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第二話(受け視点)

2−2 初めての握手会&チェキ会

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 グリッドスターは男性アイドルグループということもあり、ファン層は女性が圧倒的である。その中で、男性ファンというのはどうしても少数派になってしまう。
 こうした接触する機会があるイベントに、果たして彼は来てくれるのか。陽一郎はその点が気がかりだった。

「それではイベント開始しまーす」

 スタッフの案内で、順々にファンたちと握手し、写真を撮る。

「厚海ママ、近くで見るとおっきくてカッコいいです~!」
「きゃー! リーダー筋肉ムキムキー!」

 何度か見たことのあるファンや、初めて来てくれたファンとも、交流を深めることができた。
 陽一郎と撮った写真を持ち、キラキラとした目で言葉をかけてくれる女の子たちは、純粋に可愛らしいとは思う。
 だがあの時に見た、彼の目の輝きを超えるような、胸の高鳴りは感じられなかった。

「……来てくれないか」

 イベント終了時刻間近になり、参加者の列も途切れた。だが、未だに彼は現れない。

 ──やはり、こうしたイベントには参加しにくかっただろうか? そもそも、俺のファンになってくれたかも分からない。

 落胆する気持ちを隠せず、陽一郎の表情が歪みそうになった瞬間。劇場のロビーの外から、何やら声が聞こえてきた。

「むむむ無理だってぇぇ……!! 俺なんかが会っていいはずないぃぃ~~!」
「ここで行かなかったら、一生後悔するぞ。スタッフさんに迷惑かけんなって。行ってこい!」

 何事かと様子を見ようと、陽一郎が外へ出ようとした時、ちょうど入り口から入ってきた人とぶつかってしまった。

「うぎゃっ!?」
「おっと……! 大丈夫ですか?」

 相手は足がもつれたのか、転びそうになった。陽一郎は咄嗟に片腕を伸ばし、その人を抱き止める形になってしまう。
 ぶつかられてもブレなかった自分の身体。しかも転びそうになったところを守ることもできた。こういう時、筋トレしていて良かったと思う。

「は、はい……、ぴゃっっっ!!!」
「っ……!?」

 目が合った瞬間、男性は声にならない声で叫んだと思ったら、陽一郎の腕から勢いよく抜け出した。

「ほ、本物の陽一郎くん……!!? 俺抱きしめられた!!?? 夢か!?夢だよな!? あわわわっわわ」

 どういった感情なのかは分からないが、とりあえずマイナスの感情ではなさそうだ。

「怪我はないですか?」
「だっ、だいじょうぶです……!」

 しゃがみ込んでしまっている高さに合わせて、陽一郎も膝を曲げ、相手の顔をよく見ると……。

 ──間違いない。あの時の彼だ!

「あの、間違っていたらすみません。いつもライブに来てくださってますよね?」
「へ……? は、はい……陽一郎くん推しで、数ヶ月前から、欠かさずライブ来てます……」
「今日も来てくれたらいいなって思ってたので、嬉しいです」
「ゔっっ……!!」

 せっかく目を合わせられたかと思ったら、胸を押さえてうずくまってしまった。

「大丈夫ですか!?」
「推しの笑顔がまぶしすぎて発作起こしました。すみません」

 目の前の男性がゼーハーと深呼吸している様子が愉快で、陽一郎は思わずクスリと吹き出してしまう。

「ふふ……、あははは!」
「陽一郎くん……?」

 突然笑い出した陽一郎に戸惑っているのか、男性はオロオロと視線を右往左往している。

「はー……すみません。今まで貴方のような人に会ったことがなくて、楽しくて笑ってしまいました」
「ひぇっ、この上ない幸せ……!」

 彼の大げさな言い方が、完全に陽一郎のツボにハマってしまった。

「あの、お名前聞いてもいいですか?」
「友渕、です……!」

 友渕は陽一郎に、ご丁寧に漢字での書き方まで教えてくれた。

「友渕さんですね、覚えました」
「ひょわあああ! 陽一郎くんが俺の名前呼んでくれてる……!」
「ははは!」

 ここ数年で一番、心の底から笑っている気がすると、陽一郎は思う。もっとこの楽しい時間を過ごしていたいと思ってしまう。
 だがスタッフに「後に誰もいないけど、そろそろ……」と促され、仕切り直しをせざるを得なくなってしまった。

「友渕さん、チェキ撮りましょう」
「ひゃい……!」

 しゃがみ込んだまま、プルプルと震えている友渕の手を取る陽一郎。そしてそのまま、チェキ撮影の立ち位置まで連れ立って歩く。
 陽一郎の胸あたりに頭があるほど背丈が小さく、ほっそりとした身体や手。体温が低いのか、それとも緊張しているのか、触れている手は冷たい。
 そのどれもが、陽一郎にはないものばかりだ。

「ポーズ指定できるんですけど、どれがいいですか?」

 今回のチェキ撮影は、グリスタにとって初めての経験になる。そのため、メンバーそれぞれに似合いそうなポーズを事前にいくつか決め、ファンがその中から一つ選ぶ形式になっている。
 陽一郎の場合は『ハートマークを一緒に作る』『肩を抱く』『ガオガオポーズ』の三つだ。

「うううう……」

 どれにするか決められないのか、友渕が唸っている。
 ここは助け舟を出してあげるのがいいだろうと、陽一郎は口を開いた。

「この『ガオガオポーズ』っていうの、今日一回も指定してもらえなかったんです」
「それって、俺だけが撮れるってこと……?」

 友渕の心の声であろう声が、ダダ漏れになっているのが面白い。

「そうしたら、『ガオガオポーズ』でお願いします……!」
「了解です」

 自分のチャームポイントだと言ってもらえる、首筋のホクロを見せるのもいいかもしれない。そう思い立った陽一郎は、友渕の方を向いてポーズを決める。

「撮りますよー……あ! すみません、ちょっとブレちゃったかもしれないです」
「そうしたら、もう一回撮ってください。友渕さん、すみません」
「ぜ、全然大丈夫です……!」

 撮影をしていたスタッフの手元がブレてしまい、仕切り直しすることとなった。
 陽一郎の言葉に、首を勢いよく横に振る友渕。陽一郎自身、今日初めてやったポーズではあるから、練習できたようなものでありがたいと思ってしまう。

「撮りまーす」

 イメージを掴めたので、自信を持ってポーズを決めてみる。
 カシャっと軽快なシャッター音がして、出てきた写真は問題なく写っていた。

「ふぁああ本当に陽一郎くんとチェキ撮っちゃった……! 幸せすぎて今日死ぬのでは」
「ははは、サイン入れますね」

 生まれたての子鹿のように、プルプルと震えている友渕が面白くて、また笑いが込み上げてしまう。
 写真の中の友渕は緊張しているのか、ぎこちない笑みを浮かべ、陽一郎に比べると形になりきれていないポーズを決めている。だがそれが、陽一郎が楽しいと思った友渕の姿を表しているようで──。
 撮った写真に金色のペンでサインを入れ、黒色のペンで『一緒にポーズ』とメッセージも書く。

「あ……」

 それに加えて、無意識にハートマークまで書いてしまった。そんな時、ふと明石から言われた言葉を思い出してしまう。

『それを好きって言わずに、なんて言うのさ』

 ──ああ、好きだな

 陽一郎の心の中のモヤモヤが、スッと晴れた気がした。

「友渕さん、握手しましょう?」
「はい……!」

 おずおずと差し出された友渕の右手を、陽一郎は両手でしっかりと握る。
 改めて友渕の手に触れると、先ほどよりは温かくなっていて、少し緊張が解れたのかもしれない。

「今日はありがとうございました。またライブ来てくださいね」
「もちろん行きます……! 応援してますっっ!!」

 陽一郎がサインとメッセージを入れた写真を渡すと、それを大事そうに両手で持ち、感激している様子の友渕。そんな姿を見て心が躍っている自分がいる。
 何度もお辞儀をしながら去っていく友渕の背中を見送り、陽一郎に喪失感が襲ってきた。

 ──思っていた以上に、楽しいと思っていたんだ。

 そんな気持ちに苛まれながら、ふと机に視線を落とす。
 撮り直しする前の写真が置いてあり、若干ブレてはいるものの見えないほどではない。友渕のぎこちない笑顔に、陽一郎も自然と笑みが溢れてしまう。

「これ、持って帰ってもいいですか?」

 さっきまでの楽しかった時間を切り取ったような写真。スタッフの了承も得て、陽一郎はその写真を持ち帰ることにした。
 これからもファンの皆には、グリッドスター全員を見てほしいという気持ちは変わらない。だが、友渕には自分だけを見てほしいと願ってしまう。


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