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異世界へ

第二十九話 打ち解ける

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大きな桶にお湯が張ってあった。
そこに浸かるとタオルで身体を擦る。

お湯が出るわけではないのでお湯を流してしまうと
次入る人の分が減ってしまうのだ。

「水道があると楽なのにな~」
「水道とはなんなのだ?」
「あ、そっか、知らないんだよね?えーっとね、こ
 ういう形をしている奴でね、捻るだけで簡単にお
 湯が出てくるってのがあるんだけど…」
「それは便利だな…水を井戸から汲んできて火の魔
 石でお湯にする。これがこの世界でお湯を沸かす
 原理だから、そっちの世界では便利なものが多い
 んだろうな~」
「そうだね……」

そうやって説明すると、余計に帰りたくなる。

隣で服を脱いでお湯に浸かる神崎を見て、ナルサス
は一向に服を脱ごうとしなかった。

「脱がないのか?」
「奴隷と一緒に入るのは汚いかと……」
「なんで?誰が汚いなんて言ったの?」
「それは……」
「湯が冷めちゃうじゃん。早く入りなよ」
「………分かりました。」

少し迷っていたが、服を脱ぐと、湯に浸かった。
逞しい身体だったが、皇子らしからぬくらいに傷
だらけだった。

身体中に鞭にでも打たれたような痕が残っている。

それもまだ最近なのだろうか?
昔の傷は剣術でできたものだろう。

「痛くないの?」

つい聞いてしまうと、苦笑いを浮かべてきた。

「見た目だけで買われたせいで、気に入らないと…
 こういう事はよくあるんだ……」

よくある?

そんなの普通じゃない!
ましてや、奴隷に酷い事をするなんて…。
自分がやられて嫌な事を奴隷なら何してもいいなど、
気に要らない。

「安心して、俺は絶対に変な命令はしないし、嫌な事
 はちゃんと言ってくれればやらせないから…」
「それでは奴隷を買った意味が……」
「だから、自分を奴隷なんて思ってほしくないって言
 ってるの?いい?これからは自分を奴隷だからと言
 って卑下しなくていい。やりたくない事は言ってく
 れればいい。四六時中働くなんてしなくていいし、
 たまには休んだっていい」

真剣な顔でいう神崎に、ナルサスは驚いた顔で呆けて
いた。
そして、突然笑い出したのだった。

「ぷっ………あっははははっ……そんな事いう主人は
 初めてだ」
「…」
「いいよ、分かった。奏の好きにしていい。俺も奏の
 事気に入ったよ」

あまりに馬鹿正直な言葉に、疑う事を一瞬忘れそうに
なっていたくらいだった。
奏なら疑わなくていいかもしれない。

皇子だった頃は、周りは全員敵に見えたものだった。

誰が誰をはめる為に動いているのか?
誰が裏切るのか?

今までずっと一緒にいた執事は明日には敵についてい
る事など当たり前にあった。

少しでも気を抜けば、食事に毒が混入されている事は
日常で当り前だった。

だから、一緒に食事をする時でも誰かが食べた後しか
箸をつけれなくなった。
なのに、この奏は会った時から不思議と目が離せなか
った。

予想外の行動に、思考。
これはこの世界の者にはあきらかに異物だろう。

召喚されて来た事を知っているのはエリーゼという騎
士とナルサスだけだ。

ナルサスはこの少し抜けた可愛い主人を失いたくない
と心から思ってしまった。

隙あれば抜け出して逃げてやる。
そう思っていたはずだったのに、今は少しだけ付き合
ってやってもいいかなって思ってしまっていたのだっ
た。
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