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第九十三話 静かに眠れ

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ガスの圧倒的な強さの前では、武力などないに等しい。

なら精神的攻撃ならまだワンチャンあるのではないかと考えた作戦だった。

前の魔王もそれには手を出していなかった。

それを思いついたのも、自分に似せてイツキの身体で作った人形がヒントに
なっていた。
籠から出たがると、いつも春樹に抱きついて来ていた。
なんとも奇妙な光景だった。
春樹が二人いるような絵面だった。

もちろん中身は春樹に懐いていた子の魂でできているので、離れたくないと
駄々をこねるとべったりとくっついてくる。
そんなある日、外に散歩をしている時に捕食されかけた時に蔦を噛もうとし
て自分の手を噛んですぐに抜け出してきたのを見て思いついたのだった。

きっと良い夢なら自傷など人はしない。

ならとびっきりの甘い夢を見せてやればいい。
竜が落ちるくらいの、起きたくなくなるくらいの甘い夢の中へ…。

ガスの意識が急激に夢に落ちていく。
メテオの岩がどんどん無防備な身体を打ちるける。
怪我はさほどないのが嫌になるくらい頑丈だと思わせる。

蔦に巻かれるようにして眠ってしまった。

目覚める時は、春樹が死んだ時だろう。
それまではいい夢の中に囚われていてくれ。

「おやすみ…ガス」

封印の印を周りに施すと、誰もここへは近づけなくなった。
何を見ているのか分からないが、嬉しそうに照れているのが分かる。

ガスもそんな顔をするのだと思うと、ちょっと夢を覗いて見たくなった。

春樹はその足で魔王城へと戻った。
部屋では檻の中から出たがっている自分とそっくりな顔の男を宥めると、嬉し
そうに顔をすりよせてくる。

中身が春樹に懐いていただけにこれは流石にまずい。
椎名の前で魔王に擦り寄っていく姿を見せるのは…いや。
それもありか…。



魔王様がガスを誘って戦闘訓練をしたいと言い出した。
ガスにとってはこれ以上に嬉しいことはない。

先代は自分を遠ざける事ばかりを考えていたようにおもえる。
今回ももしかしたら、日記を読んでガスを遠ざけるかもしれない。
勇者が近づくとソワソワしていたし、きっと遠征に行ってくれと言って城から
遠ざけるのだろうか?
とも、思っていた。
が、違った。

「バリア張るからガスのブレスを打ってくれ」
「それは…無理です。なら、魔王様が攻撃してください。」

そう、攻撃も去る事ながら、ガスは竜なのである。
防御力に絶対の自信があった。

寒いのも暑いのも大体は平気だった。
まさか、交互に冷気と灼熱のがきて、大爆発が起こるとは…

これには驚かされた。
今回の魔王様は頭がいいらしい。
普通は考えつかない事をして退けてくる。
面白い。
実に、面白い。

ずっとこのお方のお側にいたい。
見ていて面白いのだ。

さっきの爆発でほとんど無傷だと知ると少し悔しそうにしていたが、まだ攻撃を
やめない。

岩が一斉に落ちてくる。
ちょっとは痛いかな?
だが、鱗を傷つける程ではないし。大怪我を負うような事はないだろう。
今度は防衛せずに直に受けてあげようか?

そんな余裕をかましていた。
そう、いきなり眠気襲われはのはそんな直前の事だった。

大きな地震が起きたように大地が揺れ、大きな衝撃が身体に伝わる。
夢の中へ入ってく。深く深く、沈み込んでいく。

ダメージを負えば負うほど。深い眠りへと落ちる。
それがこの植物の特性だった。
一気にこの植物を焼き切らない限り出られない。
もしくは中で自分で自傷し死ねば、意識は戻ってこれる。

ガスの意識はどこまででも落ちていった。
水の中に包まれたようなふわふわした感じに目覚めると、執務室で眠っていた
事を思い出す。

「おっと、いかんいかん。魔王様に報告せねばならなかったんだ…」

最近きたばかりに魔王様は人間のような生活を望んだ。きっと辛い事があった
だろうに、何も言わなかったし、部下にも平等に親切だった。

ただ一度だけ怒りを露わにした時があった。
魔王城にきた初日の夜だった。
サキュバスのティアが深夜に寝室に忍び込むと色恋ごとを模様したらしい。

が、それが魔王様の怒りを買ったのだ。

きっと絶世の美女に化けたのばかりと思っていたがそうではなかったらしい。
男になって、魔王様を犯したと言っていたのだ。
それは流石のガスでも、怒るぞ?と付け加えた。

即刻処刑されたのが印象的だった。
こんな冷酷な事もできるのかと。

優しそうな顔に似合わず冷酷さも兼ね備えているらしい。
美しいと思ってしまった。
先代やその前にも遣えてはいたがここまで心を鷲掴みにされた事はなかった。

そして、ある日魔王様の私室へ向かった時。部屋の前で入れずにうろうろしてい
るララと出会った。

「どうしたのだ?」
「ダメです。今は来ちゃダメなのです」

慌てて、これ以上は踏み込むなと言ってきた。
耳を済ますと微かな喘ぎ声が中から聞こえてくる。
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