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第二十三話 もう一人の勇者

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苦しい…、タンスの中に押し込まれ狭いせいか身動きが取れない。
椎名がどんどん殺して行くせいでレベルアップ酔いで目が回る思いだった。

「苦しい…出してっ…」

か細い声で何度も呼びかけるが誰も反応はなかった。
爪でカリカリと引っ掻くが出られない。
何かで固定されているようで、自分では出られずふらふらしてくる。

「誰かいるのか?」

誰かの声がしてつい何度も中から叩きつけてしまった。

「助けて…開けてっ!」
「中にいるのか?ちょっと待ってろっ!」

見知らぬ声の主はタンスごと壊して春樹を連れ出していた。

「大丈夫か?あんたは感染してないのか?」
「ありがと…苦しくて…」

立ちあがろうとしてそのまま倒れ込んでいた。足に力が入らず起き上がれない。
声の主は春樹の腕を縛るとヒョイっと持ち上げると出て行ってしまった。

「悪いなっ、本当に感染してないか不安だからさ、縛らせてもらうな!」


この村に立ち寄ったのには理由があった。
先の戦争に駆り出された時に、物資をこの村経由で運んでいたのだ。
そのお礼と思い訪れたのだが、人々の顔色や、すぐに襲ってきた事から慌てて
応戦したのだった。

そして疲れて立ち寄った家で、物音がしたのできたらタンスをぐるぐる巻きに
閉じ込められている春樹を発見したのだ。

見た目は普通の人間に見える。
苦しそうに倒れてきた彼女を近くのロープで縛ると馬に乗せて獣王国へと連れ
て帰ってきた。

身体に異常はないように見えるが、それでも油断はできないとばかりに寝かせた
まま手足を縛っておいたのだった。


目を覚ました春樹は今の状況に唖然としていた。
どこかの宿屋なのだろうけど、手足の自由が効かずその上ベッドに寝かされてい
るのだ。

嫌な予感しかしない。
するとドアが開いて誰かが入ってきた。
目を瞑ると寝たフリを決め込む事にした。

入ってきた者は足元に座るとベッドが揺れた。

「おい、起きてるんだろ?」
「…」

何も話さない春樹の太腿へと手を入れてきた。
流石に耐えられず体制を捻って威嚇する様に睨みつけた。

「やっぱり起きてるじゃん。話せるか?」
「こんな事する変態と普通に話せって言うのか?」
「あぁ、それはお前さんが感染してるか不安だったからな~、しかもタンスに閉じ込
 められてたんだし、こっちだって不安になるって~、で?なんであんなところに閉
 じこめられてたんだ?」
「…」
「話してくれないとわかんね~だろ?それにあの村の状態は何だったんだよ~」
「あれは…飲み水に毒が入れられたんだ…、俺たちは冒険者で…」
「え!冒険者なん?すげーー!かっこいいじゃん!」

いきなりテンションを上げてきた男に春樹は調子が狂いそうだった。

「お姉さん、名前は?俺は天野大成…えーっと、アギールって呼んで?」
「なんでわざわざ訂正すんだよ…日本名だろ?それ…」
「ん?日本知ってるの?って事は転生者?」
「あーー。いきなり森の中に落とされたって感じかな…」
「って事は召喚された感じ?なら俺と一緒じゃん。俺は勇者として召喚されたんだよ
 ね~、でもさ…戦うのってモンスターじゃなくて人相手じゃん?なんかつまんねー
 よなー」
「それって…まさかレベルは99なのか?」
「あぁ、君は違うの?」
「俺はレベル1だったから…」
「あちゃー。そりゃ大変だわ。お姉さん大変やったんだな~」
「俺はまだ高校2年だ。そんな歳じゃない」

その天野と名乗る男の言葉に嘘があるようには聞こえなかった。

「そうか~なら年下かー、俺これでも高3だしな!」
「それに俺は男だ。この世界に来て性別が変わっちまって困ってるんだ…」
「なんか難儀だったな~、それならしばらく俺と行動するか?今ここは獣王国にいる
 んだけど…」
「なっ…なにっ…どうやって入ったんだ?余所者は入れないって…」
「俺はここの勇者だぞ?簡単だろ?」
「待って、俺には連れがいるんだ。」
「そうなのか?でも、あの村で生きていられるかどうか…」
「生きてる。絶対に死ぬわけないから。だから椎名を探して欲しい」
「そいつも召喚されたのか?」
「あぁ、親友なんだ…」

春樹の言葉に天野は頷くと一緒に探してくれると約束してくれた。

「獣王国で召喚されてからどんな感じなんだ?」
「あぁ、俺は見たまんまかな~、戦争ばっかだよ。覇王弓っていうの?これでとに
 かく、人を打って殺すのが役目みたいなー?だからさ~ちょっと嫌気がさしてた
 んだよね~、いっそ逃げちゃおうかなって…?」
「…?」
「でもさ~知り合いもいないし、どうしようって思ってたんだけど…君を見つけた
 から…決心がついた的な?」
「えっ…それって…」
「だから、一緒に連れてってよ。君らの冒険にさ!」

なんかついてくるような言い方をしてくる。
椎名との二人旅だったし、別にかまいはしないけど…。

「まずは椎名に聞かないと…だぞ?」
「いいよ、一緒に探そう。」

意外といいやつなのかもと思い始めたのだった。
拘束も話し出してから解かれ、今は普通に話せている。

「荷物は村に置いてきたの?」
「いや、イベントリに入ってる」
「なるほど、春も持ってるんだな」
「天野もあるのか?」
「もちろん、容量は少ないけどあるよ。荷物持つのは大変だからありがたいよな」

話も合うので、少し気分が良くなっていた。

(早く椎名を見つけないとな~)
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