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第七章

精霊の怒り

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 その直前まで、とてもいい天気で波も穏やかだったはずの海は、突如広がった黒雲が大粒の雨を甲板に叩きつけ、なぶるような強風が波を荒げて船体を弄ぶ。

 わりと船に乗り慣れた私でも踏ん張り切るのにかなり頑張らなくちゃならない中、慣れない王子は当然の様にスッ転ぶ。
 腕を取られたままの私を巻き添えにして。

 私は王子が後ろに倒れて来るのから逃れる事も許されず、彼の下敷きにされる形で床に倒れ込んだ。
 ……先の決闘騒ぎで受け身だけはきっちり教わって体に叩き込んだ成果があったからこそダメージは最小限に抑えられたが、人一人分余計にかかった重みが尻餅をついた骨盤に響く。

 あ、やばい。痛みでモモが痺れて上手く力が入らない……!

 「な、なんだ突然!」
 王子は訳が分からないと喚くが、大半の者はその原因たる彼を冷たい目で見下ろしていた。

 「あーあ、一番怒らせちゃいけない存在の勘気に触れちまいましたね、アゼル王子」
 そんな中をひょうひょうとローデリヒは緊張感なく入って来る。
 「……貴方は一行の責任者では? 彼の者の所業をどう治めるつもりで?」
 その様をウチの影執事がチクリと刺す。

 「あー、アゼル様。この騒ぎはですね、精霊姫たるレーネ姫の扱いに怒った精霊の抗議なんですよ。精霊に人間の身分制度なんて通じません。姫に理不尽な暴力を振るえば精霊が怒るのは当たり前。……そう事前にご説明申し上げたはずでしたが、お忘れですかね?」

 「そんなものは、こいつがどうにか宥めれば良い事だろう!」

 「ええ、宥めて頂いておりましたよ。あなたの無礼に怒る精霊や、あの島の民の怒りも。けれど、その許容範囲すら貴方は越えられた。今後余程頑張って挽回しない限り、貴方は島には近付けないでしょうね」
 「何だ、あんな島二度と行くもんか。別に困る事はないな。……いや、今この瞬間は困るな。……くそ、気分が――」
 「取り敢えずアゼル様は庶民用の個室で謹慎していただきますよ。その後の裁定は王にお願いしましょうね。いち教師の判断を越えますから、これは」

 彼が連行されて行くと、波は元の通り穏やかになり、雨も上がって日が射してくる。

 「……精霊の怒り。話には聞いていましたが――どうやら王はこの件に関しては判断を誤った様ですね」
 「ルーベンス嬢、この様な茶番劇に巻き込んでしまって申し訳御座いません」

 「そうね、お茶が溢れてしまったのだけど、ドレスは汚れなかった事だし……何よりレーネ様が頑張っている様子はこの度の間も間近で目にして参りましたわ。ついでに予想以上のアゼル王子の出来の悪さも。人間の子は躾けられても猿の子は躾けるにも限界があるでしょう。……貴女は出来る範囲で充分努力なさっておいででしたわ」

 こうして、研修旅行は取り敢えず終了したのだった。
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