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第八十五話 勇者の悪用

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カエデは聖女の同行に反対だと言ってきたのだった。

「どうしてだよ!一緒にやってきた仲間だろ?」
「そうかもしれないけど、これからもっと敵の数も強さも上がるんだよ?
 今のまま連れていけば死ぬ事だってあるんだ。それに、僕達は魔王に絶対
 勝てるって言えるの?もし勝っても元の世界に帰るんだよ?もうこの街に
 帰ってはこないんだよ?」
「…な、なんだよ、それ。俺は残る。この世界に残って聖女さまと一緒に…」
「それがどう言う事が分かってる?」

カエデの言っている意味が天野には理解できない。
椎名はなんとなく察すると口を挟んだ。

「勇者が一人残れば、各国がこぞって自分のところに招くだろうな?魔王を
 討伐したほどの勇者なら、尚更だ。そして女がいれば邪魔だからな~どう
 なるだろうな?」

天野は一緒に召喚された幼馴染を思い出した。
貴族の娘をあてがうために、国は何をしたか…。

そうやって繰り返されていくのか…と。

「俺たちは残っちゃいけないんだ」
「そうだよ。勇者ってのはいつでも争いの火種になってしまうんだ」
「頭がおかしくなって王様からも見放されれば別だがな…」

村娘メイアの事を思い出す。
大事な人をこの世界で失ってしまって自暴自棄になった過去の勇者の子孫だった。
彼女は椎名によって首を落とされたが、それには理由があった。

勇者が来たら、レベル上限を解放する。
どんな恨みを買ってしまっても、それが使命だと信じていた。
それが命と引き換えになってしまったとしても…世界を救う勇者を守る為だと。

その決心は褒めるに値するが、椎名には許せる事ではなかった。

その話は天野と聖女からカエデへと話されたのだった。
もちろん、それを聞いたカエデは人殺しは容認できないけど、それでも自分もまた
同じ事をしてしまいそうだと話した。

「だからね、天野くんにとって聖女さんと一緒に居たいって言うのは分からなくも
 ないけど、それってすっごく危険な事なんだよ。この世界の住人にも、私達にも」
「それは…でもさ、せめて聖女さまに選ぶ権利くらいあると思う…勝手に置いてく
 のは俺は嫌だな…」
「そうだね、なら明日本人に聞いてみよう?それでも付いてくるって言うならその時
 は仕方ないね。でも、迷うようなら置いていく方を薦めるよ?」

カエデは選択肢を間違えないようにという。
迷うのは天野と一緒に居たいだけで、それ以外ではない。
本当に魔王城へ行って討伐に一緒に行きたいと自分から言えるようなら…。

その話は寝ているふりをしていた聖女は聞いていたが、そのままフリを続けた。
きっと明日、選択を言い渡されるだろう。

その時、自分はどちらを選ぶのだろう?
置いて行かれたくない。
天野は残ってくれると言ったが、このままではそのまま帰ってしまうかもしれない。
それは困るのだ。

なんとしてでも自分の側にいて欲しい。
それには、もう選択肢などないではないか…?

そのまま夜は更けていく。
見張りの交代時間まで目を瞑ったのだった。



魔王城では残りのカケラを探しに春樹がララを連れて出掛けていた。

「もう少しですね?」
「そうだな…ララにはいつも助かるよ。」
「いえ、ハル様のお側でいられるのが私達の幸せです」
「お前もいつもありがとな?」

背に乗せてくれるワイバーンに撫でながらお礼を言うと嬉しそうに鳴いた。
魔物とも言葉が通じるのかと少し不思議になった。

今までで倒してきた魔物もそうだったのだろうか?
急に罪悪感が湧くが、すぐに考え直した。
今から自分がしようとしている事の方がよっぽど酷い事なのだから。

最後のカケラを探す為に獣王国へと来ていた。
天野がいた国だった。
獣王様が収めるとされる国で、ここでは臭いで侵入者がバレてしまうのでこっ
そりと侵入するのは無理そうだった。

今、春樹はワイバーンの巣に来ている。
そして大量のワイバーン達に囲まれながら、獣王国を目指したのだった。
真上から飛び降りると街の屋根に乗る。

その間に城の城壁を攻撃してもらい兵達の視線を釘付けにしてもらう。
ララと共に屋根を伝い城壁の中に入る。

もちろん、全く見つからずにというのが理想だが、そうはいかない。

「おい!そこのー止まれ!」
「怪しいやつだ!殺せーー!」

「やっぱりすぐにバレるんだな~よっと!」

魔法を使って上空に氷の鋭い礫を作ると一気に兵士へと降り注ぐ。

「なっ!ぐぁぁぁーーー!」
「なんだ!これはぁぁっーー!」

兵士の鎧を貫通して地面に突き刺さっていく。
もちろん一人たりとも生かしてはおかないつもりだった。

椎名達がすでに魔王城のある大陸へと来ている事はこの前知った。
もう時間はそう無いのだろう。

「一気に行くぞ!」
「はい!ハル様」

ララと共に一気に走り込んでいく。
門を通り過ぎて裏庭に出るとすぐに新たな伏兵に出くわしたのだった。
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