生物の最たる急所の一つだ。……いつもの吸血で牙を立てられた痕が残らないからといっても、場所が心臓では牙を立てられた時点で大丈夫なのか分からないし、すぐに正気に戻ってくれないとまずい。
    「心臓を傷付けずに血を採って飲ませる……なんて方法は……」
    無い、からこそあいつらから「討伐」なんて言葉が出たんだろう。――でも、絶対に諦めたくない。
    「何か……何か方法は……」
    少なくとも専門知識も乏しい前世の医療技術で心臓を弄るなら専門の医者と相応の機器が無ければ無理で――この世界でそれを望むのは不可能。

    ……なら。

    「魔法で……何とか……」
    血は血と言うくらいなんだし水魔法で何とかならないかしら?
    ……実験用の動物でも居れば良かったけど、生憎と用意はなく。
    「……生体実験の前にまずは水の転移魔法を試してみるか」

    ガラスのコップを二つ用意し、片方にだけ水を注ぐ。
    「単にこれを口から口へ移すだけなら簡単なのよね。――水よ動け、今在る場を離れ隣のグラスへ移れ」
    命じれば、水が見えないチューブを伝う様に動きだし、逆U字を描いて隣のグラスへ注がれていく。
    「でも、これじゃあ使えない」
    これでは単なる移動で、出口と入り口があるから可能な事。

    試しに指先をちょっと切って血を出し、命じる。
    「水よ、我が身を流れる血液よ、器を満たせ」
    錬金に使う試験管を示せばフッと一瞬体全体の血圧が上がり、その圧を受けるように傷から血がホースに空いた穴から吹き出る水のように噴出した後、綺麗な放物線を描いて試験管に収まった。
    ……うん、水魔法で血は操れる。

    ――本当に私の心臓の血でないといけないのか、試しにそれを飲ませようと思い試験管を彼の口許に寄せてみるけど、暴れる彼は大人しく飲んでくれるとも思えず。
    私はほんの一瞬の躊躇いを振り払い、試験管の中身を自分の口に流し込んだ。
    生臭い鉄錆びの味に涙目になりながら彼の鼻を摘まんで口を開けさせて、口移しにそれを飲み込ませる。
    ごくんと確実に飲み下したのを確認してからゆっくり触れていた唇を離し――
    「お……お嬢……様?」
    レイフレッドの声が、鼓膜を擽った。

    
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