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私の攻略対象は。

無知の代償は高くつく。

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    「……人間と魔族では寿命が違う。が、人間と違って魔族と一纏めに呼ばれる者達の間にも、種族によって寿命は大きく異なる」

    魔族の中で最長命は悪魔族で、ほぼ寿命と言うものが存在せず、老化もしない不老不死に限りなく近い種族で、怪我や病以外では死なない代わりに滅多に子供が生まれない。次点のエルフですら数千年で寿命を迎えるのだからその差は圧倒的だ。

    「吸血鬼に千年以上生きる者はほぼ居ない。連中に比べりゃ短命だが、五百年も生きられない種族の方が圧倒的に多い」
    そんな中で、平均寿命が吸血鬼より短い種族をパートナーに選んだら寿命が縮まるのか?

    「――逆だ。契約で与える加護は、パートナーの老化速度にも影響を与え、吸血鬼の寿命に近づける。……ただし、途中で吸血鬼の側が死んだ場合はその時点で加護はなくなり、そこからは通常の速度で老化が進む」
    あくまで基本は元の種族のままだから、寿命以外に特別な力を得るとかは無い。

    ……先日レイフレッドが使ったあの術はまさに、そんなパートナーを守るために備わった能力だった。

    「吸血鬼と親交のある種族はそれらの事情を承知している。だから、自分さえ納得できるなら契約を結ぶし、結んだ結果困った事には普通はならない。……ごく一部、つまらない妬み嫉みといった仕事や恋愛でも起こりうるありふれたトラブルを除けば、だが……」

    私も知らなかった事情をあの国の人が知っているとは思えない。
    「100年越えて生きる者が圧倒的に少ない地で数百年の時を生き続けるのは辛かろう」
    種族的には人間のままと言っても受け入れて貰えるとは思えない。
    「私の国に来ればそういった偏見は心配しなくて良くなるが、そこは魔族の国で、人間は圧倒的弱者になる。……魔族にもチンピラや賊は居るからね。それに結婚も、魔族から選ぶしかない」
    魔族の国に来れる奇特な人間が仮に居たとしても、加護は結婚相手や子供にまでは及ばない。夫は勿論子や孫まで看取らなければならなくなる。

    「そしてレイフレッド、それだけの覚悟をしてお嬢様が契約を飲んでくれたなら、お前はいずれ出来るだろう妻や子よりも優先して彼女を守る義務を負うんだ」

    ……それは。他の吸血鬼の子と同じ様に選べていたら、背負わなくて良かったはずの重荷。
    私が嫌と言ってしまえばレイフレッドの命は無い。
    本当にレイフレッドの生殺与奪権を私が握ってしまっている。未来の選択肢すらも。

    だらだらと嫌な汗が吹き出してくる。こんな重荷、前世でも負った事はない。
    大学受験に失敗して浪人しても、自分と、せいぜい余計に金を払う親が困る位なのに、私はかなりのプレッシャーを感じていたけど。
    これは、そんなの比じゃない。

    「これで説明は一通り済んだ。質問は随時受け付けるし、相談に乗るくらいはしてやる。だが、結局はお前達二人で決めることだ。冷たいようだが、先にも言った通りに吸血鬼なら誰もが経験する通過儀礼で、大人はそれ以上の手助けはしないんだ」

    「……一つ、聞きたい。お嬢様に今のまま――契約無しに血を貰い続けた場合に、僕が半人前だの言われる以外の問題はあるか?」

    「……半人前のままではウチの国では働けないし結婚も出来ない。お嬢様の血が得られなければ死ぬ。……吸血鬼同士ならパートナーの存在への理解があるが、他種族――特に人間には理解されまい。お前が付いている以上、お嬢様も結婚とか色々支障があるだろう」
    「……他は?    肉体的な障害があったりはしないか?    ……特にお嬢様の側に」
    「パートナーを得るのに失敗した奴はウチの国では血を得るのに難儀して餓え狂い、同族に始末されるものでね。……吸血鬼の側の事は分からん。が、パートナーにしたって寿命以外に変わりは無いんだから、お嬢様側にはお前がやり過ぎない限りは問題はない。……ああ、パートナーを決めるとな、例え餓え狂った状態でもパートナーの命に差し障る量の吸血は出来なくなるのさ」

    「……レイフレッド?」
    「お嬢様、謝らないで下さい」
    混乱極まって、意思とは関係なく流れる涙をレイフレッドが拭ってくれる。……私に泣く資格なんか無いのに。レイフレッドを屋敷に迎えた時にお父様に叱られたのに、また同じ過ちを――それも今度は取り返しのつかない失敗をしたのは私なのに。私はただの子供じゃない、頭の中身は大人なんだからやらかした責任くらい取るのが当然なんだから。ただ泣いて謝るばかりで責任も取れない大人がどれだけみっともないか、前世のニュースで見た謝罪会見で知ってるはずなのに。

    本当にまだたったの八歳でとんだ重荷を背負わされ命と将来を他人に握られたレイフレッドに気遣われている。

    もう情けなさと自己嫌悪だけで死ねそうだけど、今私が死んだらレイフレッドまで道連れ。……それくらいなら一人地獄巡りに志願する方がまだ良い。

    「……お嬢様と出会う前、僕は餓え狂う寸前の状態でした。まだ大丈夫と自分を誤魔化し強がってはいましたが、お嬢様に拾われなければ奴隷落ちする前にあの院の誰かを襲って捕らえられ殺されていた。今僕が正気のまま生きていられるのは色々と規格外なお嬢様が居てくれたからです」
    だから、と。レイフレッドは微笑んだ。
    「僕に躊躇いなく血をくれたお嬢様が居たから餓えずに済んだ。……最近こそ良くしてくれる人も増えたけど、僕が吸血鬼だと知っても『血が欲しい』と言っても怯えなかったのはお嬢様だけでしたから」

    これは、必然だったのだと。

    「お嬢様が居なければとうに潰えていた命です。僕は、お嬢様がどんな結論を出したとしても、それに従います」
    例え今この場で雇用契約を打ちきり放り出されてもそれに従うと。

    「そんなっ、放り出すなんてできるわけ無いじゃない!    私はレイフレッドが居なきゃ困るんだから、血くらいいつでもあげるしっ、むしろ私こそ余計な重荷ばっかり増やして――っ」
    バカみたいに叫ぶ私の口をレイフレッドの人差し指が塞ぐ。
    「……僕はいつか同族の国へ行くのが夢でした。そこなら気楽に過ごせると思っていたから。冒険者でもして稼いで、気心知れた仲間と騒いで笑えればそれで良いと。……結婚だの何だのとそれ以上の事を考えた事なんて無かったんです」
    いやいやそりゃそうでしょ、サッカー選手になりたいとか夢みたいな事を言っても微笑ましく思われる歳だもの、女の子が漠然と「お嫁さんになりたい」と思うことはあっても具体的な想像までする小学生男子なんて存在するの!?

    「……そんな僕でお嬢様の人生の責任を負えるのか、僕には分かりません。ですが――」
    レイフレッドの指が静かに離れ。
    「まだお側に居る事を許して貰えるなら、どうか僕にお嬢様を守らせて下さい」
    レイフレッドは席を立ち、私の前に跪く。
    「あんな男がお嬢様の婚約者を名乗るなど――あんな男にお嬢様が貶められるなど、不愉快でなりません。お嬢様がお望みの婚約破棄、僕に手伝わせて貰えませんか?」

    それは。拙いながらもまるで騎士の誓いの様で。

    散々HPを削られた所に効果抜群の攻撃を急所に入れられた私は、不甲斐なくもノックアウトさせられ意識を飛ばしてしまったのだった……。

    うああああ、こんなダメな大人でホントごめんなさいぃぃぃぃ!
    
    
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