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罰するって難しいわね

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 アンジェが教会総本山の尋問室に呼び出された。敬虔な信徒が多い教会では、あまり使われることがなかった場所である。王達が信用ならないので、ここを使うことにした。

 アンジェは王城から連れられてきた。舞踏会からずっと王により監禁されていたのだという。

「私は、これはゲームの世界だと思ったのです」
「……ゲーム、ですか」

 女性の神官マリアが尋問にあたった。アリシエラはラグノニオスとフランベルツと共に、御簾の向こうからその様子を見ていた。

 アンジェは憑き物が落ちたような表情で淡々と語る。

「貴女には分からないでしょうね。私には前世の記憶があるんです」
「前世、ですか」

 マリアからの視線が御簾に向かう。マリアには先入観をもってほしくなかったから与える情報は最低限にしていたのだ。訳の分からないことを語り出したアンジェに困惑したようだ。

「前世で私はあるゲームに熱中していました。男性との空想の恋愛を楽しむ遊戯です。私は、そのゲームとこの世界がとても似た世界観であることに気づきました」
「……なるほど」

 物語を現実だと思い込むようなものだろうかとマリアが頷く。

「私はそのゲームのヒロインと同じアンジェ・ルコットという名で、同じ事情を抱えていました」
「その事情とは?」
「年配の婚約者がいて、将来を悲観していたことです」
「はあ」

 この世界、歳の差のある結婚など普通にあることだ。アンジェの婚約者はこの国屈指の富豪だった。ある程度婚約者に付き合えば、贅沢三昧な日々だった筈だ。

「貴女の婚約者は貴女に何か酷いことをしたのですか。将来を悲観するほど?」

 婚約者が暴力的だったり、女性蔑視だったら結婚に悲観することも分かる。だが、アンジェの婚約者ブルダンは、子も孫も多くいて、家族を大切にする人だという噂だった。

「いいえ―――」

 アンジェは初めて淡々とした表情を崩した。何故そんなことを言われたのかというようなポカンとした顔だった。

「……なるほど」

 少女にありがちな結婚への理想の高さが不満の理由だとマリアは判断した。

「それで、貴女はこの国をゲームの世界だと思って、どうしたのですか」
「……ゲームの様に、学園で貴族達に声をかけました。王子のエドワード様が私の第一目的でした」
「貴女が声をかけた相手に婚約者がいることは御存知でしたか」
「はい。婚約者の存在は、ゲームに必ずある障害ですから」
「……それでどうしたのですか」
「エドワード様やフレドリック様、バカモンド様と親しくなって、イジメを受ける様になりました」
「それは誰によるものだったのですか」
「……私は、ポートマス公爵令嬢だと思っていました。エドワード様を攻略する上で、障害になるのはその婚約者ですから」
「なるほど。今でもそう思っていますか」
「……いいえ。ポートマス公爵令嬢は関係ありませんでした。きっと別の人です」
「犯人を知りたいですか」

 アンジェが言葉を切って、マリアをまじまじと見つめた。初めてその疑問に思い至ったのだろう。暫し沈黙したあと、首を振った。

「……いいえ。もういいのです。私は知りました。私がしたことは最低だと。きっと、たくさんの人を傷つけた。私が傷つけた人が、私を害そうとした。それだけのことです」
「分かりました。その発言は、貴女の懺悔と受けとります。貴女に神のご加護がありますように。尋問は以上です」
「……神の、ご加護。私なんかに……」

 マリアが神官として決まり文句の聖句を呟き、尋問は終了になった。





「どう思いますか」

 ラグノニオスの部屋に落ち着いた2人は難しい顔をしていた。フランベルツは楽しそうにアリシエラの髪を弄っている。

「……複雑ですわ。アグノアティスに見出だされてしまったがために、途中で引き返す機会を失ったのかしら」
「そうですね。しかし、彼女の行いで傷ついたものがいるのも確かです」
「でも、その人は、アンジェに仕返しをしたのでしょう?」
「ええ」
「……難しいわね」

 アリシエラが難しい顔で蟀谷を押す。対処が難しすぎて頭痛がするのだ。けしてフランベルツが髪を軽く引っ張りつつ何かをしていることが原因ではない。
 ラグノニオスがアリシエラから視線を逸らした。一体、今のアリシエラの髪はどうなっているんだろう。

「1番適当なのは修道院行きでしょう。ルコット男爵は、アンジェが帰ってくることがあったら、殺してしまいそうです。何とかブルダンからの賠償は逃れられたようですが、借金が膨らんでいるようです」
「……私はそれでいいと思いますわ」

 アンジェが望んだ贅沢な暮らしとは真逆だが、質素でも静かな生活がそこにはある。

「出来たぞ!」

 しんみりとした部屋に、フランベルツの明るい声が響いた。フランベルツは前まであれほど怒っていたくせに、今はもうアンジェに興味がないようだ。本来神はあまり人に関心を寄せないのだから仕方ないのかもしれない。

「見ろ、アリシエラ。とても美しいぞ」

 フランベルツがどこかから取り出した美しい細工の手鏡をアリシエラに差し出す。アリシエラは手鏡をのぞいて半眼になった。

「花の香りで鼻がやられますわね……」

 精緻な編み込みで纏められた髪には、これでもかと花が飾られていた。


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