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第十一章

ノアの願い

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 さて。島の男たちが奥様方にこき使われ、奥方自身も年始の支度でてんてこ舞いしている最中。

 それらの仕事は使用人に任せておけば良い、伯爵家の娘の私の仕事は、と言えば。
 大半は王都の屋敷に送られ、そのたび片付けていた書類も、島外持ち出し厳禁な書類はこうして屋敷の執務机にたまり続け。

 こうしてたまの帰省にのんびりしたい私に容赦なくのしかかってくるのだ。
 その上、今回の規制は年末年始に被った。

 「だからね、『精霊姫』としての仕事もあるのよ」

 この一年の安寧と、自然の恵みに対して精霊に感謝を伝え、また来年の安寧と恵みを願う。
 これはいつかのお祭りのように儀式がある訳ではなく、いつもの通り私が精霊達に直接伝えに行き、彼らと遊び、他愛ない願いを叶えれば済むのだけど。

 この書類の山とセット、その上にチーズ企画の仕事もある。
 まぁ、のんびり寝正月を決め込む余裕なんかどこにも無いわけだ。

 「そんな訳で、あんまりノアに構う暇はないけど、部屋で好きに過ごしてちょうだい」

 「いやいや、それこそ僕を頼ってよ。いや、精霊姫の仕事を直に肩代わりするのは無理だけど。書類仕事なら僕も手伝えるよ。むしろ、僕は君の婚約者だ。その為に居るんだから、こき使ってくれて構わないんだよ。……特殊体質の件を除けば健康体なんだし」

 しかしノアは慌ててそう主張した。

 「もちろん企画についても、協力は惜しまないし、精霊姫の仕事だって、その物は担えないけど、仕事の調整とか手伝える所は手伝わせてよ。……せめて、グレストと同等程度には信頼して任せてくれないかな?」

 「え、お客様を働かせる訳には……」
 「僕は、客じゃない。だから客扱いなんて要らない。まだ婚約者として認められないなら、グレストみたく仕事仲間の一員でも良いから」

 ……改めて。ノアは誤魔化しようのない美形の王子様である。
 最近では子供らしさが徐々に抜け、可愛さが色気に入れ代わり始めている今日この頃。
 まだかすかに残る可愛さに入り交じる色気を纏う彼に、そう切々と迫られて。

 正気を保てる喪女が居ると思いますか?

 しかもグレストと張れる優秀さは既に学校で思い知っている。いや、この場合王子の教養を持つノアに張り合えるグレストも凄いんだけど。
 手伝って貰えるなら、ありがたいとしか言えない。

 「……守秘義務を守って貰えるなら」
 「――僕の“真名”に誓って」

 「真名?」
 「そう。……これまで両親にすら明かした事のない、僕の吸血鬼としての真名。魔物なら大抵持ってる、これを握られる事は命を握られるのと同意の、本来なら明かさない名前だよ」

 そんな物を持つ程、彼の中の吸血鬼の血は濃い。

 「分かった、じゃあお願いするわ」

 それを私に明かしたのは、彼が私を信用してくれているから。なら、それに対して信用を返さなければ。

 そう考えての返事のつもりだったのだけど。
 これまで一人で担ってきた責任を共に背負ってくれる存在というのが、私にとってどれだけ大きな存在となるのか。
 その時にはまだ、分かっていなかったのだった。
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