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秋とコンビニ吸血鬼・後
しおりを挟む私の17歳の誕生日。
昼間は尾瀬君と映画で、夜は家族で焼肉とお寿司食べ放題の予定。
私の誕生日なのに、弟の方が楽しみにしてる。
お父さんには男の子と映画なんて言ったら、誤解されそうだから何も言わずに出てきたし。
待ち合わせは10時で、バス停。
二人の家が近所だってわかったから、映画館の入ってるショッピングモールに行くバス停で待ち合わせることになった。
あぁ秋の風だ。
少しひんやりする。
でも尾瀬君の待ってた木はまだ青々とした葉が風に揺れていた。
「おはよう~~もう来てたんだね」
「おはよう、うん。さっきね」
尾瀬君って、結構オシャレな気がする。
綺麗な落ち着いた青色のシャツにパンツ、シンプルで素敵だな。
「尾瀬君ってオシャレだね」
「えっ!? あ、ありがと。月ちゃんも、オシャレだよ」
「いやいやぁ」
お世辞も言える、いい人だ。
そうかぁ~レイちゃんが好きになるだけあるかもね。
「月ちゃん。あの、誕生日おめでとう」
「あぁ。ありがとう。17歳になりました」
「うん、めでたいね」
「えへへ、そうかな」
「うん、めでたい」
「ありがとう」
本当にいい人だなぁ。
友達からも深夜0時をまわったら、お祝いメールがきたけど人の誕生日をお祝いできるって素敵だ。
私ももっと誰かがお誕生日だったら『おめでとう」』って言おう。
吸血鬼ってお誕生日あるのかな。
お父さんとかお母さんから生まれるものなのかな。
今日はコンビニにいるのかな。
帰りにちょっと、寄ってみようかな。
「俺今日さ、楽しい日にするから」
「ん? 映画きっと楽しいから楽しい日になるよね」
「うん。そうだね」
私と尾瀬君はバスに乗る。
土曜日だから、ちょっと混んでて二人で立ったままショッピングモールに向かった。
女の子の友達よりは、ちょっと離れて、歩く。
「誰かに見られたら困るよね? 俺、もっと離れる……?」
「え? うーん……。でも尾瀬君も一緒に説明してくれれば大丈夫だよ。友達だもん」
「うん、それなら良かった」
誤解されるって怖いよね。
一年生の冬に、みんなに誤解されて辛かった。
でも今は、誤解されてもハッキリ言える。
私の好きな人は……コンビニで働いている吸血鬼なんだって。
映画館の席は、尾瀬君が予約してくれていてグッズもゆっくり見れた。
パンフレットとアクキーを選ぶ。
わー品切れなしで、全部揃ってる!
「アクリルスタンド……たっかい……無理だ」
アクリルスタンドの見本を見て、私はため息をつく。
アクキーはディフォルメのちびキャラ吸血鬼の絵だけど、アクリルスタンドは美麗な吸血鬼が微笑んで立っているやつ。
でも金額を見て、私は諦めた。
「欲しいの?」
「う~~ん。あーでも実物を見られただけでいいんだぁ」
「そうなんだ。そんなにすごく欲しくはないの?」
「そりゃあ吸血鬼だから、すごく欲しいけど」
そう、この吸血鬼。アニメ絵だけど吸血鬼に似てる。
黒い髪で、背が高くて、牙があって……黒い服着てるし。
「吸血鬼だから、か」
「だって主役だし!」
「そうだね」
ヒロインの女の子バージョンを、買ってく人も数人いたけど、それには興味ない。
「尾瀬君は何か買うの?」
「俺はパンフレットかなー。ジュースとポップコーン買う」
「あ、いいね! 私も買おう」
「ジュースなに好き?」
「ポップコーンにはコーラでしょ」
「うん、俺もそう思う」
尾瀬君は、私がまだグッズをウロウロ見ているうちにジュースとポップコーンを買ってきてくれた。
「尾瀬君、お母さんみたい」
苦笑いさせちゃった尾瀬君と、映画を見た。
吸血鬼と人間の女の子の恋の結末は……ハッピーエンドだった!
途中の波乱でメリーバッドエンドかな? と予想してたから、私は感動して泣きまくっちゃった。
でもそんな事もあろうかと、今日のメイクはほぼすっぴんだから平気なんだ。
ポップコーンが結構残っちゃって、二人で最後に一気に食べた。
あぁー吸血鬼かっこよかったな。
着物も似合ってたし、洋装もかっこよかった……。
剣技最高!
最後のキス、ドキドキしちゃったよ……。
まさか、私の好きな吸血鬼も……あんなバトル……するわけないない。
でも、好き。
フライ揚げてる背中も、お弁当出してる時もかっこいいもん。
「はぁ~~よかった……」
どっちの吸血鬼も私には尊い。
私はまた思い出してハンカチで涙を拭く。
お昼の12時を過ぎちゃったから、私達はショッピングモール内にあるレストランに入った。
尾瀬君は、ちょっとオシャレな店に入りたいっぽかったけど。
私はお小遣いもあんまりないから、いつものファミレスにしてもらった。
「映画、面白かったね。月ちゃんは、満足した?」
「うん! すごく!」
うーん。帰りに結局また女の子のアクキーも買ってしまったから、ドリンクバーとドリアだけかな。
なんだかアクキー吸血鬼とヒロイン、2つ飾りたくなっちゃったんだもん。
私はメニューとにらめっこする。
600円でギリ足りる!
これで決まりだ!!
「俺、奢るからさ、好きなもの頼みなよ」
「え? そんな事できないよ」
「俺から誘ったし、結局チケット代も払わせちゃったし」
「当たり前だよ~そんなの」
尾瀬君、びっくりする事言うなぁ。
「そう? 男同士だと気にせず『まじでー? あざっす! ゴチになりまーす!』で終わるけどな」
「私、バイトしていないからお返しとかできないし」
「お返しなんか、いらないよ。だって今日は誕生日だし、いいじゃん」
尾瀬君は優しく、爽やかに笑う。
同じ歳なのに、なんか年上みたい。
「でも、尾瀬君の誕生日だってあるでしょ。何月?」
「2月」
「へー2月なんだね! うーーん。その時にお返ししようと思ってもさぁ……」
あ、でも2月ならチョコ作るなぁ。
バレンタイン!!
「おめでとうって言ってくれるだけでいいよ。俺、このケーキとアイスとフルーツのやつ食べたいから一緒に頼もう」
「あ、それ美味しいよね! ねぇねぇ2月ならチョコでお返しできるかも!!」
「えっ」
「バレンタインには毎年、チョコのお菓子いっぱい作るんだ。学校でも友達にあげるの。尾瀬君には誕生日用にして、渡すね!」
私のチョコブラウニーや、マフィンは評判がいいんだ。
来年は……吸血鬼にも渡したい。
もう渡してもおかしくないよね?
でも……それまで店員とお客さんのまんま……なのかなぁ。
「あっ……う、うん。楽しみにしてる。やった……まじ嬉しい……じゃあやっぱ今ケーキ頼もう!」
「本当にいいの?」
「迷惑じゃなかったら」
「めっちゃ嬉しい! ケーキ大好きだもん!」
「良かった! おかわりしていいよ!」
尾瀬君も嬉しそうにしてくれて良かった。
焼き芋にケーキにチョコに、尾瀬君って甘いもの大好きなんだな~。
そういうとこも話が合いそう。
私はドリアと頼んでくれたケーキとメロンソーダ。
尾瀬君は激辛アラビアータを食べて、ケーキとブラックコーヒーを何杯も飲んでいた。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう。ふふ、何回もありがとう」
そこからゲームの話とか、さっきの映画の話とか、学校の話。
私はアイスロイヤルミルクティーを飲みながら、沢山おしゃべりをした。
「そういえば……尾瀬君はコンビニよく行くの?」
「うん。毎朝、朝飯買ってる」
「え!? 知らなかった」
「だよね。知らないって知ってた」
尾瀬君は、苦笑する。
私、コンビニでは吸血鬼しか見てないからな……。
「あの……きゅ、黒野さんとは仲良しなの?」
「仲良しっていうか、挨拶したり、サッカー勝ったね~とか世間話する程度」
「そっか」
結構……話してる感じ……。
吸血鬼、サッカー観たりするんだ。
男同士だから、私とはちょっと違うのかな。
「月ちゃんは……黒野さんと仲いいんだね」
「え? 仲良しっていうか、ただの客なんだけどね。で、でもそうだね! 仲良しの方には入るのかなー! 他の子に比べたらね! た、多分だけどね」
私はどのくらいなんだろう。
吸血鬼のなかで。
肉まんご馳走になって、話を聞いてくれて、お土産買ってきてくれたし、お茶ももらったし……世間話もするし……。
きっと仲良しな方だよね!?
女子高生ランキングなら1位かもしれない!
「尾瀬君は、北海道のお土産もらった?」
「いや、北海道に帰る話も聞いたけど、俺も地元は北海道だから」
「え!? そ、そうなんだー」
「うん」
「尾瀬君も……そっかぁ」
地元が一緒かぁ……。そっかぁ。
尾瀬君の方が私より、やっぱ仲良しなのかなぁ。
あぁ、ダメだよ私。
ギルティじゃないよ。
尾瀬君は……。
尾瀬君はギルティ判定したらダメ……。
それからハーブティーを飲んで、コーラを飲んで、尾瀬君がフライドポテトを頼んでくれた。
そして、本当に尾瀬君は支払いを全部してくれたの。
嬉しいびっくり!
2月は気合入れて作らなきゃ。
ちょっとスポーツ用品見て、本屋見て、私達はまたバスに乗って帰る。
陽が落ちるのも早くなってる気がするな。
「送るよ」
「まだ明るいし、大丈夫だよ」
それでも、尾瀬君はそのまま私の家の方向に歩き出す。
「コンビニは寄らないの?」
「うん、焼肉までにお腹空かせないとだし」
二人でコンビニに入るのもね。
そう、そうだ。
だって、レイちゃんは尾瀬君のことが……二人でいるとこ見せたら私がギルティになっちゃう。
「ごめん。食べさせすぎた?」
「ううん、すぐお腹空くから大丈夫。ご馳走してくれて、ありがとう」
「ただのファミレスだけど」
「安くて美味しくていいよね」
「うん、俺もそう思う」
レイちゃんは、どこの高校なんだろう。
家も近いのかなぁ。
ちょっと、尾瀬君の事探ってみようかな。
「あのね、尾瀬君って付き合ってる子いるの?」
「え?」
さすがにレイちゃんの話はできないから、そこは隠す。
「えっと~そんなような話を聞かれたの。尾瀬君はさ~今、好きな子とか……いるのー?」
「……今?」
「うん、今は誰が好きなのかなーって……」
軽~く聞こえるように、聞いてみた。
って、隣を歩いてたのに尾瀬君いない?
立ち止まってる……。
え……?
「……尾瀬君……?」
「いや……俺、夏祭りに月ちゃんに付き合ってって言ったよね」
「……うん、でも……」
「でも……ダメでもさ……」
尾瀬君は哀しそうに笑った。
苦しい空気が流れた……。
「俺、好きな子そんなコロコロ変わらないよ」
また、哀しそうに、笑った。
「え……」
「ごめん、ちょっと用事思い出した。此処までで。……今日はありがとう……これ」
待って、待って、待って、待って。
言葉が出ない。
今の哀しそうな顔……待って尾瀬君。
言葉が出ない。
尾瀬君はカバンから何かを取り出した。
「誕生日プレゼント」
薄い紙袋を取り出して、私に渡す。
「あの……え……あの……あの」
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
「月ちゃんが、吸血鬼好きだって知ってるから」
「お、尾瀬君?」
「誕生日おめでとう。じゃあ」
尾瀬君は、そう言って走って行ってしまった。
紙袋は映画館のグッズ売り場の紙袋だった。
吸血鬼のアクリルスタンドだった。
映画館から出る時に、彼にちょっと先に行っててと言われた時があった。
だから私はトイレに行って長蛇の列だったから結局彼を待たせた。
あの時……?
私が、この映画の吸血鬼が好きだって知ってるって……こと?
それとも……。
わからない。
でも、私は大馬鹿だってことはわかる。
自分だってこんなに吸血鬼を好きなのに、こんな想いは消せないのに、どうして彼の想いは、夏の夢みたいなものだなんて思ってしまったんだろう。
……彼は、忘れてなんか、なかったんだ……。
家に帰ると、弟の太陽がお腹が痛いってシクシク泣いて焼肉は延期になった。
太陽はごめんねって言ったけど、私も今日は焼肉は食べたくなかったからいいんだよって言った。
お腹空かない、胃が痛い。
私はベッドから起き上がれない。
あんなに優しい人を傷つけて、自分が極悪人に思える。
いや、極悪人だ。
正真正銘の極悪人だよ。
尾瀬君からメールがきて、私は既読にならないようにメールを覗いた。
『今日は送るって言っておいて途中で帰っちゃってごめん!せっかくの誕生日だったのに。でも今日は楽しかったよ。ありがとう。焼肉楽しんで』
ごめんね、ごめんね、尾瀬君。
こんな私なんかの誕生日を祝ってくれたのに、傷つけて。
なんで、こんなバカを好きでいてくれるんだろう。
お父さんが気を遣って、フライドチキンやピザでも買ってこようかと言ってきたけど太陽は食べられないから今日はいいよ、と断った。
私までお腹が痛いのかと心配されたけど、違うんだ。
……ケーキも食べて、お祝いはしてもらったから……。
あぁ、あの時の尾瀬君の顔が忘れられない。
酷く傷ついた顔。
傷つけた私が泣いてどうする、なんだけど……一人でメソメソしてしまった。
尾瀬君、私の事がまだ好きってこと?
自惚れ? とか色々考えてたらなんだか疲れ切っちゃって。
でも全部私のせいだから、最悪な誕生日とかは思わない。
そして、いつの間にか寝ちゃってた。
変な時間に起きちゃったな……。
みんな寝てるな。
お母さんも太陽につきっきりで多分一緒に寝てる。
「……お腹空いた……」
サイテー。
私はもっとサイテーで、コンビニに行った。
寝て起きて、ぐしゃぐしゃな、ままで。
人を傷つけて、それでも好きな人に会いたいとか……サイテー。
でも違うの。
ワンピース着ていった時とは違うんだもん。
吸血鬼の笑顔は、私の心の救いなんだもん……。
「いらっしゃいませ~……」
吸血鬼が私の顔見て、驚いた顔をしてた。
23時かぁ……。
まだ、今日なんだ。
映画見たのも、ケーキ食べたのも、ジュース飲んだのも、尾瀬君傷つけたのも。
私の誕生日も、まだ今日なんだ。
「月ちゃん」
「……こんばんは……」
吸血鬼は制服を着ていなかった。
「月ちゃん、大丈夫?」
「……どうして……」
「落ち込んだ顔してる。そうそう、肉まん始まったんだよ~食べるかい?」
夏の間はやってなかった肉まんが、寒くなってから復活したんだ……。
「……はい、買います」
ぼけーっと言った。
「誕生日なんだってね」
「えっ」
「夕方、お父さんが買い物に来てたよ。娘が誕生日だったけど、息子がお腹こわしてって」
お、お父さんまで吸血鬼と話をしてるのーー!?
「太陽君大丈夫?」
「は、はい……」
「僕、今上がりなんだ。また女の子一人で夜に歩いてたら危ないよ。送ろうか」
吸血鬼は、いつも変なシフト。
きっと、予定があるみんなに合わせてあげてるんだと思う。
春夏秋冬、ずっと働いて……。
私はまた、恋心が疼く。
「あの、誕生日……だから、少しお話したいです」
「うん、いいよ~。何かあったんだね」
「あ、……はい……」
きっと尾瀬君を傷つけたと思うんですけど、それっってただの自惚れかもしれないし……。
でもでもずっとぐるぐるまわってしまって……自分が何を考えているのかもうわからなくなっちゃった。
吸血鬼はジュースとコーヒーと肉まんとホイップクリームがいっぱい乗ったキャラメルプリンアラモードを選んで買ってくれた。
私は、吸血鬼がレジでお金が払うのを見てる。
尾瀬君と一緒にいたら、吸血鬼ボーナスが発生するんだろうか。
こんな夢みたいな事が起きてるのに、嬉しいよ、嬉しいけど、ぼんやりしてる。
「食べながら、帰ろうか」
レジ袋は吸血鬼が持ったまま。
アツアツの肉まんは、手渡しで渡された。
優しい。
「ありがとうございます」
「お誕生日おめでとう~って肉まんじゃ嬉しくないか」
「いえ、すごく嬉しいです」
本当に嬉しい。
あったかい。
あの日を、タイムリープしてるみたい。
でも今は、まだ雪もなくて……。
そして私は、あの時とは違うことで悩んでいる。
暗い夜道を二人で歩く。
「何があったの?」
「……お友達を、多分……傷つけちゃって……」
「そっか……仲直りできそう?」
「……仲直り……」
どうなるんだろう?
彼は、もう私から離れていくのかな。
「わからないです」
肉まんを食べた。
味はしない、なんて事はなくて美味しい。
皮はふわっとしてるのに、もちもち噛みごたえもある。
中の餡は、やっぱりお肉ゴロゴロ。
もっと美味しくなったかも?
肉まんだって進化するのに、私はずっと馬鹿なままだな。
「その人と話ができるのなら、話をしてみるといいよ」
「……そうですよね」
「ごめんね、そんなのわかってるって……当たり前だって思うよね」
「いえ、そんな事」
「でも、目の前にいて話ができるって……やっぱりすごい奇跡だから」
「え? 奇跡……?」
流星が降ったみたいな、突然の言葉。
奇跡なんか、そう聞かない。
「そうだよー。だって1年、10年、100年時間が違ったら出逢えることもなかったし。その中で出逢えて、生きてて、顔を見て、話ができるなんて……奇跡みたいな時間だよ」
吸血鬼は歩きながらコーヒーを飲んでいて、今日も黒い服で、闇夜に溶けそう。
彼のどこか遠い先を見る目。
あの春の桜の雨夜の日のようだった。
私は彼の言葉が切ない気持ちに刺さって、ギュッと胸が苦しくなる。
「……はい……」
「そのなかで、せっかく仲良くなれたなら……ちょっと勇気出してもいいかもね。今なんかスマホ~で連絡も取れちゃうしね~」
「そうですよね」
「でも、怖い気持ちもわかるよ。だって、心って見えないもんね」
冷たい秋の風が、私達の髪を揺らす。
「……そう、また傷つけちゃうかもしれないし、そもそも、もう嫌われてしまったかもしれないし、自分が好かれてるとかもわからないし……」
「うん……なんか、おじさん吸血鬼からのアドバイスなんて役に立たない感じだよね。えっと……でも人間の女性の桜さんから言われた言葉」
桜さん……。
桜さんは、やっぱりいたんだ。
妖精じゃ、ないんですね。
「どんな言葉ですか……?」
「『想ってるだけじゃ伝わらない』ってさ」
そうだ。
本当にそうだ。
尾瀬君は優しいから、きっと私のために私を避けると思う。
私はどうしたらいいんだろう?
でも、私は……彼と友達でいたいなと思ってる。
それってすごく性格悪い?
でも、それが……私の気持ち。
残酷かな。
私のただの願望は、彼の心を切り裂く剣かもしれない。
でもわからない。
まだ高校生で17歳になったばかりの私には、まだわからない。
「詳しい話を聞いてないのに、一方的だったね……」
沈黙した私に吸血鬼が言う。
「いえ……私、話をしてみようかと思います」
メールの返事もしてない。
そっちの方が残酷だよ。
何が正解かわからない。
だから話をするしかない。
「……あの、桜さんって……?」
私は、それも気になって……口に出して聞いてみた。
あぁでも、これは……ダメなやつかな……。
「僕の奥さんだよー」
「……おく……さん」
「うん。120年前に亡くなったけどね」
あ……彼は優しく微笑んだ。
あぁ……。
あぁ……。
「つ、月ちゃん」
「ご、ごめんなさい……」
涙が一気に溢れてきちゃった……。
私は家に着く前にボロボロ泣き出して、吸血鬼を慌てさせてしまった。
「大丈夫? 大丈夫?」
「はい……なんでも……なんでもないんです……色々考えてた事が……あの……」
「うんうん、きっと大丈夫だから、大丈夫だからね」
うん、この涙がなんなのか、ショック半分、悩み半分。
ボロボロ泣いて、ボロボロ泣いて、一応涙を止めて吸血鬼にお礼を言って、プリンとジュースの袋を持たされて私は家に入った。
あぁ……あぁ……。
あぁ……優しい彼の微笑みに、彼の桜さんへの愛情が溢れているのがわかった。
それでも、それでも……そうだよね。
好きな気持ちはコロコロ変えられない。
わかるよ尾瀬君。
私もそれでも。吸血鬼が好きだもの。
誕生日がもうすぐ終わる。
私は尾瀬君にメールしようとスマホを開いた。
『電話できる?』とメールしたら。すぐ既読になった。
『できる』って返信がきた。
私、メールって上手に伝えられないから。
私は勇気を出して、尾瀬君に電話した。
『もしもし、こんばんは』
耳に響く声。
やっぱり優しい。
「はい……こんばんは」
『焼肉楽しかった?』
「弟がお腹痛くて、行かなかったんだ」
『そうだったんだ? あの……今日ごめんね。最後送れなくて』
「……それは、私が……」
あぁ、私が早く謝れば良かった。
尾瀬君は悪くないのに。
『……月ちゃん、大丈夫? なんか、泣いてる?』
「あ、なんでも……」
確かに鼻声になっちゃってる。
『どうした? 何かあったの?』
「今日、あの……映画楽しかった」
『うん、楽しかったね』
「……あの、私……尾瀬君と友達で……あの……」
『うん』
「友達で……」
『うん』
こんな事言ってもいいのかな?
でも言わなきゃ伝わらない。
「また……遊んだりしたい……なって」
『うん、また遊ぼう』
「……いいの?」
尾瀬君は変わらず優しい声で言った。
『迷惑だったら、もう誘わない方がいいかなーって思ったんだけど』
やっぱり、離れようって思うよね。
「……うん……私は……迷惑とかじゃなくて……」
でも、尾瀬君と友達でいたいんだよ。
『月ちゃんの事まだ好きだけど……俺と友達でいてくれる?』
ドキーンとした。
こんな、ハッキリ言われて、びっくりして、ちょっとドキドキした。
「……えっ……あ、うん。お願いします……」
数秒フリーズして、やっと答えた。
『悩ませてたら……ごめん』
「いえ……私がワガママでごめんなさい、だからちょっと悩んだけど……ごめんなさい」
『……俺のせいで悩ませたりして……ごめんね。せっかくの誕生日なのに』
「ううん、私が悪いし……他にも色々あったんだ」
『そうなの? 大丈夫?』
尾瀬君、私、失恋しちゃったの……かな?
吸血鬼、人間にしたら二十歳なのにさ、もう奥さんいたなんて思わないよね。
でも、その人はもう亡くなってて……。
でもこの想いは消えない。
まだ、まだ好きだもの。
「でも……うん、いい誕生日だったよ。吸血鬼のアクリルスタンドありがとう」
『うん、お誕生日おめでとう』
そう言われて、時計を見たら私の誕生日はもう終わってた。
ワガママだけど、彼と友達でいたいってやっぱり思った。
眠たくなるまで彼は私とお話してくれた。
私も尾瀬君や吸血鬼みたいに優しい人になりたいと思った。
吸血鬼は人じゃないけれど。
想われる気持ちや、想う気持ち。
切なさを知った――秋。
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