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序章

旅立ち

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    「……はぁ、お嬢様。本当に行かれるおつもりなのですか?」

    もはや諦めきった呆れの色を称えた濃いめの紅茶色の瞳をこちらへ向け、溜息混じりの台詞をそれでも往生際悪く口にするのは、私付きのメイドのルフナ。
    私よりちょうど十歳年上の十七歳なんだけど、顔は童顔な癖に頭が固いというか、考えや感覚が古臭い傾向にある。
    瞳と同じ、赤み混じりの茶髪をきっちりまとめ上げ、メイドのお仕着せも隙無くかっちり着こなしている。

    そんな彼女に「お嬢様」と呼ばれる私は別に貴族のお姫様なんかじゃない。
    確かに私はこの国では名の通った商家の娘で、ごく一般的な生活水準からすればかなり裕福な暮らしをさせて貰っているけれど、身分的には平民。
    食料品から日用雑貨まで、幅広く取り扱う商店――日本で言うならスーパーやデパートの様な業態の店舗をチェーン展開するカーライル商会の会長を務めるお父様の一人娘、アンリ。

    私ことアンリ=カーライルは、前世の記憶を持つ転生者だ。

    今でこそ綺麗な銀髪にシルバーの瞳に白い肌と欧州系人種の様な色味と、年相応より大人っぽく見える美女タイプの顔立ちを持つ私。
    だけど前世の私は、染めた事も無い黒髪に、清潔に保つ以上の手入れを全くしていない、目立たないタイプの人間だった。
    成績だって基本可もなく不可もなく。
    ただ運動神経だけは最悪で、体育の成績だけは常に最下位、アウトドア系の趣味は尽く壊滅的。
    代わりにインドア系の趣味は得意分野で、料理・手芸・ピアノ・小説書き等、放課後や休日の時間の大半はそれらに費やした。
    ハンドクラフトで作った作品はネットショップに出品して小遣い稼ぎに。
    小説はネットにアップしてお気に入り件数が増えるのを見てニマニマしたり。
    もちろんラノベを読んだり、ゲームをするのだって大好きだった。

    なのに、高校の学校主催の卒業旅行でスキー教室に強制参加させられた挙げ句に雪崩に巻き込まれ、気付いたら、アンリ=カーライルとして生まれ変わっていた。

    そう、前世でプレイした乙女ゲームの中のいちタイトル、「目指せ勝ち組!~君と歩む花道~」の、いち 悪役令嬢アンリ=カーライルとして!

    今日この日の旅立ちは、悪役令嬢アンリとしての運命から脱却するための第一歩なのだから、いくらルフナが渋い表情かおをしようと取り止める訳にはいかない。

    「……はぁ、……ではくれぐれもお嬢様の事をお願いしますよ、レイフレッド。お嬢様に万が一の事があれば商会ごとカーライル家は潰されます。くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も、よろしくお願いしますね、レイフレッド」
    ルフナが、この旅に同行するアンリの従者にしつこく念押しする。
    漆黒の髪にくれないの瞳、私より尚白い肌色をした少年は、うんざり顔のまま無言でただただ首肯を繰り返す。
    「もう、そういう話は昨夜ゆうべの内に嫌って程したじゃない。いい加減出発するわよ、ほら、レイフレッドも早く乗った乗った!」
    アンリが手綱を握れば車輪がゆっくり回りだし、レイフレッドが慌てて車体にしがみつき、ひょいと車内に身体を押し込んだ。
    「行ってきま~す!」
     ひらひら手を振る私を見送るのはルフナ一人。

    ほんの一週間前に七歳になったばかりの私に与えられたタイムリミットは五年。
    十二歳になる年の春が期限の挑戦が、今、始まった。
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