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神への頼み

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「だが、いつまた王太子がこちらに手を出しに来るか分からない。パールはグリティス様と結婚したことだし、そちらで暮らしなさい。ここにいて危険があるといけないから」
「でも、それではお父様たちが危険では?」

 自分のせいで家族が傷つけられるかもしれないと思ったら、胸が張り裂けそうになる思いだった。

「私たちは大丈夫さ。パールは私が王族に命令されて結んでしまった婚約のせいで沢山傷ついたんだ。今はグリティス様のもとで身を休めなさい」
「お父様……」

 常と変わらぬ優しい表情のレアトリア伯爵を見て、パールは涙が出そうになった。

「我から、大神殿にも王族の動きに気をつけるようよく言っておこう」
「ありがとうございます」
「グリティス、ありがとう」
「なに、パールの憂いを払う為にはなんだってするぞ」
「……嬉しいわ」

 グリティスが家族の安全にも気を配ってくれると知り、パールは少し安心した。






 レアトリア伯爵家からグリティスが創った家へと帰ってきたが、パールは落ち着かなそうに部屋をウロウロしてしまった。その動きを目で追っていたグリティスがフッとため息を吐く。グリティスはパールの顔が曇っているのが気に入らなかった。

「……パール、そんなに気になるなら映し鏡を見てみるか」
「映し鏡ってなに?」
「人の世の今と昔を映し出す鏡だ」
「え、じゃあ、クレイとかアリシアがどうしているか分かるの?」
「そうだ」

 グリティスが手を一振りすると、パールの身長ほどの大きな鏡が現れた。パールが覗き込むと、クレイとアリシアが抱き合っている様が見えた。

「……いや、人の情事とかは見なくていいわ」
「今は交尾中か」
「……交尾って言うと、なんか生々しく聞こえるからやめてちょうだい」
「そうか?わかった。過去を見てみるか?」
「そうだわ、私アリシアが虐められていたという真相を知りたいわ」
「ふむ。とりあえず鏡に映し出してみよう」

 グリティスがパールを抱き寄せて共に座るよう促した。パールは導かれるまま、グリティスに横抱きされた状態で座った。自然にしてしまったけど少し恥ずかしく感じる。
 しかし、鏡が映像を映し出すと、パールはそれに集中するようになった。

「あら、やっぱり、自作自演ばかりね。唯一、教科書は自分でやったわけじゃないようだけど」
「そうだな」

 映像の至るところで、クレイとアリシアが抱き合う場面があった。それを見てパールは顔を顰める。

「……そういえば、不貞の罰は男性ならあれを切ると聞いたけど本当なの?」
「あれ?……ああ、あれか。確かに神殿の教義ではそうなっているようだな」
「そうなのね。でも、王太子には適応されない?」
「いや、というか、そもそも適応された例があまりないはずだ」
「……そう」

 パールは自分がクレイに何を望んでいるか分からない。家族に手を出されるのは絶対に嫌だし、パールを貶められるのも許せない。でも、だからといって、パールがクレイに何ができるというのか。パールは神と結婚しただけの普通の少女なのだ。

「パール、何か望みがあるのか?その顔が晴れるにはどうしたらいい?」

 グリティスがパールの顔に手を添えてじっと瞳を見つめる。グリティスはパールの明るい表情をもっと見たいと言って求婚してくれたのに、パールは暗い顔ばかりしてしまい申し訳なく思う。

「ああ、そうだ。あいつの不貞の罰を我が課してやろうか」
「え?」
「我は神だからな。天罰くらいわけない。あいつのあれをちょん切ってやろう」

 グリティスが指した先では、クレイとアリシアが睦みあっていた。今の映像に切り替えたらしい。不意にその声が聞こえてくる。グリティスが音声も聞き取れるように調整したらしい。

『ああ、やっとアリシアをこの手に抱ける』
『嬉しいわ、クレイ』

 一応だが、彼らはまだ婚約していない。そして、貴族の婚前交渉は一般的に忌避される。

『あの陰気女がさっさと俺に断罪されればよいものを。俺たちが不貞関係だったのだと噂されて一向に婚約できない。これまであいつの陰気さにうんざりしながらも、優しくしてやっていたんだから、これくらい役に立てば可愛げがあるものを』

 クレイはパールを陰気だと思っていたようだ。会えば常にクレイはパールを怒り、パールに口を開く隙を与えなかった。クレイと過ごす時間はパールにとって苦痛しかなかった。クレイが優しかった記憶なんて1つもない。
 しかも、クレイが役に立てと要求しているのは、パールの国外追放である。貴族令嬢が追放されて生きていけると思っているのだろうか。いや、クレイはパールの生死なんてどうでもいいのだろう。クレイは自分のことしか考えていないのだから。

「……ちょん切るのはさすがに可哀想よ」

 パールは冷静だった。冷静にクレイを見てその話を聞いて判断していた。

「あれがなくなったら大変でしょう。せめて小さくなるくらいとか」
「ふむ」

 グリティスがニヤリと笑った。

「そうだな。生殖機能を無くしてしまえば、世継ぎがいなくなるからな。そうしよう」











 
 
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