私とコンビニ吸血鬼

とらんぽりんまる

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冬とコンビニ吸血鬼

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 私がよく行くコンビニがある――。

 そこの店員の一人に吸血鬼の男性がいる。

 高校へ通うようになってから、ほぼ毎日私はそのコンビニを利用しているけど夕方から深夜または朝方まで……その吸血鬼は働いていた。

 冬の寒い風が吹くと、ついつい寄り道したくなってしまう。
 
「いらっしゃいませ~こんばんは」
 
 学校帰り、夕方のコンビニに響く明るい声。
 吸血鬼のスマイルは牙がキラッと光っている。
 私が買う物と言ったら朝はパンやお弁当。
 夕方はお菓子とジュースたまに雑誌。お母さんに頼まれて卵や牛乳。
 結構な常連だと思う。
 
 その吸血鬼だって、きっと私を常連の一人として覚えていると思う。
 でも毎日会うのに、お互い何も知らない。
 
 会話だって『いらっしゃいませ』とか『ありがとうございました』とか
 『あたためますか』そんなもの。
 たまに近所のおばさんや、バイクに乗ってきたお兄さんが話しかけてるの見るけど、女の子から話しかけるとか無理だよね。

 ある日の土曜の夕方、お母さんに、
『あそこのコンビニにニンニクのすりおろしたチューブあるかしら? ちょっと買ってきて』
 と頼まれた。
 最近のコンビニは何でもある。
 ニンニクくらいあるだろう。
 私はちょっとグロスを塗ってマフラーを巻いてコンビニに向かった。

「いらっしゃいませ~こんばんは~」

 吸血鬼は届いたお弁当を売り場に出しながらいつもの明るい声で出迎えてくれた。
 ちょっと青白いけど、そこそこ顔は整ってるしイケメンって言ってもいいかもしれない。
 吸血鬼だけど。

 私は店内を歩き回る。
 普段は見ない調味料コーナー。
 あ、あった。
 私はワサビやショウガと間違えないように手にとって気付く。
 
「あ……これ、ニンニクだ」
 
 私は頭の中で、『235円がいって~ん……~~ぎゃああああああああああ』と彼が叫び苦しむ様子を考えてしまう。
 どうしよう。そんなのは嫌だ。
 他のスーパーに行こうかと考えたけど、スーパーはかなり遠いし私は悩んだ。

「……あの、すみません」

 彼は弁当を出し終えたところだった。
 
「はい! どうしました? 何かお探しですか?」

 うん、青白いけど爽やかな笑顔だ。
 
「あ……いえ、これ大丈夫ですか?」
 
「え? 賞味期限ですか?」
 
 私は思いきりニンニクと書かれたパッケージを彼に見せる。なるべく離れて。

「これ! ニンニクなんですけど、大丈夫ですか? レジを……打つ時……」

 自分で言い出した事なのに、なんだか馬鹿みたいだったかも!? って私は急に焦りだした。

 恥ずかしい。
 だって箱に入ってるしね? 平気に決まってるよね。
 馬鹿かなこいつ、って思われたかな……。

 私はチラッと吸血鬼を見る。
 
「あ……あぁ大丈夫です。気遣ってくださって、ありがとうございますー大丈夫です」

 彼はあんまりお青白くなくなって、ほんのり微笑んでくれた。
 
 それから私はレジの合間に一言二言、吸血鬼と話すようになった。
『今日は寒いですね』とかその程度で近所のおばさんよりまだ遠かったけど。

 平和な高校一年生の秋が過ぎた。

 でも雪が降るクリスマスが近くなって、私はとても嫌な目にあった。
 恋愛絡みのいざこざに巻き込まれてしまったのだ。

 恋愛が絡んだ女子の残酷さは異常だ。
 中学生の頃にはなかった、残酷さ。
 大人にもなれなくて、子供ではいたくなくて……女子高生。

 まだ私達は柔らかい棘だから、って言い訳してるみたいにグサグサと刺してくる。
 
 全然柔らかくないよ、痛いよ怖いよ。

 不安定な残虐さ。

 私がクラスのモテ男子が好きだって、事実が捻じ曲げられてしまう。

 私はそんな男子には興味もなかったのに、誰も信じてくれなくて……。
 いつも好きな人がいないなんて嘘ついて、密かに人気女子のAちゃんから奪おうとしていたって?

 事実無根だよ。

 でもそんな嘘をクラス全員が信じちゃう。

 何が真実とか関係ないんだよね。
 何が刺激的で何が面白いかなの。

 何もかもが不安定。

 そしてクラスのグループメールは動かなくなった。
 裏で新しいグループが出来て、私の悪口言いまくってるんだろう。

 見えない棘が、私を刺す。

 学校にも行きたくないし、友達にも会いたくない。

 嫌だ。嫌だ。
 最悪で、もう死にたい気分。
 
「雪に埋もれて……死んじゃおうかな……」
 
 出掛けたら怒られる深夜。
 私はコートを羽織ってマフラーをして、コンビニへ出かけた。

 真っ暗なのに、真っ白な雪が、降り積もる。
 何が黒で、何が白で、もう……わからない。



「いらっしゃいませこんばんは~」
 
 吸血鬼はいつもの笑顔。
 それも何だか今日は痛い。

 冷たくなったほっぺたに、コンビニのあったかさが染みる。

 濡れた床を転ばないように、歩いて店内に入った。
 
 他に客もいない。
 こんな大雪だもんね。

 コンビニスイーツに惹かれそうになったけど、今日は違う。

 私はお酒が並ぶ冷蔵庫の前でしばらく考えていた。
 お酒を飲んでみようと思った。
 
 お酒を飲んで、『泥酔状態』ってのになって……。
 危険な思考がぐるぐる回る。
 
 雪解けのあとに、発見された無惨な私を妄想する。
 ……でも、そんなの全然、ざまぁにならないな……。

 吸血鬼がポテトチップスを前に出しながらこっちを見た気がした。


 でも私は『泥酔』したくって3%と書かれた桃のお酒の缶をレジに置く。

「……いらっしゃいませ……」

 吸血鬼の声が静かで、暗い、低い。
 お酒をスキャンする前に吸血鬼が言った。
 
「申し訳ごさいませんがお客様、未成年の方にお酒をお売りすることはできません」
 
「……未成年じゃないです……」
 
 ふてぶてしい態度で私は言った。
 警察呼ぶなら呼びな! みたいな、わけのわからない逆ギレの怒りもあった。

「いつも高校の制服着てるじゃないですか」
 
「だ……ダメならいいですよ」

 私は缶を持って冷蔵庫へ戻しに行った。
 あぁ、もう嫌になる。
 吸血鬼にまで絶対嫌われちゃった。
 
 わけわかんないよね、私。
 ムカつく、哀しい、イヤダイヤダ、最悪……辛い。
 
 私は何も買わないで店を出て行こうとしたその時。
 
「待って! ねぇ君! ちょっと待って!」
 
 誰もいない店のなか、今まで聞いた事のない大声で吸血鬼に呼び止められた。
  
「これ、食べなよ」
 
 袋に入ったのは、ほかほかの肉まん……?
 
「え?」

「これ食べて」

「でも……お金……」

「僕がちゃんとお金払ったから、大丈夫」
 
 ほかほかの肉まんの入った袋を握らされた。
 じわっ! とあったかさが伝わってくる。

 熱いくらい、熱い。

「おーい! なにやってんの!?」

 また別の人の声。
 
「あ、はい! すみません!!」
 
 レジから声をかけられて、吸血鬼が慌てている。
 
 私も焦ってしまったけど出てきたのは男の子だった。この人もいつもいるバイトさんだ。

「あー! 邪魔した悪い! あがっていいよ。あと俺やるから」
 
 男の子がニヤッと尖っていない歯を出して笑った。

「え、でも」
 
「待たせてないで早くあがんなよ、お疲れさん!」

「あ、あざっす! あの、じゃあ」

 吸血鬼は背中をバンバン叩かれてタイムカードを押しに行った。
 
 私はどうしよう……と肉まんを眺めてとりあえず店を出たら、すぐに吸血鬼が黒のダウンジャケットを羽織ながらやってきた。
 制服を着ていない吸血鬼を見るのは初めてだった。
 黒いダウンジャケットなんて、ちょっと意外だったけど似合ってる。
 
 ずーっと降ってる雪はやっぱりずーっと降っている。
 
「ごめんね。驚かせて、食べなよ。よく買ってるでしょ?」
 
 今日は朝から何も食べなかったのに肉まんを見たらお腹が鳴った。
 
「いただきます……」
 
 ここの肉まん、コンビニのなのに角切りのお肉がいっぱい入ってる。
 大きめの筍がシャキシャキして、皮はふわふわで……。
 じんわり口いっぱいに、温かさが広がる。
 いっつも買っちゃう大好きな肉まん。
 覚えててくれたんだ……。
 やっぱり……美味しい。

「美味しいです」

「良かった」

「あの……ごちろうさまです」

「押し付けただけだよ~。食べてくれてありがとう」

 ……こんな優しい言葉ってあるかな……。
 吸血鬼はニコニコしてる。

「僕の家、あっちなんだけど。君は?」

「私の家もです」

「そうなんだ。もう夜中だしね。送っていくよ」
 
「えっ」
 
「狼男にはならないよ。僕、吸血鬼だから。大丈夫」

 二人で笑って、吸血鬼の牙と私の八重歯が白く光った。
 ザクザクと雪が積もった歩道を歩く。

「さっきはごめんね。でも未成年にお酒を売ったら犯罪になっちゃうんだよ」
 
「吸血鬼でもですか?」
 
「僕は処罰されて、クビになっちゃうよ~」
 
「吸血鬼なのに?」

「なるよ。吸血鬼でもクビになったら困るよ~」
 
 吸血鬼は途中にあった雪で埋もれた自販機で買ったホットコーヒーをあちちと言いながら開けた。
 自販機のコーヒーってあっついのにすぐ冷めるんだよね。

「何かあったの? お酒を飲もうなんて」

「すごく嫌なことがあって……もう死にたいです」

 それだけ言った。
 それしか言えなかった。

「そっか……」

「なんか……変な誤解をされちゃって」

「あぁ、そう人間ってすぐ誤解をするよね。なんでなんだろ? 思い込んじゃう人間って多いよ」

 すごくわかる、って感じで彼は言う。
 そっか……吸血鬼なんて相当に誤解をされて生きてきた存在なのかもしれない。

「もう、死にたいですよ」

 私は自分でもう一度口に出してみようと思った。
 
「吸血鬼なんてずっと死ねないんだよー」
 
 彼はすごく明るい声で言った。

 私が今はもう本気で死にたいって思ってないのを見抜かれたのかな。
 2回言ったら、なんだか、そんなに死にたくなくなってきた。
 だって、まだ彼と話していたいって思うから。
 
「吸血鬼は落ち込むことってないんですか?」
 
 ザクザクザクザク2人の雪音が暗くて静かな夜に響く。

「あるある」

「本当?」
 
「うん、色々あって……この前まで120年くらい引きこもり無職だった」
 
 そんな言葉でも彼は笑って言う。

「無職って吸血鬼なのに」

「吸血鬼は仕事じゃないし」

「そうか」

「そうだよ」

 彼が落ち込む事ってなんだったんだろう?
 でも、今の私には聞いちゃいけない気がした。
 
「あの……何歳なんですか?」
 
「今? 340歳くらい。人間だったら二十歳くらい」
 
「へぇ……」

 二十歳か、私は十六歳だから……四歳差、悪くない。
 
「でも働かなきゃって思ってさ~フリーターだけど、仕事は真面目にやってるつもり」
 
 笑顔のあとに少し真面目な、仕事をしている時の彼の顔になった。

「そっか……」

「ごめん。僕の話ばっかりだね」
 
 私は首を横に振った。でも言葉は出なかった。もうすぐ家に着く。
 もう……家に着いちゃう。
 
「……僕もあそこで働き始めてさ、結構楽しくて、たまに怒鳴られたり落ち込むし行きたくない時もある……」
 
「はい」

 私は働いた事ないからな。
 どんな仕事だって、きっと大変だよね。
 酔っ払いのお爺さんに怒鳴られてる彼を見た時は、後ろからお爺さんを蹴り飛ばしたくなったけど……彼は上手に宥めて追い返してた。

「僕も、死にたいなーってふと思うこともある」

 不死の彼の言葉は重たい。
 そして私も人……吸血鬼だけど、誰かに言われたら、すごく困る言葉だって気付いた。
 死にたいって言われたら、言われた方は、どうしたらいいかわからなくなる言葉なんだ。

「……はい」
 
「でも死にたいとか考えてるくせにパクっと食べたお弁当にニンニクが紛れて入ってたらさ、慌てて吐き出しちゃって慌ててうがいして、そんな感じでさ。なんだよ死にてーって思ってたんじゃないのかよ! って」
 
「……うん、私もそうかも。ちょっとわかる。わかります」

 お互いずっと前を向いて話していたのに、その時だけお互いを見た。
 数秒だったのに、長く感じた。
 私はもちろん、悩みはまだ引きずっているけれど吸血鬼の白い笑顔が冷たそうなのにすごく暖かく思えた。

「君が来てくれて、ちょっと話すと……僕はすごく元気がでるからまた来てよ」

 ……同じ気持ち……。

 私の家の前に着いた。
 吸血鬼の髪にたくさん雪が積もってる。
 きっと私の髪にも積もってる。
 同じくらい私の心にも吸血鬼の優しさが積もった気がした。
 
「私も元気でました。ありがとうございます、送ってくれて。肉まんも」
 
 フルフルと首を横に振る吸血鬼の髪から雪が落ちる。
 それじゃあねと手を振って吸血鬼が自分の家の方へ歩いていく。
 そんな彼の背中はちゃんとかっこよかった。

 雪の中に彼が消えていくまで、私は見送って冷たい冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだら、誤解をされたっていいや! って気持ちになった。

 それからすぐに、クラスの中で私を擁護する人が一気に増えて皆が私に謝ってくれて日常が戻った。
 私はそこで『好きな人はちゃんといるんだ』って話をしたの。

「いらっしゃいませーこんばんは~!」

 今日も吸血鬼が元気に働いてるコンビニに来た。
 前よりカッコよく見える。
 肉まんのお礼をしたいな……コンビニは年中無休だし、クリスマスは忙しそう。
 サンタの格好しても吸血鬼は大丈夫なのかな?
 初詣なんか行かないよね?

 あぁ……色々考えちゃうな。
 でも、彼の事を考えるのは楽しい。

「こんばんは、いらっしゃいましちゃった」

 私が言うと、彼は青白い顔でにっこり微笑んでくれた。

 会いたい人が出来た、冬――。


 
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