私とコンビニ吸血鬼

とらんぽりんまる

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夏とコンビニ吸血鬼

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 高校二年生の夏がくる。
 
 高二になった私に夏がくる。

 二年生の新クラスも平和で楽しい。
 新しいお友達もできて、男友達もできた。
 カップルも身近に誕生した。

 二年生の過ごし方は、本当に人それぞれ。
 もう受験に備えている人もいるしね。

 バイトをする人もいる。

 夏だよ夏!
 16歳の夏だもん!
 私はやっぱり青春を謳歌したいなーって思うんだけど、好きな人はほら、コンビニ勤めの吸血鬼だから……。

 全然、進展しないんだよね。

 でも吸血鬼は他の男の人みたいに深夜限定っていうわけではない。
 だから夕方の学校帰りにも会える時があるわけです。

「いらっしゃいませ~こんばんはー」

 今日もアイスを買って、少しおしゃべりできたらいいなー! って思ってたけど……。
 う……今日はいつも昼間働いている、主婦の人と一緒だ。

 結婚指輪をしているから主婦だと思うし、人間換算した吸血鬼より年上だと思うんだけど。
 綺麗で落ち着いてて、なんだか大人の魅力というか……。

 若干、吸血鬼も嬉しそうに話している……ように見える……のは私の被害妄想だ。
 そうに違いない。

 実は、今このコンビニでは17時からのバイトを募集している。
 私は、朝と夕方にコンビニに来る度に迷っている。

 募集の張り紙を見るたびに心が動く。

 夏の大冒険、コンビニでのバイト開始!!

 するべきか、どうしようか。

 毎日悩んで、張り紙がまだあるのを見て安心する。

 ちなみに両親は反対。

 もう受験の準備もしなくちゃいけないし、勉強を頑張りなさいって。
 短期間で辞める事にもなったら迷惑だって……。

 確かにコンビニの仕事は大変そう。
 私に出来るかな? って思う。

 でもでもでも、吸血鬼の隣で同じエプロンをして……。
 レジのそっち側の世界に、吸血鬼と同じ世界に行ってみたいよ。

 お母さんは、今お金を稼いで何が欲しいの?
 理由を言えば、買ってあげるって……。

 お母さん、お金じゃ買えない価値があるの。

 レジの向こう側の吸血鬼の隣はお金じゃ買えないの。

「大丈夫?」

「ひあぅ!?」

 吸血鬼がいきなり隣にいた!
 いや、私が一人で考えてボーっとしてたんだ。
 主婦の人も、もう忙しそうに出来上がったアメリカンドッグを出してるし。

「びっくりさせてごめん! こんばんは、何か探してた?」

「あ、こ、こんばんは! バイト募集してるんですね!」

 あっ……心の声が暴走しちゃった!?
 どうして、こんな事っ。

「ん? そうなんだよね~今、人不足でね~僕も今日は朝から朝まで」

「え? 今日の朝から明日の朝までですか?」

「そう、24時間勤務」

「だ、大丈夫なんですか」

「吸血鬼だからね~」

 ……吸血鬼だって、疲れちゃうし……。
 大丈夫かな。

 働きすぎだよ。
 でもずーっと働いてるんだから、恋人はきっといないよね?

 恋人と会う時間もなさそうだもんね……?

「お休みあるんですか? ……夏休みとか」

 長いお休みはあるんだろうか?
 もし、お休みがあったら……ドキドキ。
 
「う~~ん。このままだと、夏休みもなさそう。地元に帰りたかったんだけどね」

「え……地元に?」

 吸血鬼に地元なんかあるんだ。

 私は相当失礼な事を思った。

 ヨーロッパ、とか?

「うん、涼みにね。数週間とらせてもらう約束なんだ~」

「え、数週間……」

「あ、いらっしゃいませー! ごめんね、じゃあ」

「……はい……」

 私はせっかく夏休みにコンビニバイトに受かったとしても吸血鬼と働けないことがわかった。
 私が働けば、吸血鬼は地元へ帰ることができるけど……。

 一緒にいたくて働くのに、吸血鬼と一緒にいられないなんて……。

 でも吸血鬼が地元に帰るための……手助け……。

 無理無理、私はそこまで自己犠牲できない。

 だって……高校二年生の夏休みだよ?

 人間だもん、人の役に立つってばっかり考えられない。

 好きな人と一緒に楽しく働きたかっただけだもん。

 それからもバイト募集のチラシはなかなか剥がれなかった。
 一度外されたけど、吸血鬼が働いていた。

 このまま、私の夏休みに……吸血鬼がいてくれたら……いいのに。

 酷い子かな。

 そして夏休みになって、私はアイスを買いにコンビニに来る。

「今日もアイス?」

 吸血鬼いた!

「はい」

 愛する人に会いに来てるんですけどね、なんて馬鹿な事も思う。

「今日もずっと、ですか?」

「昨日の夜からだから、今日は夕方で終わりだよー」

「い、いくら吸血鬼でも、ここの店長さんひどくないですか?」

「それは、僕が望んでいることなんだよ。できるだけ働きたいって役に立ちたいって伝えてあるから……ありがとうね。僕は大丈夫なんだよ」

 あ……私、余計な事を……。
 またお客さんが来て、吸血鬼は行ってしまう。

 あぁもっと、もっとお話がしたいのに。
 どうしたら、もっとお話ができるの?

 こういうの、ダメだってわかってるけど……。
 絶対的な偶然を装って、私は吸血鬼があがる17時に店に来た。

「おつかれしたーあれ?」

 ちょうど支度をして帰る吸血鬼の前に、私は現れた。

 街角の防犯カメラに、キョドキョドしてタイミングを伺っていた不審な私が映ってるかもしれない。

「ど、どうも」

「いらっしゃいませ、いつも来てくれてありがとう」

「あ、あの……あの……お疲れ様でした」

「うん、ありがとう」

 良かった、優しい笑顔。きっと……怪しいって思われてない。
 今日はお母さんもお父さんも遅いから弟と一緒に食べる夕飯はコンビニ弁当にするって話したんだ。

 だからこれは必然の偶然!
 
 あれ? 店長さんがいる。
 女の子が……事務所に入っていく。

 なに、あれ……まさか。

「バイトさんの面接だって」

「えっ……」

 まさか……まさかの、決まってしまうの?
 募集まだ、してたんだ……。

「決まるといいよね。やっとだよー」

「そ、そうですね……」

 私達は話をしながら、店内の雑誌コーナーの前に移動した。
 もう制服は着ていない、黒いTシャツなのに吸血鬼は雑誌を綺麗に整えている。

「決まったら、お休みもらえるな~」

 や、やっぱり私、間違えたかな。
 夏休みに、吸血鬼が地元へ帰っちゃったってその後は一緒に働けるのに――。

 あぁ……わかんない。
 でも、一気に焦りが……。

 そして、吸血鬼は帰っちゃうんだ……。

「……ど、どこなんですか……? 地元……」

 なんとか上手な質問ができた。

「北国のね、北海道だよ~」

「え!? 北海道!?」

 びっくりした。
 まさか、そんな北の大地の人だったなんて……。
 果てしない大空の下で生きているイメージはなかったから。

「暑いの苦手でね~北海道行った事ある?」

 吸血鬼は大量のお弁当やジュースなんかを紙袋にぶらさげて持っていた。
 店長から貰ったのかな……。

「いえ……ないです」

「こっからじゃ、遠いもんね~」

 脳みそフル回転しろ! 自分!
 繋がる会話をするの!

「あ~~~~でも私、北海道のちびバニちゃんのご当地キーホルダーが欲しいって思ったことありますよ」

「へー? チビバニチャン? そういうのあるんだ」

「そ、そうなんですよ。こんなんどうでしょうステッカーとか、純白の恋人とかも有名ですよね!」

 や、やだぁ!
 繋がる会話って思ったけど話しすぎ!?
 私、キモいかもぉ……なんでこんな事ペラペラと……。

「そうなんだぁ、詳しいんだね? すごい。ご親戚が北海道だったりするの?」

 なんで、そんな優しく喋るんだろう。
 心がグニャンってなる。
 もっともっと声が聞きたい。

「いや、あの……好きだなって思ってて……」

 ぐ、偶然だけど大好きな漫画が北海道を舞台にしてたから……。

「そっか、好きなんだ。嬉しいよ」

 へっ……。

「自分の地元を褒められるのは嬉しいね」

 そ、そうですよね。そういうことですよね。
 ですよね。
 もう、もう!
 心臓に悪い!
 
 本当に少しの時間だった。
 吸血鬼はじゃあって微笑んで帰っていって、私が店内にいる間に事務所から女の子が店長と出てきた。
 『それじゃ明日からよろしくね』って女の子に言ってた。

 あぁ、私は馬鹿だなー……。

 そして吸血鬼は店に出なくなった。
 地元に帰ったんだよね。

 そして私の夏は進んでいく。
 
 つまんないよ馬鹿。

 吸血鬼とプール。
 吸血鬼と海。
 吸血鬼と夏祭り。

 そんな妄想は妄想で終わる。

 そんな時、友達から連絡があった。
 勉強しよーって、誘われて……行ってみたら男女混合グループ。

 ファミレス行ったり、カラオケ行ったり、駅前のゲーセン行ったり男女混合でわちゃわちゃ。

 なんかいつも隣にいる男の子がいた。

「ねー! 夏祭り、みんなで行こうー!」

 って話が持ち上がって、女子は浴衣を着ようって事になったの。

 吸血鬼はいないのに――。

 関係ないはずなのに、考えてしまう。

 お母さんに浴衣の話をしたら、すごく嬉しそうにしてデパートで買ってくれた。

 お母さんが着付けなんかできるんだって初めて知ったの。
 最近は面白い柄も色々あって、私はコウモリ柄にすごく惹かれたけど……。

 お母さんが可愛い柄にしなさい! って言うから、可愛いお花の柄にした。

 浴衣道具が色々揃って、一度家で着てみたの。
 
 弟は漫画の影響で着物だ! って興奮してて、お父さんは何故か泣きそうになってて。
 家族みんなで盛り上がってたけど、私はあんまり。

 夏祭りの帰りのコンビニに……吸血鬼がいたら、盛り上がってたかもしれない。

 でも、いない。
 彼は、北海道だ。

 お母さんが風の噂で、吸血鬼が8月はほぼ休みらしいって聞いたって。

 私は、お母さんが買ってきた10本入のアイスを食べて北海道が舞台の漫画を読み直してた。

 コンビニには行ってない。
 あの子が働いてるのかな。
 
 あーあの女の子……ちょっと可愛い子だったよね……高校生かな。

 私の心は、泥水の中の水草みたいにグジョグジョしてて、夏祭り当日になった。

 お母さんに着付けされて、ちょっと帯をキツくされた。
 
 気分はちょっとめんどくさい。

 集まったら女の子達、み~んなすごく可愛い浴衣姿で笑顔だった。
 制服と、全然違うし『可愛い~』って言い合ってキャッキャ盛り上がる。
 此処で一人で洋服だったら、やっぱり辛かったかなってお母さんに感謝。

 ふと、気付いたら男女の人数が四人と四人。

 カップルは一組いるから、そこはわかるんだけど……。

「これ食べる?」
「あれ欲しい!」

 キャッキャ、キャッキャとグループ行動なのに、グループじゃない。
 ……もうペアが出来上がってる……?
 
「綿菓子、食べる?」

 そして、私の隣にも……一人の男子。

 ……いつもいる人だ……。

「あ、わ、綿あめはいいかな」

 黒髪は吸血鬼と一緒。
 背は吸血鬼より低い。
 Tシャツは白だ。

「お腹へってないの?」

「あ……うん、あんまり」

 優しい気遣いは、吸血鬼にちょっと似てるかも。
 それより私の態度が酷いよね。

 ……みんなでワイワイ楽しめると思ってたのに。
 って苛立ちもあるけど、これってただの八つ当たりだ。

 楽しくしないと、ダメだよね。

 吸血鬼、今どこで何をしてるのですか。

 あぁ……あぁ、そう。

 勝手なみんなにイライラするのも、夏祭りにイライラするのも、全部これが理由。

 吸血鬼、なんでいないの?

 あなたがいないから、全然、夏が楽しくない。

 帰り道のコンビニにいてくれたら、それだけで良かったのに。

「あっさりしたもの、探そうか? 屋台じゃ無理なら……コンビニで」

 やだ、名前も知らない男の子に、こんなに気遣われて。
 それなのに、愛想悪いし。
 性格悪い子だよ、私。

「ごめんなさい……私は大丈夫だから、みんなと楽しんで」

「あぁ……まぁ邪魔者になるのも嫌だし」

 ……そうだよね。
 だって、みんなペアだもん。

「……ごめんなさい……」

「謝ることないよ、もしかして具合悪い?」

「……えと……具合は悪くない」

「良かった。帰りたい? 帰るなら送るよ」

 え? と思った。
 今まで帰るのノリ悪い~しか言われなかったから、帰る選択をくれる人なんかいなかった。
 思わず、前の男の子の顔を見た。

「どうする? でも、俺は射的だけはしたいなーって思う」

 夜のお祭りの照明のせいだろうけど、彼の笑顔が輝いて見えた。

「しゃ、射的はしたい」

 実は私も射的大好き。

「うん。あと型抜きもしたい」

 あ、型抜きも絶対やってる。

「輪投げもしたいかも……!」

「俺もしたい、やろ!」

 私は浴衣なのに、弟と遊ぶみたいに彼とガンガン遊んじゃった。
 女の子達は、りんご飴やいちご飴や綿菓子を蝶々のように食べていたけど、私はお好み焼きと焼きそばとフランクフルトを食べた。
 かき氷も食べた。
 そして気付いたら、グループどころか二人きりになってた。

「家まで送るよ」

 なんだかんだで、楽しかった……のかな。
 今更過ぎて、私、名前聞けなかった。
 渡辺君だっけ、田中君だっけ……。

 
 吸血鬼のいないコンビニを通り過ぎる。

 カランコロン、私の下駄の音。
 さすがにちょっと疲れた音。

 浴衣の私がコンビニ前を通過したよ?
 吸血鬼……なんでいないの。

「此処で大丈夫。わざわざ、ありがとう」

 交差点で彼に言った。
 家の前で、彼と一緒のところを見られたらお父さんがまた泣いちゃいそうな気がしたから。
 
「あ、あの……月ちゃん」

「え……」

 この人は私の名前、知ってるんだ。
 私、下の名前をこんな風に男の子に呼ばれるのは初めてかもしれない。

 吸血鬼にこんな風に呼んでほしいな。

 あの人は私の名前なんか知らないよね。
 ただの客だもん。

 吸血鬼は、客の名前なんか知らないよね。

「俺と付き合ってくれませんか?」

 私の名前は月子って言うんですよ。
 あなたは知らないですよね、吸血鬼さん。

 え?

「……いま、なんて?」

「あーあの、俺と付き合ってほしいなって……」

 私は最低だ。
 この人の前にいても、考えるのは吸血鬼の事ばかり。
 告白を二回もさせるなんて……なんて酷い女なんだろう。

「ごめんなさい……私……」

 小さな声で私は言った。

 あぁ、楽しく遊べる友達が減っちゃったかな。

 でも彼は優しく笑って『友達としては、まだこれからもよろしく』と言って帰って行った。
 友達からのメールで、彼が尾瀬君という名前だと知った。
 渡辺でも田中でもなかった。

 ごめんね……尾瀬君……。
 
 それから何か起きるわけもなく、夏休みはどんどん過ぎていく。
 コンビニで働き始めた女の子はもう、仕事を覚えたみたい。

 元気に『いらっしゃいませ』してくれる。

 なんにもない16歳の夏。
 お母さんにダラダラし過ぎと怒られた。
 現実なんてこんなもの。
 
 そして夏休みも終わる頃に、お母さんにせっかく買ったんだから浴衣を着て散歩でも行きなさいと言われた。
 そんで夕飯に浴衣を着たまま、お父さんと話しでもしてやりなさい~と。なにそれ。

 まぁお母さんが着付けを楽しそうにするから、私はまた浴衣を着た。

 尾瀬君の事思い出しちゃうな。

 あの夏祭りメンバーでのグループメールは結構頻繁にみんなで話してる。
 私と尾瀬君以外は、みんなカップルになった。
 恋人同士でメールをしていればいいのになぁと思う。

「はい、いってらっしゃい」

 また帯、キツイ。

「はぁーい。お小遣いちょうだい、アイス買ってくるから」

「いくらなんでも最近アイス食べ過ぎよ」

 そう言いながら、お母さんはお金をくれた。
 だって愛す不足なんだもん。

 吸血鬼がいないせい。

 ……もう、私はあなたの事なんか忘れちゃうんだからね……。

 カランコロンと下駄に浴衣で歩く。
 どっかでお祭りがあるのか、浴衣の人も歩いてる。

 まさか散歩とコンビニに行くだけとは思わないよね、この浴衣娘が。

 カランコロン、カランコロン、カランコロン。
 一人ぼっちの音。

 夏が終わっちゃうか……この思い出が最後かな。

 風が吹く、なんだろう、柳の葉が切なそうに揺れてるよ。

 私の夏、なにもなく……終わっちゃう……。



「あ、月ちゃん」



 えっ……。

 突然に名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がる。

 この声……。

 振り向いたら、吸血鬼だった。
 黒いTシャツで、牙を見せて笑ってる。

「お久しぶり~やっぱりこっちはまだ暑いね」

「えっ……えっ……」

 やだやだやだやだ、パニックだよ。
 え、どうしよう心臓がバクバクだよ。
 どうしてどうして吸血鬼吸血鬼吸血鬼吸血鬼だ!!

「あ、ごめんね。急に声をかけてしまって……変質者だね」

「きゅ、吸血鬼だから大丈夫です!」

「吸血鬼でも、こんなの変質者だよーごめんね。でも会えて良かった」

 えっ、なに、この、突然のボーナスステージ!?
 私に会えて良かったって言った!?

「これお土産」

 吸血鬼はチェック柄の小さな紙袋を私の目の前に差し出した。

「え!?」

「開けて、確認してみて」

 中を開けると、それは北海道のちびバニちゃんキーホルダーだった。
 
「言ってたやつ、それで合ってる?」

「こ、これです。これです。わ、私に? どうして……」

「あーなんかこれかな? って思って……迷惑じゃなかったら受け取って。バイトの僕が言うことでもないけど、いつも店に来てくれてありがとう~」

「嬉しいです、ありがとうございます」

 やだやだ。
 なにこれなにこれ、特大ボーナスステージにサプライズプレゼント!?
 私、今すっごく変な顔してる。
 嬉しさと驚きと泣きそうなのにニヤニヤして……やだ!

 嬉しい……。
 私、今日死んじゃったりしないよね?

「まだ暑いけど、夏も終わっちゃうんだね~短いね」

「……はい……」

 吸血鬼が青白い顔で笑った。

 私は、あなたに会えない日々で結構長く感じた夏でした。

 夏祭りに行ったりしたし、男の子に告白されたりしたんですよ。
 でも、あなたの事ばっかり考えてしまう夏でした。

「はは、でも来年も夏はまた来るんだろうね~」

「そうですね」

 二人で笑い合う。

 来年も吸血鬼は北海道に帰るのかな。
 まだまだ知りたいことがいっぱい。
 あなたはどうして、故郷からこんな離れた場所のコンビニで働いているの?

「月ちゃんも、コンビニ行くの?」

「あ、はい」

 二人でコンビニまでを歩く。
 カランコロン、カランコロン、カランコロン。
 嬉しい嬉しい下駄の音。

「あ、あの……どうして私の名前知っているんですか?」

「あ! ごめんね、本当に変質者だ。太陽君が店に来る度に『僕は太陽! お姉ちゃんは月子! 今度、月ちゃんって呼んでみて!』って言われてて……覚えてしまって」

 太陽は弟だ。
 そんな話をしていただなんて!
 まさか弟はインフルエンザの時に、私の恋心に気付いた!? わけないか。
 ハンバーグとお母さんが大好きなまだまだ甘えん坊だもん。

 だけど太陽、グッドジョブ!
 グミを買ってってあげよう~~っと。

「変質者だなんて事ない! う、嬉しいです」

「よかった」

「あの、黒野さん」

「ん?」

 吸血鬼の名前。
 黒野さん。
 下の名前はなんていうのかな?
 私の苗字はさすがに知らないかな?

「浴衣……着てみたんですけど、どうですか?」

 思い切って聞いちゃった。
 自分で聞いてて、頬が赤くなる。

 黒野さんは、一瞬ポカーンとした顔をして、今度は慌てだす。

「そうだ! そうだよね! 浴衣だね!」
 
 気付いてなかった……?

「引きこもる前はね、まだ着物着てる人もいっぱいいて、駅からチラホラ浴衣の人を見て懐かしいなって思ってた」

 それだけ……?
 不貞腐れちゃいそう。

「あ、えっと……とてもよく似合ってて素敵です」

 私のジト目に気付いたのかな?
 やだぁ。言わせちゃったみたい。

「……ありがとうございます……」

 でも、嬉しい。
 すごく、すごく、すごく。
 何度も思うけど、私今日死んじゃわないよね?

 一気にきた。
 私の夏が、一気に今日、この瞬間に……きた!

 熱いよ! 夏!

「……桜さんも、浴衣が似合ってたなぁ……」

 ボソッと黒野さんが呟いた。
 多分、本当に無意識の言葉。

 人生、幸せだけじゃ終わらない。

 私を褒めて、他の女の人の名前を出す?

 酷いよ吸血鬼。

「これからコンビニじゃなくて、夏祭りに行くんだった?」

 あ、本当に無意識だったっぽい。
 風に吹かれる彼は、いい顔をしている。
 
「いえ、コンビニに行って帰ります」

 私の夏祭りは、今この場で絶賛開催中。

 ……過去系だったし、きっと昔の知り合いかなんかだよ。
 私も考えないようにしよう。
 気にしちゃったら、今のお祭り気分がなくなっちゃう。
 
「そっか、僕はコンビニのみんなにお土産届けて帰るかな」

「そ、そうですか」

 『コンビニのみんな』かぁ……。

「……もし気持ち悪くなかったら、このお菓子もどうぞ」

 黒野さんは、紙袋にいっぱい入ってる菓子折りを私に一つ差し出した。

「あ、純白の恋人……いいんですか?」

「うん。いっぱい買ったから、太陽君とお母さんによろしくね」

「は、はい……嬉しいです。ありがとうございます!」

 えー!
 えー!
 えー!
 わ、私すごくすごくすごくすごく特別な存在なんじゃない!?

 すごく特別な女の子なんじゃ……! 

「あー黒野さん! おかえりなさーい!」

「あ、ただいまです」

 んんんんん!?
 コンビニのドアから飛び出してきたのは、新人の女の子。

「みんな帰ってくるの待ってたんですよ~~!! 事務所でお茶でも飲んでってくださいよぉ」

「あーうん、お土産持ってきたから、じゃあお邪魔しようかな」

「店長も黒野さん来たら呼んでって言ってましたぁ!」

「そっかぁ」

「私、店長に電話します!」

「ありがとう、益田さん」

「やだなーレイちゃんって呼んでくださいよぉー! ってあれ……」

 やっと私の存在に気付いた『レイちゃん』。
 ふぅん……レイちゃん……。

「じゃあ、私は……此処で……」

「あ、うん。買い物は?」

 私の顔と黒野さんの顔を交互に見てる。
 店員さんでしょ!
 早くお仕事に戻ったらいいのに、なんで、どうして見てるのよ。

「じゃあ、私は中で待ってますね」

 はぁ……『レイちゃん』が中に入った。

 中と外。
 外を選んだのは私。

 少し勇気を出せば、私もその中に行けたのかな……?
 あの子は勇気を出して履歴書書いて、面接して……。

 それが怖かったわけじゃないけど……あぁ。

 でも現実、私は外なんだ。

「あの、やっぱり家にアイスがあるの思い出したから今日はいいです。じゃ、じゃあ……お土産、本当にありがとうございます」

「受け取ってくれて、ありがとう。じゃあまたね」

 青白い顔で、吸血鬼は笑ってくれた。店の玄関ドアへ歩いていく。

 私の夏祭りが終わっちゃう……終わっちゃう……あ、終わっちゃった。

 ごめん太陽、グミはまた今度買う。

 今は中に入りたくない。
 きっと遠くに感じちゃう。

 この幸せだけ、持ち帰りたいの。

 私も下駄で歩き出す。

 カランコロン、カランコロン、カランコロン。
 また、一人ぼっちの寂しい音に戻っちゃった。

 でもでもでも。
 可愛いって言ってくれたもの。
 私のために、私を思い出して、キーホルダーを買ってきてくれた。

 北海道で私を思い出してくれたんだもん。

 あの子より、私の方が好かれてる。
 絶対絶対、そうだもの。

 夏より、熱い、何かが私の心で燃える。

 カランコロンと強い下駄の音。

 激しい想いを知った、夏――。

 
 
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