虎は果報を臥せて待つ

森下旅行

文字の大きさ
上 下
22 / 24
一.勃興

あとがき

しおりを挟む
 ここまで読んでくださってありがとうございます。
 お気に入りに登録してくださった方もあり、とてもやる気に繋がりました。

 世間のご多分に漏れず、強制的に引きこもり生活を余儀なくされたことは、引きこもり力に欠ける私にとって、満員電車での長距離通勤よりも、精神的、肉体的にこたえるものがありました。

 引きこもり生活の中で出来る何かをしないと、ダメになってしまうぞと思い、むかしから興味はあれど行動に移すことが出来ないでいた、”小説を書く”という作業に挑戦してみようと思い立ちました。
 通勤で毎日のように文庫本を読んでいるし、それっぽいものは書けるだろう、くらいの気持ちでした。
 確固たる信念はありません。ほんとうにただの思いつきです。

 幸いにも、歴史好きで旅好きということもあり、ご当地巡りの際の参考にする為、興味が湧いたものについては、週末に図書館へ行って文献を調べてスクラップしていました。
 このスクラップしておいた資料の中から、小説を1本書いてみようということで始めたのが、今回投稿した”虎は果報を臥せて待つ”です。

 舞台は鎌倉時代後期の若狭国(現在の福井県小浜市を中心としたエリア)です。
 当時調べていた時は、もう少しあとの時代の別の地域について調べていたのですが、色々調べているうちに、いつの間にか鎌倉時代後期の若狭の浦に流れ着いていました。
 そこで見つけた多烏たからす浦と汲部つるべ浦の相論について書かれた資料から着想を得て創造しました。
 地図で見ると、矢代湾に面して田烏たからす釣姫つるべという、歩いて行ける距離にある2つの港が確認できるので、700年ちょっと前のこの辺りの記録なのでしょう。
 ツーリングに良さそうなところですが、残念ながらまだ現地には行けていません。

 小浜市にある太良荘は、鎌倉~室町時代の文書が数多く残されているということで、日本中世史の荘園に関する論文も多く、お陰様で時代背景を調べるのが捗りました。
 鎌倉時代も後期になると、日本中に宋銭が行き渡り、庶民も物々交換ではなく銭で買い物をしていたようで、食材や調味料、料理法などもレパートリーが増えて、結構いいもの食べていたようです。
 特に興味深かったのは、意外と庶民の自由度が高かったらしいこと。
 西日本と東日本では異なるようですが、少なくともこの時代、西国では惣百姓が結託して支配者層と争うようなことが割と起きていたようです。

 貨幣経済が発達して、庶民が自由に暮らしていたとなれば、江戸を舞台にした時代小説の鎌倉時代版みたいなものが書けるのではないか。と思い、実在した人物を交えつつ、登場人物を創造してみました。
 まあ書き始めてみると、当たり前ですがそうそう簡単には筆が進まず、もともと小説を書くために収集していた資料でもなかった為、物語を書き進めて行くと不足する資料もあり、難儀しました。
 それでも何とか最後まで書き切ることが出来て、内容は二の次で、達成感だけでかなり満足しています。

 いまは日常が少しずつ戻り始め、つまり長距離通勤の生活に戻り、在宅作業の日もありますが、基本的には忙しい日常に戻っています。
 せっかく書けるようになったので、下書きくらいなら通勤中にスマホで出来るだろうと思って書き続けていますが、なかなか下書きの域を出ず、続きが完成するのはまだ先になりそうです。国会図書館が抽選入館制になってしまったため、土曜日しか行けない身としては、物語を書く為の資料集めが捗らないというのも悩ましいところです。

 未だに読書は紙媒体で読みたい文庫本派の為、こういった小説投稿サイトで小説を読んだことが無かったのですが、他の方の投稿されている作品を見ると、1投稿あたりの文章量は少なめでテンポよく話を進めている印象だったので、そういう書き方も参考にしてみようかと思っています。
 とにもかくにも、書き続けることで慣れていけたらいいなと思います。
 今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。

参考文献:
・小浜市史(通史編上巻)(諸家文書編3)(年表)
  著:小浜市史編纂委員会
・福井県史(通史編2 中世)
  著:福井県
・海の人々と列島の歴史:漁撈・製塩・交易等へと活動は広がる
  著:浜崎 礼三
・中世開発漁村の変遷―若狭田烏浦の場合―
  著:五味 克夫
・中世名主の家族戦略:若狭国太良荘のばあい
  著:西谷 正浩
・中世荘園の基礎構造
  著:清水 三男
・若狭太良荘における守護課役と算用状
・太良荘の得宗検注について
・鎌倉期太良荘の預所支配について
・南北朝期の太良荘地頭方について
  著:松浦 義則
・鎌倉時代初期「茶」の普及についての一考察―茶の文化への序章として―
・鎌倉時代末期「茶」の普及について―茶から茶の文化へ―
  著:石田 雅彦
・茶葉の飲用の歴史―3―鎌倉時代以降の飲茶について
  著:伊藤 うめの
・若狭の塩、再考:古代若狭の塩の生産と流通をめぐって
  著:美浜町教育委員会
・弓射の文化史(原始~中世編)―狩猟具から文射・武射へ―
  著:入江 康平
・塩の日本史
  著:廣山 堯道
・中世後期の寺社と経済
  著:鍛代 敏雄
・鎌倉時代の荘園の勧農と農民層の構成―若狭国太良庄のばあい(上)(下)
  著:黒田 俊雄
・知るほど楽しい鎌倉時代
  著:多賀 譲治 / 画:中西 立太
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夢占

水無月麻葉
歴史・時代
時は平安時代の終わり。 伊豆国の小豪族の家に生まれた四歳の夜叉王姫は、高熱に浮かされて、無数の人間の顔が蠢く闇の中、家族みんなが黄金の龍の背中に乗ってどこかへ向かう不思議な夢を見た。 目が覚めて、夢の話をすると、父は吉夢だと喜び、江ノ島神社に行って夢解きをした。 夢解きの内容は、夜叉王の一族が「七代に渡り権力を握り、国を動かす」というものだった。 父は、夜叉王の吉夢にちなんで新しい家紋を「三鱗」とし、家中の者に披露した。 ほどなくして、夜叉王の家族は、夢解きのとおり、鎌倉時代に向けて、歴史の表舞台へと駆け上がる。 夜叉王自身は若くして、政略結婚により武蔵国の大豪族に嫁ぐことになったが、思わぬ幸せをそこで手に入れる。 しかし、運命の奔流は容赦なく彼女をのみこんでゆくのだった。

I will kill you, must go on.

モトコ
歴史・時代
吾妻鏡の記事をもとにした、江間四郎(北条義時)がタイムループするだけの話。ちょっと雰囲気はブロマンス。

野槌は村を包囲する

川獺右端
歴史・時代
朱矢の村外れ、地蔵堂の向こうの野原に、妖怪野槌が大量発生した。 村人が何人も食われ、庄屋は村一番の怠け者の吉四六を城下へ送り、妖怪退治のお侍様方に退治に来て貰うように要請するのだが。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

新説・川中島『武田信玄』 ――甲山の猛虎・御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
新羅三郎義光より数えて19代目の当主、武田信玄。 「御旗盾無、御照覧あれ!」 甲斐源氏の宗家、武田信玄の生涯の戦いの内で最も激しかった戦い【川中島】。 その第四回目の戦いが最も熾烈だったとされる。 「……いざ!出陣!」 孫子の旗を押し立てて、甲府を旅立つ信玄が見た景色とは一体!? 【注意】……沢山の方に読んでもらうため、人物名などを平易にしております。 あくまでも一つのお話としてお楽しみください。 ☆風林火山(ふうりんかざん)は、甲斐の戦国大名・武田信玄の旗指物(軍旗)に記されたとされている「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の通称である。 【ウィキペディアより】 表紙を秋の桜子様より頂戴しました。

処理中です...