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私の攻略対象は。

必殺雲隠れの術()

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    「お嬢様、見えましたよ」

    家でよく使う二人乗り馬車でも、お祖父様がよく使う荷馬車でもない、幌付の馬車の御者席からウチの馬丁が声をあげた。

    ――ここまで来るのに一週間。
    きちんと整備された街道を、宿場町から宿場町まできちんとペース配分してくれたお陰で野宿は一度もしていない。
    馬車は四人と荷物を乗せてもまだ余裕がある大きなものに私とレイフレッド、御者席のライルだけ。私とレイフレッドの荷物の大半は私のアイテムボックスとスキルの空間の中。
    だからスペースには相当の余裕があった。

    それでもサスペンションの無い馬車に丸一日というのを一週間続けるのは骨が折れた。……正直比喩で無しに骨盤や尾てい骨がどうにかなるんじゃと思いたくなる程度には尻が痛んだ。

    ――まあ、それは今は置いとこう。
    何故に私達が突然馬車の旅に出かける事になったのかと言えば。

    「アンリ、しばらく家を離れなさい」
    と、お父様に言われたから。

    曰く、
    「今日は何とかお引き取りいただいたけれど、これで引き下がるとは思えない」
    と。――無論婚約者様ご一行への懸念だ。それについては私も激しく同感。
    勿論お父様も戦うつもりはあるけれど、相手が理不尽の塊となれば懸念材料は少ない方が良い。

    いくらお貴族様でも子爵様程度では簡単には手を出せない場所として、隣国の辺境伯領まではるばる旅して来た、と言う訳だ。

    この国は北東の国境を獣人族の国と、南東の国境を魔族の国と接している。
    そのため彼らとの交易も盛んで、人間の国としては珍しく異種族への忌避感が薄い。
    そして、私達の国と国境を接するこの西の辺境伯領には、魔族や獣人族の知識や技術を学び生かす事に貪欲な者達が集う街がある。

    職人と学者が集い、交易も盛んな元城塞都市「ルクスド」。
    奴等の頭が冷えるまでの間しばらくこの街で過ごすのだ。

    「うわー、話には聞いてたけど……聞いてた以上に壮観だわ」
    ライルの声に幌を退けて見れば確かに街の様子が一望できる。

    元城塞都市に相応しい、高くて頑丈な城壁が正円を描いてぐるりと街を囲い、その外周をきっちり一周水堀と空堀が二重に囲う。その空堀の更に外側も簡易な柵が巡らされる。
    唯一の出入口は、内側の頑強な門から渡される跳ね橋だけ。
    その跳ね橋を渡るにも簡易門を通る必要がある。

    城塞として使われなくなって久しいけれど、それらは貴重な知識と技術、それらを持つ人材を守る為に、相応しくない者を拒む砦として役立っている。
    故に門前にはチェックを受けるのを待つ人で長蛇の列が出来ていた。

    「これはもはや別世界ですね……」

    フランスのモンサンミッシェルの様に、小山の外周に所狭しと建物が密集している。
    その多くが円柱の棟に円錐形の屋根を乗せた物の連なりで、まるでノイシュヴァンダイン城の進化形の様。

    けれど、あの表に見えている建物は、てっぺんの城の他は全てが住居用の物ではなく、工房や研究室なのだと言う。
    あの街の住居はあの小山を掘り進め、カッパドキアの洞窟ホテルに近い形になっているらしい。

    だけど、この街で何より特徴的なのが。
    「あれがロープウェイという物ですか。本当に言葉通りあのようなロープで道を作るとは……この目で見てもまだ信じられません。――成る程、世界は広いのですね。まさかお嬢様のような規格外が他にも居たとは」
    「失礼ね!」

    でも、ロープウェイの他にもモノレールの様な乗り物も見える。
    確かにこの世界では技術の最先端を行く都市で、ここに来るまで牧歌的な農村や中世ヨーロッパ的な宿場町を見てきた後では異様に映るのも仕方ないよね。ここだけ近代的過ぎるもん。
    ……この調子ならスプリング付馬車位当たり前にありそう。
    どんどん知識や技術によるチートルートが潰されてくなぁ……。

    「お嬢様、まだ当分かかりそうですし、何か食べますか?」
    うん。商人さん達良い仕事してますよね。
    長旅で疲れた所に長い待ち時間。その最中にずぅっとこんな食欲をそそる良い匂いを嗅がされ続けたらお腹が空いてくるのは必定で。
    空腹のままこの匂いを嗅ぎ続けるなんて拷問に等しいよ?

    当然皆ふらふらと屋台に吸い寄せられていく。 
    肉を焼いた串、パンに挟んだ腸詰め、粉もん各種にクレープに飴細工、他にも沢山、辛いものから甘いものまで網羅しているから、それぞれ好みのものを買って自分の馬車で食べている。
    匂いまでは何とか我慢できても、人が食べているのを横目に我慢するってどんな精神修行か。

    「そうね、折角だから見に行きましょうか。」
    ライルに留守番を任せて車を降りる。

    広場に円陣を組むように並ぶ屋台は全て移動式の車を改造した物。この辺りは夜になると獣や魔物も出るそうだから、夜には彼らも安全な塀の中の街へ戻る。
 
   「レイフレッドも串焼き肉は食べるでしょ?」
   「はい、好物ですから。ですがパンか米か主食系も欲しいですね」
   「明らかに屋台広場より種類も豊富だもんね。目移りしちゃって私も一つには絞りきれないし。ここはおかず一品、主食一品、デザート一品の一人三品で手を打たない?」
   「いいですね」

    と言う訳で。
    私はハンバーガータイプのBLTサンドとフライドチキンにドーナツを。
    レイフレッドは肉巻きお握りとオーク豚のポークソテー。串焼き肉はデザートと言い張った。……そこまで必死に言い訳にしなくても屋台の軽食の支払いくらいで文句言わんて。

    買い物を終え、ライルと留守番を代わった私達は早速食事にかぶりついた。

    「何コレ美味しい!」
    「……これまで食べてた串焼き肉は何だったんだ」
     どれもこれも、明らかに屋台広場の屋台料理よりレベルが高い。
    「素材の質が違うし、調味料やスパイスの使い方も良く研究してある。……ルクスドの実力を街に入る前から見せ付けられたわね」
    「ええ、是非とも多くを学んで帰りたいですね」

    そうして門での検問を通り、お父様が用意して下さった下宿先に到着した頃には既に日は落ちていた。

    「ようこそルクスドへ。私はこの下宿屋の女主人、マーサだ」
    「よろしくお願いします。私がアンリ=カーライル、彼はレイフレッド。後ろに居るのは馬丁のライルですが、彼は今晩は別に宿をとり明日には戻る予定です」
    「よろしく、とは言えウチは基本緩くてね。特に門限もないし部屋の掃除は勿論食事も各個人の自己責任。私はあくまで建物全体の管理者だから、設備の故障には対応するけど他は構わないならそのつもりでね」

    言われて案内されたのはやはり洞窟を繰り抜いて作られた部屋。
    私とレイフレッドは二人でこの一部屋を使う。
    一部屋とは言うが、個室二部屋にダイニングキッチンとトイレに風呂も完備されたちょっとした家族用アパートみたいな部屋。

    壁は岩肌がむき出しだが、レイフレッドはそのテイストをやけに気に入ったらしく、いつになく楽しそう。
    まあ何と言うか、秘密基地みたいな雰囲気があるんだよね。十五少年漂流記に出て来るフレンチ・デンみたいな。
    男の子はそりゃあこういうの好きだよね。

    「レイフレッド、本格的に荷物を解くのは明日にて、今日はもうを済ませたら休まない?」
    因みに夕食は街に入った後でライルと一緒に食事処で済ませている。
    私は部屋に備え付けのダイニングテーブルの椅子に腰かける。
    「……明日は部屋の片付け以外特に予定もないし、多目に吸って良いわ。――まだ、回復しきっていないのでしょう?」

    レイフレッドがあの日、私を助けるのに使った術。
    そもそも裏方仕事をしていたはずのレイフレッドがどうしてその場に居たお父様達より早く助けに入れたのか。

    その前日にレイフレッドから渡されたブレスレットの石が、実は彼の血を介した吸血鬼特有の術を仕込んだ物だった、と。
    私のピンチに呼応してレイフレッドが闇魔法の一つ「影移動」の目印の役割をするらしい。
    これに大量の魔力を使った上に私を助けるのに更に重ねて魔法を使った。
    いくら魔族とはいえまだまだ未熟なレイフレッドの身には過剰な負荷。

    「ですが、あの日の前日にも多目に頂きましたし、当日は一時的な飢餓状態になってもっと沢山吸ってしまって……。だから、日常生活に支障無い程度には回復しているのを、お嬢様はご存知のはずです」
    ……うん、あの日のレイフレッドは出会って最初に血をあげた時以上に必死だったからね。
    私も助けられた直後だったし、彼が満足するまで吸わせてあげたら流石に貧血気味になって軽く目眩がした。

    けど、別に後悔はしていない。むしろ正気に戻ったレイフレッドの方がおろおろしてて可愛くて、私にとってはご褒美同然だったし。
    「レイフレッド、この街には獣人も魔族も居るわ。ここには『吸血鬼だから』というだけで忌避する人間はほぼ居ない。そんな中を私が弱ったあなたをつれ歩いたら私は彼らにどういう目で見られるのかしら?」
    せっかく魔族も獣人も居る世界に生まれたんだから、彼らとは良いお付き合いをしたい。

    「レイフレッド、つべこべ言わずにさっさと回復なさい」
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